9話。聖女と勘違いされたことで、野望に大きく前進する
「お父さん……!」
「イリス!? 元気になったのか!?」
その時、教会の扉が勢いよく開き、私よりやや歳下の少女が飛び出して来た。
彼女は一直線にヴァンおじさんの胸に飛び込み、力いっぱい抱きつく。
どうやら、この子が、ヴァンおじさんの娘さんみたいね。黒死病で死にかけていたようだけど、【エリクサー】のおかげで、すっかり元気を取り戻したみたいだわ。
「うん……! もう全然、苦しくないの!」
「よ、良かった……本当に良かった……! こいつは夢じゃねぇよな!?」
ヴァンおじさんは娘を強く抱きしめ、男泣きをしている。
感動的な父娘の再会の場面……
思わずもらい泣きしかけるも、配下の前なので、ぐっと堪える。
ふっ、悪のカリスマたる私は、こんな湿っぽい場面には立ち入らず、クールに立ち去るのがセオリーよね。
ヴァンおじさん、イリスちゃんと、いつまでも仲良く幸せに暮らすのよ。
そう願いつつ、私が静かに踵を返した時だった。
「あ……あの!」
イリスちゃんが、私に駆け寄ってきた。くりくりとした大きな瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「あなたが、【エリクサー】を私たちに与えて下さったアンジェラ様ですよね!? あっ、ありがとうございました!」
ぐはっ……!
深々と頭を下げる少女の純粋すぎる感謝の念に、私は思わず後ずさりしそうになる。
「ふ、ふん! 礼には及ばないわ。あなたたちには、我がロイド商会が誇る【エリクサー】の効能をその身をもって証明するという、栄誉ある実験台になってもらっただけよ!」
動揺を悟られぬよう、私は精一杯ふんぞり返って、言い放った。
悪しき計画を進めているのに、お礼を言われるなんて、こそばゆいし、おかしいものね。
「我らに心労を与えぬよう、こうまで謙虚にお振る舞いになられるとは……!」
「なっ、なんと高潔な乙女だ!」
聖騎士たちが、なにやら感銘を受けていた。
「聖女様……!」
イリスちゃんが感極まったように、うっとりとした表情で呟く。
「みんなが噂しているのが、聞こえてきました! アンジェラ様は、誰よりも慈悲深き【水の聖女】様だって! この村を……ううん、この世界を救うために、神様より遣わされた聖なる乙女だって!」
「……い、いや、それは」
「「おおっ、聖女様!」」
老神父とシスターが私を拝み出した。
「ちょ!? やめてよね、あなたたち!」
「アンジェラ嬢ちゃん! いや【水の聖女】様! このご恩は、俺だけじゃなく、村中の人間、末代まで忘れやしないぜ! もし、俺にできることがあったら何でも言ってくれ! この命に代えてもやってみせらぁ!!」
感涙にむせぶヴァンおじさんまで、そんな極端なことを言い出す始末。
「はぁ……じゃあ、誰か絵の上手い人がいたら、紹介してくれないかしら……?」
どっと疲労感が押し寄せてきた私は、半ば投げやりに頼んだ。
私の【人類奴隷化計画】の目的……それは、この世界を私にとってのパラダイスに作り変えること。
魔王として人々を支配するのは手段であって目的ではないわ。真の目的は、私が支配する世界で、数々の名作小説を漫画化して広め、やがては世界を陰キャという闇で覆い尽くすことよ!
そのためには、才能ある絵師を探し出し、私の元で思う存分、筆を振るってもらう必要があるわ。
ロイドたちにも人材を探させているけれど、未だ「これぞ!」という人物には出会えていないのよね。
まさか、こんな寂れた村に絵師やその卵がいるとは思えないけど……
「絵だって? それなら、うちのイリスが滅法得意だぞ!」
「……はっ?」
予想外の言葉に、私は間の抜けた声を漏らした。
「うちの宿屋のロビーに、絵が飾ってあったろ? あれはイリスが、死んだうちのカカアを思い出して描いたものなんだぞ! 村一番の腕前だ!」
「あ……っ!?」
言われてみれば、確かにそんな絵があったわ。
老朽化した宿には不釣り合いな、写実的で、それでいて温かみのある肖像画が……
あれが、このイリスちゃんの手によるものなの!?
えっ、10代前半で、おそらくろくな教育も受けていないのに、あんな絵が描けるなんて、すごいじゃないの!?
私の胸が、期待に高鳴った。
「プロの画家になるのがイリスの夢なんだ! 俺はその夢を応援してやりたくて……!」
「ふ、ふふ……ふはははははっ! やったわ! ついに見つけたわよ! 我が野望の成就に必要なダイヤの原石を!」
私は興奮のあまりイリスちゃんの小さな両肩をがっしりと掴んだ。
「イリスちゃん、聞いて! プロの画家になりたいのよね? なら、この私が、あなたのパトロンになって夢を叶えてあげるわ!」
「えっ!?」
イリスちゃんは仰天した。
本当は、絵師を奴隷にして魔王城で働かせようと思っていたのだけど……イリスちゃんに強制労働させるなんて、かわいそう過ぎるので、やめるわ。
創作活動は強制すると、うまくいかない可能性も高いしね。イリスちゃんには、ヴァンおじさんの庇護の元、お母さんとの思い出のある故郷の村で、自由に伸び伸び創作に打ち込んでもらった方が良いでしょう。
「生活に必要なお金だけじゃなくて、ありとあらゆる画材、資料、参考書、必要なものは全て、私の財力をもって用意するわ! だから……私のために漫画を描いて欲しいのよ!」
「アンジェラ嬢ちゃん、パトロンって……イリスに資金援助してくれるって本気か!?」
ヴァンおじさんが、目を白黒させている。
「もちろんよ! この私に二言は無いわ!」
「よ、良かったなイリス! お前の才能が、聖女様のお目に留まったんだぞ! 今まで、ろくな画材を買ってやれなかったが……これは神様のお導きだ!」
ヴァンおじさんの言葉に、イリスちゃんはようやくこれが現実だと、実感できたようだった。
「あ、ありがとうございます聖女様! こんな、何から何まで、夢みたいです!」
「ああっ、きっと、カカアもあの世で喜んでるぜ!」
まさか、ふたりがこんなにも喜んでくれるなんて思わなくて、私もうれしくなってしまう。
「イリスちゃんに出会えたのは、私にとっても最高に幸運だったわ!」
私とイリスちゃんは、手を取り合って喜ぶ。
「漫画って、よくわかりませんけど……聖女様に少しでもご恩返しできるなら、私、がんばってやらせていただきます!」
「ありがとう! これから一緒に頑張っていきましょう!」
「はい!」
ふふふ……私の野望が、実現に向けて大きく前進したわよ!
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