8話。聖騎士隊長を無自覚に改心させてしまい、心服される
「はぁ!? いやいや、私は断じて聖女なんかじゃないわ! 私は神の教えなんて、微塵も信じていない、悪い子なのよ!」
「確か三世代前の水の聖女様も、氷魔法を得意とされていた筈!」
私の必死の叫びは、老神父の興奮した声にかき消された。
いや、もうこれ、何を言っても無駄かも!
「……そんな氷の聖剣など!」
騎士隊長が魔法を詠唱し、炎の弾丸を私に向けて放つ。
なるほど、氷の天敵は火というわけね。
「ふんっ、まるで児戯ね!」
私は【絶対零度剣】を一閃する。剣から放たれた絶対零度の冷気によって、迫りくる炎弾は霧散した。
「馬鹿な……!?」
騎士隊長は目を剥く。
「【氷結】!」
「ひぎゃあああッ!?」
私は騎士隊長の下半身を、魔法で氷漬けにした。
これで、もう動けないでしょう。精神集中を必要とする魔法も、こんな状態にされたら使えないわ。
「安心なさい、殺しはしないわ」
そんなことをしたら、さすがに聖王国での【エリクサー】販売計画に支障が出るしね。
「聖騎士団をこの村から退散させ、あなたは罪を勇者王に告白して裁きを受ければね。殺人未遂に強盗未遂、立派な犯罪よね?」
だから、帰ってもらうことにした。
「も、者ども、何をためらっている!? グズグズするな、早くこの小娘を殺せぇ!」
「い、いや、しかし!」
「この方は、やはり【水の聖女】様だ……!」
圧倒的な力の差を見せつけられて、聖騎士たちは、戦意を失っていた。
そればかりか、彼らはすっかり私を聖女と思い込んで、崇拝するような目を向けてくる。
「あなたたち、この男を逮捕して村から出て行けば、私は何もしないわよ。そもそも、私は【水の聖女】なんかじゃないんだし、聖女に刃を向けた罪なんて、成立する訳が無いじゃない?」
「……っ!? せ、聖女様! 我らの大罪を、御身を害そうとした我らを、お許しくださるというのですか!?」
聖騎士たちが目を見張った。
「ああ〜っ、だから! 私は聖女じゃないんだから、そんなの当然よ! それより、私のロイド商会で【エリクサー】を販売するための認可が欲しいわ。勇者王に、その口添えをよろしくね。今だけ、特別無料キャンペーンで、あなたたちにもお土産で持たせてあげるから。ヴェロニカ!」
「はい! アンジェラ様!」
教会から飛び出して来たヴェロニカが、手際よく残りの【エリクサー】を聖騎士たちに配り始めた。
「なっ、なんと!? これほどの貴重品を我らに……!?」
「この【エリクサー】で村の黒死病を治したと報告すれば、勇者王もあなたたちの功績を認め、命令違反の罪を問うことは無いんじゃない?」
ふふっ、こうすれば、ロイド商会に回復薬販売の認可が降りる筈……
そうよ、力でねじ伏せるだけが悪ではないわ。
時にはこうして、相手の利も考えつつ、自分の目的を達成する。これぞ世界を裏から徐々に支配する巨悪の計画というものよ。
うん、我ながら完璧だわ。
私は冷静に振る舞えた自分に拍手を贈りたくなった。
これで、また一歩、私の理想とする悪のカリスマに近づけたわね。
「あっ、それから、認可が降りるまで【エリクサー】の無料配布キャンペーンを続ける予定だから、そこんところもよろしくね!」
ワイズおじちゃんから、しばらくは採算度外視で【エリクサー】を無料配布した方が良いとアドバイスされていた。
なにより消費税を300%も取られるのは癪だし……この際、認可が降りるまで、私の【エリクサー】を広めまくっちゃいましょう。
「おっ、おおおお見逸れしました!」
「なんと慈愛に満ちあふれたお言葉!」
聖騎士たちは滂沱と涙を流し、その場に次々とひれ伏した。私は思わずドン引きしてしまう。
「はぁっ!? ……ちょ、ちょっと、やめなさい!」
「はっ! 聖女様のご命令、謹んで承ります!」
「【水の聖女】様の海よりも深き慈愛の心に、感動いたしました!」
「これからも、どうか、この未熟なる我らをお導きください!」
「はぁ……? み、導くって、誰を……?」
私は密かに頭痛をこらえた。
それって、勇者や人間に味方しろってこと? この世界の人間は、私の配下である魔族を殺してお金儲けをしているような連中よ。それはノーだわ。
私が【水の聖女】という致命的な勘違いだけは、早急に訂正しなくちゃならないわね。
「そう……分かったなら、この男を確実に連行して頂戴」
私はパチンと指を鳴らして、騎士隊長にかけた【氷結】の魔法を解除する。
さらに、おまけとばかりに、彼に闇属性の回復魔法【ダーク・ヒール】をかける。ダメージを癒し、動けるようにしてあげた。
「なっ、なぜ、この俺に回復魔法を……?」
身体の自由を取り戻した騎士隊長は、狐につままれたような顔で私を見つめた。
「ふん! あなたを殺すよりも生かして利用した方が、私のためになるからよ! それよりも、今のは闇属性魔法【ダークヒール】よ。これで、私が聖女では無いと納得してもらえたかしら?」
神の下僕たる聖女が、その敵対者である悪魔の力──闇属性魔法を使うなど有り得ないわ。これこそが、私が聖女では無い決定的な証拠よ。
ふふっ、これでようやく、聖女扱いから解放されるわ! さすがは私、冴えている!
