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7話。騎士隊長を魔王の力で倒したら、聖騎士団から崇拝されてしまう

「……あ、アンジェラ嬢ちゃんは魔法使いだったのか?」


 ヴァンおじさんはそびえ立つ氷壁を見上げて、ただただ圧倒されているようだった。

 私がパチンと指を鳴らすと、氷壁は嘘のように粉々になって砕ける。


「そうよ。大丈夫だから下がっていて頂戴。聖騎士団に逆らったりしたら、おじさんは下手したら罪人になっちゃうでしょう?」

「あっ、いや、すまねぇ。嬢ちゃんが、俺の娘と同い年くらいだったものだからよ……」


 私が腰に手を当ててたしなめると、おじさんは、バツが悪そうに頭を搔いた。


 そんな理由で命懸けで私を守ろうとするなんて、人が良いにも程があるわよ。私と違って、善人なのね。


「小娘……貴様、いったい何者だッ!?」


 指揮官が、怒りと警戒を顕にしながら腰の剣を抜き放つ。


「た、隊長! 目もくらむほど美しいご令嬢です! それに今の魔法の腕前! もしかすると、他国から旅行中の上位貴族様では!?」

「だとすれば、少々、いや、かなり厄介なことに……!」


 部下の進言に、指揮官──騎士隊長の顔色が変わる。

 聖騎士たちから先程までの傲慢さが消え、彼らは明らかに動揺していた。


 強力な魔法使いは、貴族の血統である可能性が高いからよ。


「……ふっ、私が何者かですって?」


 私は内心、歓喜に震えながら、完璧なポーカーフェイス──冷徹な微笑みを浮かべて見せる。


 き、気持ちいぃいい! 正義の象徴である聖騎士団から、こんな風に恐れられるなんて最高だわ! しかも、彼らは私の正体を知りたがっているし!


「はっ! それがどうしたというのだ!? 偉大なる勇者王陛下のご命令は絶対! このアステリア聖王国において、陛下の御意思は神の御意思に等しいのだ! 我らの任務を邪魔するならば、どこの姫君であろうと斬り捨てるまで! ……だが、慈悲として名くらいは聞いておいてやろう。名乗られよ!」

「ふふっ、よくぞ聞いてくれたわ! 我が名は――!」


 今こそ、この世界に私の名を轟かせる時! そう息巻いた瞬間……


「アンジェラ様! ここで戦うおつもりですか!?」


 背後に控えていたヴェロニカが、私を庇うように前に出た。

 ずごっ!? 今、まさに私が格好良く名乗ろうとしたのに、名前を先に言われちゃったわ。 


「ならば、お命じください。この者どもを殲滅せよと! このヴェロニカ、命に代えても、ご命令を遂行してご覧に入れます!」

「おのれ! 我らに刃を向けるとは勇者王陛下に刃を向けるのと同じこと! 何者であろうと許さんぞ!」


 短剣を構えた物騒なメイドの登場に、騎士隊長の警戒度が高くなる。

 ……ややっ、これはちょっとマズイ流れだわ。


 出鼻を挫かれて冷静になった私は、偉大なる【人類奴隷化計画】を思い出した。


「あっ、いやいや、ストップ、ストップ! そんな物騒なことはしないわよ」


 そう、今、ここで聖騎士団と派手にやり合ってしまったら、これから築こうとしている『ロイド商会(仮名、ロイドがトップ)』の信用がパーになるわ。


 悪のカリスマたる者、常に大局を見据え、計画成就のために、最も効果的な手段を選ばねばならないのよ。


 ……今、ついノリで『魔王アンジェラ』と名乗りそうになっちゃったけど。

 ふふっ、正体を明かしてみんなを驚かす楽しみは、もっと劇的な瞬間のために取っておきましょう。


 それに、今は老神父の命が危ないわ。槍で刺されて瀕死の重傷なのだから、こちらの手当てが最優先よね。


「私はロイド商会のアンジェラよ! アステリア聖王国には、【エリクサー】の販売に来たの!」


 そう叫びながら、懐から取り出した【エリクサー】の小瓶を、ぐったりとしている老神父の口に無理やりドバドバと注ぎ込む。

 奇跡は即座に起こった。

 

 土気色だった老神父の顔に、嘘のように血色が戻る。


「し、ししし、神父様ぁ!?」

「……こ、これは、いったい? 腹の痛みが……無い?」


 老神父は、槍で貫かれた自身の腹部を見下ろし、茫然自失となった。

 傍らのシスターは、驚いて両手で口を覆っている。


「ふっふん! どう、驚いた? あなたが今、口にしたのは究極の回復薬【エリクサー】よ。瀕死の重傷さえ、たちどころに癒してしまう奇跡の薬! スゴイでしょ!? 聞いて驚きなさい! この【エリクサー】を、この村のみんなにタダであげるわ!」

「なっ、なにぃいいいいいいいッ!?」


 その場にいた全員──ヴァンおじさん、シスター、そして聖騎士団に至るまでが仰天した。


「騎士隊長さん、これなら村に蔓延した黒死病を完治できるわ! これで、教会や村を焼き払う必要なんて、どこにも無くなったわよね!?」


 私はビシッと、騎士隊長に指を突きつける。


 この衝撃的な【エリクサー】の効果を目の当たりにすれば、我がロイド商会の名声は爆上がり。勇者王も販売の認可を与えるに違いないわ。


 【人類奴隷化計画】の最初の壁は、これでクリアよ。

 ……はぁあああッ! 偉大なる悪の計画を人知れず推し進めるのって、快感だわ!


