第1話:導入「不格好なコンビ、初陣」
手探りで始まる双子の新章──。
ミナとレンは、壊す恐怖と向き合いながらも、互いを支え合って一歩を踏み出す。
不格好だけれど、そのままの自分たちだからこそ生まれる“奇跡”を、この章で感じ取ってください。
セントクリーン市――魔法と科学が交錯するこの小都市の東部、古い温泉街が息づく一角。石畳の通り沿いに佇む老舗旅館「葵屋」は、年季の入った看板と軒先に揺れる行灯が、どこか懐かしい風情を漂わせていた。
【両親喪失後の誓い】
ミナ(15歳)とレン(15歳)は、幼い頃に両親を交通事故で亡くして以来、二人きりで支え合って生きてきた。アパートの一室に身を寄せながら、生活費を稼ぐために小さな掃除の仕事を請け負う日々。
洗剤の代わりに簡易魔法を使い、限られた道具で工夫を凝らす彼らの仕事は、けっして洗練されたものではない。だが、それでも彼らは一つひとつの仕事に心を込めて取り組んでいた。
「私たち、これからどうしよう……?」
ある雨の日、ミナは薄暗い路地の奥でそう呟いた。雨に濡れた髪が頬に貼り付き、目元に浮かぶ不安の色を隠せない。
レンは小さく肩をすくめながら、傘も差さずに空を見上げた。
「大丈夫だよ、ミナ。二人で――掃除屋を始めた時みたいに、一歩ずつ進めばいい。
王道じゃなくてもいい。僕たちのやり方で、誰かの役に立とう。」
その言葉は、雨の音にかき消されながらも、確かにミナの心に灯をともした。
孤独で、不安で、だけど一緒なら乗り越えられる。
そう信じて、二人は今日もまた、新たな仕事へと向かうのだった。
【老舗旅館アルバイト初日】
葵屋でのアルバイト初日。朝六時の空気はまだ肌寒く、空には細く朝焼けが滲んでいた。ミナとレンは制服に身を包み、緊張した面持ちで玄関前に並んでいた。
「葵屋」は地元でも有名な老舗旅館で、格式を大切にする一方、最近では若い客層の取り込みにも力を入れていた。その一環として、「若者の感性を活かした清掃・装飾サポート」として双子に声がかかったのだった。
「いらっしゃい。今日からお願いね」
出迎えてくれたのは、女将の千歳。柔和な笑みを浮かべたその姿には、老舗の品格と母性のような温かさがあった。
「はい! 一生懸命、頑張ります!」
ミナは少し大きな声で答えた。レンは控えめにうなずきながらも、その瞳には静かな決意が宿っている。
朝食の準備が始まり、館内が活気づく中、ミナは仲居たちに交じって廊下や客室の整備に取りかかった。彼女は要領が良く、動きもきびきびしているが、それは同時に「うっかりミス」と紙一重でもあった。
ある客室で、ミナは障子を開けようとしたその時――
「うわっ、しまった!」
バリッという乾いた音とともに、障子の紙が見事に裂けた。
「ミナちゃん!?」
近くにいた先輩仲居が驚いて駆け寄る。
「す、すみませんっ……!」
ミナは頭を深く下げた。客室の奥には、朝のお茶を楽しんでいた老婦人が驚いた様子でこちらを見ている。
だが、次の瞬間だった。
「任せて」
レンが廊下の奥から駆け寄り、すっと障子に手をかざす。補修魔法の符が空中に描かれ、淡い光が障子の裂け目を包むように広がった。
その光はまるで雪が積もるように静かで、傷はまるで最初からなかったかのように、綺麗に修復された。
「……すごい」
老婦人が目を丸くする。先輩仲居も、驚きと安堵が混じった声で言った。
「これ、魔法なの? すごく繊細ね……本職の大工さんより丁寧かも」
レンは少し頬を赤くしながら微笑んだ。
「ありがとうございます。掃除屋の技術、ちょっとだけ応用してみました」
ミナは胸をなでおろしながら、レンに向かって小さくガッツポーズを送った。
「助かった……ありがとう」
「困った時はお互い様」
そう答えたレンの声に、二人の絆が滲んでいた。
【不格好なコンビの第一歩】
その後も細かな仕事は続いた。部屋の隅に溜まった埃、床の軋み、小さな照明の不具合――ミナとレンは、それぞれの得意分野を活かして手際よく対応していった。
ミナは目立つ存在ではないが、どこか放っておけない愛嬌があり、仲居たちとも次第に打ち解けていく。
レンは職人気質で寡黙だが、魔法の扱いに一目置かれ、裏方の頼れる存在になりつつあった。
夕方、作業を終えた二人が控室で休憩していると、女将の千歳がふと立ち寄った。
「今日はよく頑張ったわね。お客様からも、障子の件でお褒めの言葉をいただいたわよ」
「えっ、本当ですか!?」
ミナが目を見開くと、千歳は静かに微笑んだ。
「これから、あなたたちが葵屋にどんな風を吹かせてくれるか……とても楽しみにしているの」
そう言って差し出された温かいお茶は、二人の心をじんわりと溶かしていった。
小さな失敗と、即席の成功。けっして洗練されてはいないが、確かに何かが始まりつつあった。
こうして、不格好なコンビの初陣は静かに幕を開けたのだった。
小さなミスと、とっさの補修が示した双子の“コンビネーション”は、この先の可能性を予感させる。
完璧ではなくとも、互いの特技を補い合うからこそ生まれる強さがある。
次回、第2話では町角の小さな依頼で双子の掃除魔法が評判を呼び、SNSで注目を集める様子を描きます。どうぞご期待ください。