「……ッ! 我らの罪をお許しになった上に、あ、あくまで自分は聖女では無いとは言い張る!」
騎士隊長は、落雷を受けたように体を硬直させた。
「聖女様は、本来ならば『聖女に刃を向けた罪』で処刑されるべき俺を生かし、悔い改める機会をお与えくださるというのか……!?」
「はぁ? ちょ、ちょっと待って。どういう思考回路!?」
次の瞬間、騎士隊長は、地面に額を叩きつけるようにして土下座した。
「ひぇっ……?」
あまりの訳のわからなさに、私は動揺を隠しきれない。
「ご自分を殺めようとした敵にすら情けをかけ、改心を促されるとは……! なんという度量の大きさ! 格が、格が違いすぎる! これぞ真の聖女のお姿! さすがは【水の聖女】様!」
「い、今のは邪悪な闇の魔法だったのだけど? 聖騎士の癖にわからないの……!?」
「ふっ、邪悪な闇属性回復魔法が、人の身をここまで完全に癒やすことはありません。今のは闇の力に見せかけた、水属性の治癒魔法でありましょう!」
「全然違うわッ!」
「俺のみならず、この場にいる我ら全員の減刑を目的とした聖女様の深きお心遣い、胸に染みました! ですが、聖騎士隊長である、この俺の目は節穴ではありませんぞ!」
「思い切り節穴なんですけどぉ!?」
「素晴らしい! なんと慈しみに満ちたお沙汰! さすがは水の聖女アンジェラ様!」
「我ら一堂、この命尽きるまで、アンジェラ様に忠誠を誓います!」
聖騎士たちが跪き、まるで合唱のように声を揃えた。
「ちゅ、忠誠!? そんなモノ、誓わなくて良いわ!」
聖女では無いと証明したかったのに、逆に思い込みを深めてしまうなんて……
ど、どうして、こうなちゃったの!?
『さすがはアンジェラ様です。なんと恐るべき知謀! 【水の聖女】の商会となれば、勇者王は認可を与えざるをえません! 信用を得て【エリクサー】も飛ぶように売れるでしょう。自らを【水の聖女】と、こうまで見事に人間どもに信じこませてしまうとは……! このヴェロニカ、感服いたしました!』
『えっ、いや、違うからね!? 【水の聖女】ロールプレイなんて、別にやる気は無いわ!』
念話魔法で届いたヴェロニカからの的外れな賞賛に、私は内心で絶叫した。
『さらには、聖騎士たちに忠誠まで誓わせてしまうとは……彼らを使って聖王国を内部から切り崩す算段でございますね!』
『んな訳無いでしょう!?』
『ご謙遜を! アンジェラ様こそ、強さと知略を兼ね備えた史上最凶の魔王にございます!』
うっ、その称号はうれしいけど……!
「と、とにかく、聖女なんて呼ばれるのは心外よ! やめてちょうだい!」
私の悲痛な絶叫が村にこだまする。
しかし、感動に打ち震えるこの場の者たちの耳には、届いていないみたいだった。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』登録と、下にあるポイント評価欄【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!