「小娘、そ、それは本当に、本当に【エリクサー】なのか? 一瓶で小さな屋敷が買えるほどの秘薬を……タダで配るだと……? いったい、どういうつもりだ?」


 騎士隊長は、訳がわからないといった様子で呆気に取られていた。

 私が貴族ではなく商人だと知って、再び小娘扱いしてきたけど、目の前の出来事が飲み込めないみたいね。


「まだ信じられないの? ヴェロニカ、あるだけの【エリクサー】を、病人たちに与えてちょうだい! 実際に黒死病から回復する姿を見れば、嫌でも信じるわ!」

「はい! アンジェラ様、お任せください!」


 ヴェロニカは恭しく一礼すると、弾かれたように教会内へと駆け込んでいった。


 数秒もしないうちに、教会から老若男女の歓喜とも、驚愕ともつかない叫び声が響き渡ってくる。


 ヴェロニカが有無を言わせず、病人たちの口に【エリクサー】を注ぎ込んで回っているのだわ。実に手際が良いわね。


「なっ、なんということだ……!? お嬢さん、あなたは、いや、あなた様はもしや……新たに降臨なされた、聖女様でいらっしゃいますか!?」


 老神父が、まるで神々しい存在にでも触れたような震える声で告げた。その瞳には、深い畏敬の念が宿っている。


「へっ……? 何、言ってるの?」

「こ、これ程までに貴重な品を、病に苦しむ者たちに無償でお与えになるなど……! その慈悲深さ、まさに聖女様としか思えません!」

「いやいやいや、違うってば! これは全部、商売のため! 自分の利益のためよ! 聖女だなんて、とんでもない勘違い! 心外だわ!」


 私はぶんぶんと手を振って、全力で否定する。


「おい、アンジェラ嬢ちゃん! 村人みんなに配るって!? こ、この大盤振る舞いは、どう考えても大赤字だろう!? 商売として成り立っていねぇだろ!?」


 ヴァンおじさんが突っ込みを入れてきた。


「まぁっ、ふつうに考えればそうでしょうけど……」


 【エリクサー】の材料が、自宅(魔王城)の庭に腐る程生えているとはさすがに言えなくて、私は言葉に詰まる。


「なんと! ご自分の利益のためと、おっしゃるか!? 『人を潤す者は、自らもまた潤される』……聖典にある通り! まさにあなた様こそ、父なる神の愛を体現された御使い! ああっ、聖女様! 我ら迷える哀れな子羊を、どうかお導きください!」

「聖女様ぁ……!」

「はぁぁぁぁっ!?」


 私の困惑などお構いなしに、老神父とシスターが、凄まじい勢いでひれ伏した。涙まで流している。

 ど、どうしちゃったのよ、この人たち!?


「わ、私は純粋にお金儲けのために……!」

「しかも、我らに余計な心労を与えぬよう、嘘までつかれるとはぁあああッ!? なっ、なんと心清き乙女! あなた様が聖女でなくて、誰が聖女だと申されるのか!?」


 ……聖女。それは、神がこの世界を守る勇者を助け、導くために、特別な力を授けたとされる四人の少女のことよ。


 慈愛に満ちた心を持つ十代の乙女が、聖女に選ばれると言われているわ。


 この世界の人々が聖女の降臨を待望しているのは、わかるけど……悪のカリスマであるこの私が、まさか聖女──良い子の代表格だとでも言うわけ!?


「聖女だと!? ふ、ふざけるな! あり得るはずがなかろう!?」


 そう叫ぶ騎士隊長の顔は、恐怖と混乱で引き攣っていた。


「そうよ、その通り! あり得ないに決まってるわ!」


 私は彼の言葉に、これ以上ないほど強く賛同する。


「隊長! も、もし、万が一、このお方が本物の聖女様であったなら……刃を向けてしまった我らは全員、縛り首ですぞ!?」

「ど、どう責任を取るおつもりですかぁ!?」


 しかし、完全にパニックに陥った聖騎士たちは、私の否定の言葉など耳に入らない様子で騒ぎ立てる。

 彼らの恐怖に染まった目は、狼狽する隊長と、困惑する私との間を忙しなく行き来していた。


「か、かくなる上は……!」


 数人の聖騎士が、逡巡の末、カチャリと音を立てて腰の剣を引き抜く。

 その切っ先が向けられたのは、私ではなく彼らの隊長だった。


 あ、あれ? ちょっと待って、何この展開!?

