第2話:小規模依頼Ⅰ「町角の小さな奇跡」
静かな路地裏にひっそりと佇む古書店──。
埃と紙の匂いが漂うその空間で、双子の掃除屋がもたらす“ほのかな破壊”と“絶妙な補強”が、思いもよらぬ奇跡を呼び起こす。
人々の暮らしを変える小さな魔法を、どうか感じ取ってください。
夕暮れの風が吹き抜ける、セントクリーン市の裏通り。
街灯の灯りがちらほらと灯る中、「夜明けの頁」と書かれた古びた看板が、傾きながらも懸命にその存在を主張していた。
この古書店は、数十年にわたって地元の人々に愛され続けてきた場所だった。
だが近頃では、店内に漂う埃と傷んだ棚のせいで、かつての賑わいを失いつつある。
店主のルイス(48歳)は、痩せた体を丸めながら書棚を整理し、来客に丁寧に応対していたが、その姿には疲労の色が隠せない。
「近頃、お客さまの足が遠のいてしまってね……」
彼の呟きに、深いため息が重なった。
木の床板は歩くたびに軋み、棚の一部はわずかに傾いている。
まるで時の流れに押し流されるように、店は少しずつ朽ちていた。
そんなある日、店の扉が小さく開き、制服姿の双子が現れた。
「ルイスさん、ご依頼ありがとうございます。古書店の清掃と補修、承りました!」
元気な声と共に、ミナが頭を下げる。
その隣にはレンが立ち、控えめに頷いた。
【魔力の“ほのかな破壊”】
ミナの手には小さな瓶が握られていた。
中には、特殊な洗浄魔法を宿した粉状の魔素が詰まっている。
これは、触れた対象から選択的に埃や汚れだけを“破壊”するという、非常に繊細な魔法だ。
「この棚、ずいぶん古いけど……丁寧に使われてますね」
ミナは、棚板の一角にそっと粉を振りかけ、指先でなぞる。
すると、魔素が淡く光り、まるで風が吹き抜けるように埃が舞い上がった。
本には一切影響を与えず、木材の表面だけが艶やかに輝きを取り戻す。
時間の層が一枚、剥がれ落ちるような感覚。
「うわぁ……見違えました」
ルイスの目が見開かれ、まるで少年のような表情を浮かべた。
ミナはその反応に頬を赤らめつつ、次々と棚へ手を伸ばしていく。
【魔力の“絶妙な補強”】
やがて作業は、傷んだ棚板の補修へと移った。
「ここ、少しひび割れてます」
レンがそう言いながら、掌をそっと棚に当てる。
彼の魔力は、木材の構造をわずかに変化させ、強度を自然に引き上げるもの。
無理に固めず、あくまで“木のまま強くする”。
それがレンの補強魔法の真骨頂だ。
「……これで、もう書籍が崩れることもないと思います」
呪文の余韻が消えると、ひびの入っていた棚板は、まるで最初から傷一つなかったように蘇っていた。
木目には自然な艶が戻り、力を加えてもびくともしない。
「すごい……新品みたいだ」
ルイスの声には、感嘆と安堵が混じっていた。
【住人たちの驚きと感謝】
作業を終える頃、空には薄紫の夕焼けが広がっていた。
ちょうどそのとき、店を覗き込んだ何人かの常連客が、吸い寄せられるように足を踏み入れてきた。
「……あれ?明るくなった?」
「なんだか空気が澄んでる……」
彼らの目は、清掃と補強が施された空間に釘付けになる。
埃っぽさは消え、書棚には落ち着いた木の香りが漂っていた。
「……なんだか、本を読みたくなってきたな」
「またここに来たくなるよ」
そんな声が次々に上がる中、ルイスの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ありがとう……ありがとう。本当に、生き返ったようだ……」
彼はミナとレンの手を両手で包み込み、深く頭を下げた。
「俺の大事な店を、こんなにも丁寧に扱ってくれて……」
「こちらこそ、素敵なお店を任せてくださってありがとうございました」
ミナは穏やかに笑い、レンも照れくさそうに頷いた。
ふと、レンが店先の看板を見上げる。
「『夜明けの頁』……いい名前ですね」
「ええ。今日から、また新しい頁が始まりますね」
ルイスは深く頷き、二人の背を見送った。
その表情には、もう以前の疲れはなかった。
その瞳には、再びこの店と共に歩んでいくという意志が、静かに、しかし確かに宿っていた。
【撮影と共有】
作業を終え、店を後にしようとした双子が立ち止まった。
ミナはポケットからスマートフォンを取り出し、レンに目配せをする。
「ねえ、レン。あの本棚、魔法で蘇った瞬間を記録に残しておきたいな」
レンは微笑みながらスマホのカメラを起動し、小さな三脚を立てた。
まずは店内から。ミナは一歩下がって棚を映し出し、指先に集まる光の軌跡をカメラに捉えさせる。
「ほら、魔素が埃を吹き飛ばすところ、スローで撮ろう」
実際に映した映像には、静止した木目が一瞬ざわめき、埃が舞う様子がスローモーションで映し出された。
次にレンの補修シーン。
彼の手が棚に触れるたび、光の波紋が広がり、亀裂が消えていく。
「Before/Afterを分かりやすく切り替えよう。タイトルは『夜明けの頁・復活編』でどう?」
ミナが編集画面でテロップを載せると、レンは画面を覗き込みながらうなずいた。
「いいね。これをSNSに上げれば、きっと多くの人に見てもらえるはず」
二人は動画をアップロードし、ハッシュタグ「#地味チート掃除術」を添えて投稿ボタンを押した。
スクロールして表示された再生回数がまだ一桁であることに、ミナは軽く息を吐いた。
「大丈夫。これから増えていくよ」
レンはミナの手をそっと握り、ふたりは夕暮れに染まる街角を後にした。
古書店の空気が澄んでゆく過程は、まるで心を洗うようなひとときでした。
ミナの“ほのかな破壊”は過去の埃を消し去り、レンの“絶妙な補強”は未来への土台を築いた。
そんな双子の技術が、町角に小さな奇跡を起こしました。
次回【第3話:ライバル出現「ブライトブラシ社の挑戦」】では、
SNSで話題のライバル企業とのバトルが始まります。どうぞご期待ください!