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第4話:サブエピソードⅠ「旅館に宿る想い」

かつての賑わいと、忘れかけた記憶──。

双子の魔法が、老舗旅館に眠る温かな宴の情景を再び呼び覚ます。

 老舗旅館「葵屋」の庭園には、苔むした石灯籠と手入れの行き届いた植栽が静かな調和を奏でていた。朝露を帯びた桜の枝が軒先に影を落とし、木漏れ日がゆらりと揺れる。


 女将・千歳ちとせは、庭園を見渡しながら足元の敷石を一つずつ点検していた。かつてこの旅館が最盛期を迎えた頃、客足は絶えることなく、宴は夜を徹して続いたものだ。


「ここは……あの時のままね」


 千歳の瞳の奥には、時折浮かぶ淡い光があった。彼女はかつて、かつての常連客たちとともに、満開の桜を愛でながら杯を重ねたあの日々を思い出していた。


 曾て賑わいを見せた宴会場の床は、年月を経て軋みが聞こえるほど痛みが進んでいる。壁に飾られた古い屏風には、豪華な宴の情景が描かれていたが、その色彩はすでに褪せつつあった。


「今のままでは、お客様に心から楽しんでいただけないわ」


 千歳はため息をつき、館内へと足を運ぶ。


【旅館主人の願い】

「おはようございます。双子の掃除屋さんですね?」


 廊下で出迎えた若女将の紗枝さえが微笑む。紗枝の表情には緊張と期待が混じっており、この日をどれほど心待ちにしていたかが伝わってきた。


「はい、よろしくお願いします」


 ミナとレンは一礼し、作業着のエプロンを身に着けた。二人が揃うだけで、どこか心強さが宿る。


 紗枝に導かれ、宴会場へと入った三人は、まず傷んだ床板と屏風の汚れに目を向けた。


「この宴会場で、母がよくお客様と語らった場所なんです……でも、最近は使われる機会も減って」


 紗枝の声が震えた。


「だから、今日は思い出を取り戻したいんです。双子さんの力を借りて、この場所にもう一度、あの笑顔を咲かせてほしいんです」


【清掃と修復の調べ】

 まずはミナの()()()()()()魔法による清掃から。ミナは掌に魔素をわずかに浮かべ、床板の目地に沿って粉を振りかける。


 微かに震える魔素の光が、埃だけを選んで舞い上がらせる。床の鳴りを覆う汚れが消え、木目が明るく甦っていく。


 屏風には、過去の宴席で飛び散った酒しぶきや手垢がこびりついていた。ミナはそっと屏風の前に立ち、魔素を纏わせた布で拭き取る。


 一筆ごとに彩が深まり、艶が戻っていく。屏風の描いた燕や桜の枝が、まるで息を吹き返したかのように輝きを増した。


【心を支える補強魔法】

 次にレンの()()()()()。床板を支える梁の継ぎ目や、屏風の骨組みにそっと手を当てる。


 木材や紙の繊維が、彼の魔力を受けて内側からしなやかに強化される。かつてのような華やかな宴の重みを、十分に受け止める体制が整った。


 作業が進むにつれて、宴会場にはかつての笑い声が蘇るような温かな空気が満ちていった。


【常連客の回想】

 昼過ぎ、かつての常連客たちが招かれ、宴会場に集まった。


 裕太(60歳)は、緑の座布団に腰掛けながら、目を細めて床を見つめる。


「昔はここで、仲間たちと盃を交わしたものだよ」


 和子(58歳)は屏風に手を伸ばし、桜の図柄に指を滑らせる。


「この桜の前で、初めて会った日のことを思い出すわ。あの時も満開だった……」


 思い出話に花が咲き、笑い声が場内に響く。


「ありがとう、本当にありがとう」


 紗枝の絞り出すような言葉に、千歳はそっと微笑んだ。


【温かな絆】

 双子は最後に並んで礼をした。


「またここに、皆さんの笑顔が戻りますように」


 レンの言葉に、会場は柔らかな拍手に包まれた。


 葵屋の古き宴の記憶は、掃除の魔法によって蘇り、人々の心に新たな絆を刻みつけたのだった。

掃除という行為がもたらすのは、単なる清潔さではありません。

そこには、人々の思い出や絆を紡ぎ直す力が宿っています。

次回【第5話:サブエピソードⅡ「主婦の再生日記」】では、家庭の小さな奇跡を描く物語をお届けします。どうぞお楽しみに!

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