 まさか、これって……内輪揉めが始まっちゃってる!?


 すると、騎士隊長は顔を醜く歪め、笑い声を上げたわ。


「……ハ、ハハハハッ! そうだ、そうだとも! 聖女様がこのようなへんぴな村におられる筈がない! この娘は、聖女の名を騙る偽物だ!」

「えっ、だから、騙ってないんですけど……?」


「ものども! 勇者王陛下のご命令通り、この村に火をかけて村人を全滅させるのだ! この娘は偽聖女だ、殺せ! 殺して残りの【エリクサー】をすべて奪うのだ!」


 完全に破れかぶれだった。彼は勢い良く剣を掲げる。


「手に入れた【エリクサー】は山分けだ! 莫大な金が手に入るぞ! それとも、聖女に矢を撃ちかけた罪を聖王都で裁かれたいか!?」

「はっ……!」


 金と恐怖。聖騎士たちの目の色が変わった。

 迷っていたであろう者たちの剣も、すべて私に向けられる。


「ちょ!? この村を全滅させるですって!?」


 こ、この人たち正気……?

 もはや回復薬販売の認可を得るどころじゃないわ。

 ヴァンおじさんや、その娘さんを殺すなんて許せない。


「そんなことは、この私が絶対にさせないわ!」

「偽聖女の癖に、村人を守って戦うつもりか!? 善人ぶるのも大概にしろ!」


 騎士隊長が、獰猛な笑みを浮かべて突進してくる。


「聖女様ぁ!? やめるのだ、聖女様を手にかけるなど!?」

「死ねぇぇええッ!」


 神父たちの悲鳴と隊長の怒号が交錯する。

 鋼の剣が私の頭上に打ち下ろされた、その瞬間──


「なっ、なに……?」


 私は出現させた氷の魔剣【絶対零度剣】(アブソリュートゼロ)で、騎士隊長の斬撃を防いでいた。

 騎士隊長の剣は、脆く儚い氷細工のごとく粉々に砕け散る。


「ば、ばばばば、バカなッ!? そ、その氷の剣は……!?」

「こ、この人智を超えた力は! まさに伝説の……!」


 剣を砕かれた騎士隊長は、怯えて後ずさる。

 他の聖騎士たちも、目の前で起こった光景が信じられないといった様子で硬直していた。


 彼らの目に宿っていた殺意と欲望は消え去り、取り返しのつかないことをしてしまったという後悔だけが残っていた。


「ふふっ! これぞ、我が氷の魔剣! 絶対零度の魔力が作り出す、究極の破壊の刃よ!」


 思わず超ノリノリで、魔王らしい台詞と共に、【絶対零度剣】(アブソリュートゼロ)を振りかざす。すると、周囲を舞った氷の結晶が陽光を反射してキラキラと美しくも恐ろしく輝いた。


 さすが魔王の武器だけあって、強さアピール演出が凝っているわ。

 

「さぁ、聖騎士ども、我が力の前にひれ伏しなさい!」


 私は余裕の笑みを浮かべて、【絶対零度剣】(アブソリュートゼロ)の切っ先を騎士隊長に突きつける。


 しかし、あくまで所作は、冷徹に、そして優雅に。力をひけらかす下品な悪党だと思われたら、台無しよ。


「おおっ!? 聖女様の心根のごとき清らかで美しい氷の聖剣! あなた様は、水の力を宿した【水の聖女】様ですか!?」


 老神父が感動に打ち震え、頬を紅潮させて叫んだ。

 ずこっ!?

 思わず、ズッコケそうになる。


「はぁっ!? だから違うって言ってるでしょ! これは邪悪な魔剣なんだけど……見てわからない!?」


 私は全力でツッコミを入れる。


「この美しくも禍々しいデザインが、最高にカッコいいでしょ? どこが聖剣よ!?」

「はっ!? 水は癒しを司る力! 故に、その偉大なるお力でもって【エリクサー】を、これほど大量に生み出すことがお出来になったのですな!?」


 神父の言葉が、聖騎士団にさらなる衝撃と混乱をもたらした。


「まさか……御身は、我らが長年、降臨を待ち望んでいた新たなる【水の聖女】様……!?」


 4人の聖女は、神様からこの世界を構成する4大元素――火、風、土、水のどれか1つを司る力を与えられるわ。

 例えば、【火の聖女】に選ばれると、火属性魔法の威力が常人の3倍以上に強化される。


 氷は水属性だから、私は【水の聖女】だと勘違いされてしまったみたいね。

 なっ、なんて、迷惑な……!


「……た、確かに、そう考えれば辻褄が合う! 人工栽培は不可能とされ、自然発生に頼るしかない【エリクサー草】も、【水の聖女】様の奇跡の御力をもってすれば、おそらくは栽培することが可能……!」


 剣を失い、完全に戦意を喪失した騎士隊長が、ぶるぶると身を震わせて後退した。

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