第0話:プロローグ「崩れゆく闇の中で」
廃墟に潜む影と、幼い双子のかすかな息遣い──この物語は、壊すことと直すことの狭間で生まれる“小さな奇跡”を描いています。
セントクリーン市に囚われた過去の痛みを胸に、ミナとレンは傷ついた世界をどう向き合い、何を残していくのか。
一夜の闇が次の朝を呼び込むように、彼らの魔力と絆が紡ぐ希望の幕開けをご覧ください。
廃屋は長い年月に蝕まれ、その壁はひび割れと剥がれ落ちた漆喰で覆われていた。床板はガタガタと音を立て、隙間から忍び込む冷気が肌を刺す。
その一室に、幼い双子――ミナとレンは息を殺して潜んでいた。
ミナ(15歳)は、両親を失った悲しみを胸に抱えながらも、頼るべき存在をひとり失うことの恐怖を何よりも恐れていた。細い指先に宿る魔力は、触れたものをわずかに脆くする性質を持つ。平常時はほんの微かな振動にすぎないが、感情が高ぶると制御が不安定になり、思わぬ破壊を生む。
レン(15歳)は、双子の兄。理知的で冷静に事態を分析できるが、妹を守るという使命感は誰よりも強い。彼の魔力は、接触した対象をわずかに頑丈にする補修魔力。これがあるからこそ、ミナの暴走を瞬間的に食い止めることができる。
廃屋の梁を支える古木の柱は、二人が逃げ込んだ最後の砦だった。小さな声でささやき合う双子。彼らの言葉はかすかな囁きにすぎず、廊下を抜ける風にかき消されそうだった。
――辺りが異様に静まり返った。
ミナの胸に巻き付く不安は、記憶の扉を乱暴に叩いた。
【フラッシュバック】
幼い日の記憶。両親と共に笑い声が溢れた家。母の手料理を頬張り、父の背中を追いかけて庭を駆け回る。しかし、その幸福は一瞬にして崩れ去る。
「ミナ、大丈夫か?」
母の顔は笑顔のはずだった。だが、その瞳の奥に浮かぶのは、見慣れぬ“恐怖”だった。ミナの胸の奥で何かが爆ぜ、目の前のテーブルが粉々に砕け散る。
「ごめん……ごめんなさい!」
母はそっとミナの膝を抱きしめた。だが、父の懇願する叫びはもう届かない。
梁が軋む。遠くで、床が沈む音がした。
【現在】
ミナは震える手で梁を支える柱に触れた。呼吸は速まり、胸が押しつぶされそうだ。彼女の周囲にわずかなひび割れが広がり、木屑が粉雪のように舞う。
――魔力暴走
一瞬、世界は歪んだ。壁の漆喰が剥がれ落ち、梁を貫く一本の亀裂が、まるで地割れのように走る。
「ミナ、離れて!」
レンの声が凛と響いた。彼はミナを庇うように前に立ち、その掌を梁にかざす。全身に集中を研ぎ澄ます。
「僕が支える……信じて!」
レンの魔力が光の筋となって梁を包み、亀裂の両側を引き寄せる。木屑の渦は彼の魔力に凍結され、時間が引き延ばされたかのようにゆっくりと沈黙へと収束していく。
崩落寸前の一瞬、二人の魔力が交差する一点が生まれた。そこに命を託すかのように、光が糸を紡ぐ。
――パキパキと乾いた音が消え、危機は回避された。
ミナは膝をつき、肩を震わせながら息を吐いた。レンは優しく彼女の肩に手を置き、力強く微笑む。
「大丈夫……ずっと一緒だよ」
ミナはかすかに微笑み返す。恐怖と後悔はまだ胸を締めつけたが、その先にある“未来”への希望が、わずかな温もりとなって心に根を張り始めていた。
遠くで風が廃屋の窓を揺らし、闇が再び息をひそめる。
「私たちは、壊すだけじゃない。直せる――どんなものも、少しずつ。」
その言葉は、まだ誰にも知られぬセントクリーン市の新たな物語の始まりを告げる鐘の音だった。
このプロローグでは、ミナとレンの幼き日の痛みと、それを乗り越えるために生まれた“地味チート”魔法が初めて交差します。
二人の絆は、ただの魔力以上のもの。――壊れたものを修復する技術は、心の傷にも届くはず。
次回、第1話では双子がセントクリーン市の小さな依頼に挑む姿を描きます。どうぞお楽しみに。