第7話:転機前夜「大口依頼、静かな嵐」
人生を変える一通の書類──。
双子にとって最大の挑戦が、いま静かな嵐として幕を開けます。
朝日が昇る直前の冷えきった空気を切り裂くように、セントクリーン市の高層オフィスビルに、双子宛ての正式書類が届いた。
レンの手が震え、小さな机に置かれた封筒を開封する。
「……これ、本物だよね?」
ミナは声を抑えつつも、書類の内容を素早く目で追った。
──“グランドクリーン社 特別改修プロジェクト正式依頼書。対象:市民会館大ホール。締切:一週間後”。
文字が脳裏に刻まれた瞬間、部屋の空気が一変した。
【書類の重さ】
この依頼は、彼らのこれまでの“地味チート”掃除術を遥かに超えるものだった。市民会館大ホールは、長年の使用で床材は軋み、壁面の装飾は色あせ、外灯は点滅を繰り返す。
小規模依頼とは比べものにならない規模――。
ミナの心臓は高鳴り、呼吸がわずかに乱れた。
「レン……私、大丈夫かな……」
ミナの声は震え、目には不安の影が揺れた。
レンは彼女の手をそっと握り、低く囁く。
「一人じゃない。どんな規模だって、僕らならやれるよ」
ミナはその言葉にかすかに頷いた。だが、胸の内には、まだ言葉にできない不安が渦巻いていた。
【前哨の視察】
翌日、双子は市民会館の大ホールに足を踏み入れた。
高い天井からぶら下がるクリスタルのシャンデリアは、かつての輝きを失い、埃をまとって鈍く光る。舞台の床はギシギシと悲鳴を上げ、客席のシートは色褪せたベルベットが擦り切れていた。
空間全体が、まるで過去の栄光を今も抱えながら、未来を拒んでいるかのようだった。
静寂だけが、無言のプレッシャーとなって二人を包む。
ミナは掌に軽く魔素を集め、ポケットの小瓶に戻す。
「今日は下見だけ。明日から本番……」
レンは大ホールの隅々を見渡し、設計図を取り出す。
「作業エリアは三つに分ける。床、壁装飾、照明だ。まずは今日、寸法と状態を正確に把握しよう」
ミナは大きく頷き、舞台裏に足を運んだ。照明設備の老朽化は想像以上で、いくつかの電球は今にも落ちそうに揺れていた。
「これ……安全面でもギリギリだね」
「だからこそ、僕らに回ってきたんだ。他の業者じゃ手に負えなかったんだよ」
レンの言葉には、誇りと責任が混ざっていた。
【夜の静寂に潜む緊張】
視察を終え、夕闇が迫る市民会館を後にした双子。
帰り道、ミナは胸の奥でざわつく鼓動を感じていた。
冷たい夜風が吹き抜け、街灯の輪郭が揺れる。
「……レン、私、怖いよ。本当にできるのかな」
夜の闇に溶け込むように、ミナの声が震えた。
レンは黙ってミナを抱きしめる。
「怖いのは当たり前だよ。でも、怖がっても始まらない。君の破壊魔法も、僕の補修魔法も、二人で合わせれば無敵なんだ」
ミナの呼吸が、わずかに落ち着く。
「そうだね……逃げたくはない。あのホールを、もう一度輝かせたい」
彼女の言葉は、どこか祈りにも似ていた。
【決意の夜】
自室に戻ったレンは、ノートパソコンを開き、作業のスケジュール表を作成した。
「初日は床板の清掃と強化。二日目は壁装飾に細かな破壊と補強、三日目は照明のクリーニングと配線補修……」
細かく色分けされたセルが、彼の頭の中にある工程を視覚化していく。
ミナはそれを見つめながら、深く息を吸い込む。
「……やるしかないね」
「うん。これは、きっと私たちにとっての“舞台”なんだ」
レンはそっと頷き、二人は並んで計画に目を通した。
その夜、二人の部屋の灯りは遅くまで消えることはなかった。
夜の帳が静かに降りる中、双子の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
市民会館大ホールの改修プロジェクトは、彼らの技術と絆を試す最初の試金石です。
次回【第8話:クライマックス「崩落寸前、補修の奇跡」】では、大いなる危機の中で双子が真価を発揮します。どうぞお楽しみに!