第9話:結末&エピローグ「新たな光をともして」
ついに迎える最終話。数々の依頼と出会いを経て、ミナとレンの歩みが一つの節目にたどり着きます。彼らが手がける最後の大仕事、そしてその先に見える新たな希望──その一瞬一瞬を、どうか見届けてください。
街の中心に佇む歴史的建造物──市民会館大ホールの修復工事が最終段階に入った朝、ミナとレンは足場の上で、緊張と期待を混ぜたような空気を胸に吸い込んでいた。
梁の補修、内装の復元、外壁の洗浄。数か月にわたる地道な作業がついに実を結び、彼らの手で街の記憶が蘇ろうとしていた。
ミナはふと、あの夜のことを思い出す。
梁の崩落寸前、制御を失った自らの魔力、そしてレンの必死の補修。そのあと、静寂の中で囁かれた──「大丈夫…信じてる」
あの瞬間が、双子の関係を新たな段階へと押し上げたのだと、今ならわかる。ミナは隣に立つレンに目をやり、微笑んだ。レンも気づき、うなずいた。
「じゃあ、仕上げに入ろっか」
レンが持ち上げた補修具の端から、柔らかな光がこぼれる。彼の手から放たれる魔力は、今や以前よりもずっと繊細で、力強い。
その光景を地上から見守るのは、エレナとカイル。
エレナは片手にタブレットを持ちながら、複雑な表情を浮かべていた。
「これが“非効率”の結晶なのかもしれませんね」
カイルは笑った。
「でも、だからこそ人の心に響く。数字だけでは測れない価値ってやつさ」
かつて効率化と機械化を推し進めていたグランドクリーン社。しかし今回の依頼を通じて、彼らの価値観は大きく揺らいだ。
エレナの提案で、同社内に「職人補修部門」が設立されることとなったのだ。その初代顧問には、ミナとレンの名が連ねられていた。
そしてこの日、修復の完成を祝うささやかなセレモニーが開かれた。
市民が集まり、かつての市民会館大ホールに新たな命が吹き込まれる様を見届ける。
老舗旅館の主人・広瀬も来ていた。彼は木の梁を見上げ、目を細めた。
「この香り…昔の宴を思い出しますよ」
傍らには、かつて依頼人だった主婦の姿もあった。彼女の手には、子どもが描いた“きれいになったおうち”の絵が握られていた。
「リビングが、また家族の場所になりました」
そんな言葉の一つひとつが、双子の胸に深く染みわたっていく。
セレモニーの最後に、双子は一歩前に出た。
「これまで、いろんな場所を掃除してきました。けれど、ただの掃除じゃありません」
ミナの声はよく通り、レンが続ける。
「誰かの記憶や、思い出、願いを、埃の下から掘り起こすこと。それが僕たちの仕事でした」
拍手が静かに、けれど確かに広がった。
その後、双子は独立を決意した。自分たちの手で、想いのこもった場所を守っていくために。
講座の会場は当初、老舗旅館「葵屋」の広間が使用された。その後、双子は自らの工房兼講座場として、町外れの小さな倉庫を改装した『クラフト・リノベーション ミナ&レン』を開設した。
そこでは定期的に“掃除と補修の基礎講座”が開かれ、地元住民をはじめ全国からの参加者にも門戸が開かれた。SNSで講座の様子が拡散されると、“暮らしに寄り添う魔法”として話題を呼び、フォロワーは増え続けた。
やがて、双子は講座巡業形式で各地域を巡り、『日常メンテナンスの極意』と題したワークショップを開催するようになった。これを受けて、全国のコミュニティや自治体から依頼が舞い込み、双子の活動範囲はさらに広がっていった。
その活動を取材した雑誌には、こんな言葉が添えられていた。
『磨かれるのは床だけじゃない。そこに宿る心も、絆も、未来も』
小さな掃除から始まった物語は、こうして新たな章へと踏み出した。
街には今日も、どこかで静かに“地味チート”の光が灯っている。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
“地味チート”という小さな力でも、誰かの心に触れ、世界を少し変えることができる。そんな物語を描きたくて、このシリーズを書いてきました。双子の旅はこれで一区切りですが、彼らの手で灯された光が、皆様の日常にもそっと差し込みますように。