6話。お金儲け作戦を実行に移したら、聖女と勘違いされてしまう
1週間後──
私はお金儲け作戦実行に移すべく、ヴェロニカと共に人間の村にやってきていた。
前回とは異なり、魔族とはバレないように、私たちは氷魔法で作った青のカラーコンタクトで瞳を覆っているわ。
「……はぁ、正気かいお嬢ちゃんたち。この村から黒死病が出たって、知らねぇのかい?」
「もちろん。知っているから来たのよ」
宿屋を取ろうとすると、店主のおじさんは呆れ返った様子だった。
彼と真っ直ぐ目を合わせるも、私たちを魔族と疑っている様子は無い。
『魔族の特徴である赤目をこのような方法で隠してしまわれるなんて。このヴェロニカ、感服いたしました!』
『ふっふん! だから言ったでしょ。大丈夫だって! まずは、第一関門突破ね』
私とヴェロニカは、念話魔法で密かに意思疎通をする。
ヴェロニカは心配で気が気じゃなかったようだけど……
カラーコンタクトの存在なんて、この世界の住人は想像だにできないでしょうから、この正体隠しの方法については、自信があったわ。
まっ、氷魔法で形成した極薄の氷レンズを着色したカラコンな訳で。私が魔力供給をし続けないと溶けちゃうって欠点があるけどね。
「まあ、それなら構わんけどよ……勇者王様から隔離命令が出る前に出発した方が、身のためだぞ。疫病の蔓延した村に閉じ込められるなんざ、ゾッとするだろう?」
「ご忠告、感謝するわ。でも、大丈夫よ。私たちは、そのための薬を売りに来たんだもの!」
「……黒死病に効く薬だと、ソイツは何の冗談だ?」
くたびれ果てた様子の店主の目に、僅かながら希望の光が宿った。
黒死病は治療法が確立されておらず、感染すると、約7日で死亡する恐ろしい疫病よ。
対策は、黒死病患者の隔離措置くらいね。
「もしかして、おじさんの身内に感染者がいるの? だったら、今だけ出血大サービスで、この究極の回復薬【エリクサー】をタダで譲ってあげるわ!」
「はぁ……?」
私は鞄から【エリクサー】の瓶を取り出すと、テーブルの上にドンと置いた。
【エリクサー】は、毒、麻痺、病気、呪いといったあらゆる状態異常を癒し、生命力を回復させる効果がある万能薬よ。
黒死病にも、もちろん効果があるわ。
奴隷にしたロイドたちAランク冒険者の中に、調合スキルを持つ者が数人いたので、せっせと【エリクサー】を作ってもらっていた。
「【エリクサー】って……おいおい、お嬢ちゃん。大人をからかうのもたいがいにしろよ」
おじさんは乱暴に机を叩いた。
「俺の娘は黒死病で死にかけてんだぞ!」
「アンジェラ様に対して、なんと無礼な!」
「はっ! あんたらが、どこのお貴族様かは知らねえが、冷やかしで来てんなら、出ていってくれ!」
ヴェロニカが咎めると、おじさんは癇癪を爆発させた。
……ぐぅっ、どうやら、彼の触れてはいけない部分に触れてしまったみたいね。
うまく行くと思ったのだけど、邪悪な計画を推し進めるというのも、難しいものだわ。
実は、ワイズおじちゃんと相談して、【エリクサー】を売り捌くために、疫病が広がった村に、無償で施しをすることに決めたのよ。
ゲームではそんな難しいことを考えなくて良かったんだけど、商売には信用が大事ということね。
どこの馬の骨ともわからない輩が【エリクサー】と言って高額な薬を売りつけようとしても、詐欺を疑われて上手くいかない、というのがワイズおじいちゃんの意見よ。
「……げっ、ゴホッゴホッ!?」
興奮したおじさんは、変な感じの咳をした。口を押さえた手からは血が溢れ、吐血しているようだった。
えっ、これって、もしかして?
「おじさん、朝から熱が出たりしていない?」
「……な、なに?」
「それは黒死病の症状では? 高熱と吐血が続くと聞きました」
ヴェロニカの一言におじさんが血相を変える。
「……俺が黒死病だと」
「おじさん、騙されたと思って、この【エリクサー】を飲んでみてちょうだい。はい、きっと楽になるわよ」
「お嬢ちゃんたち……逃げないで、俺に施しをくれるってのか?」
黒死病は咳による飛沫感染で広がるわ。感染の疑いがある人が、ゲホゲホやっていたら真っ先に逃げるのが常識よ。
にも関わらず、【エリクサー】の瓶の蓋を開けて勧めた私に、おじさんは意外そうに目を瞬いた。
私たちは魔族だから、実は感染する心配はないのだけどね。
「ええっ、もちろんよ。私たちは黒死病の撲滅にやってきたんですもの!」
「ご立派ですアンジェラ様! 自ら陣頭に立って計画を進められるとは!」
私が胸を反らしてドヤると、ヴェロニカが合いの手を入れる。
「ぐぅっ、あ、ありがてぇ……!」
おじさんは涙ぐみながら、【エリクサー】を掴んで飲み干した。
すると……
「うぉおおおおおおおッ!?」
「うひゃ!?」
突然、彼は大絶叫する。思わず驚いてしまったわ。
その顔には血の気が戻り、肌には艶が生まれ、目には力がみなぎる。
「なんじゃこりゃ!? まるで10年は若返ったような心地だぞ!」
おじさんは自分の身体を見下ろし、信じられないといった面持ちになった。
「……冗談抜きで【エリクサー】かよ!?」
「どう? 効くでしょう? まだまだ、たくさんあるから、あなたの娘さんにもあげるわよ」
「ほ、本当かァァァ!?」
ぐわしと、私はおじさんに肩をつかまれた。
ちょっ!? 痛いんだけど。
「娘は……! イリスは、助かるのか!? あんなに好きだった絵を、また描けるようになるのか!?」
「アンジェラ様に対してなんと無礼な! 離れなさい!」
ヴェロニカが慌てて、私をおじさんから引き離す。
「だぁっ、悪りぃ!? って、そっちのお嬢ちゃんはすげぇ怪力だな。そんなナリして、冒険者かよ!?」
メイド服姿のヴェロニカに対して、おじさんは目をパチクリさせていた。
「ええっ、まぁ、そんなところよ」
「いや、ホントに助かった! 勇者王様は何もしてくれないってのによ! お嬢ちゃんはもしかして、伝説の聖女様か!?」
「聖女ですって? そんな訳無いでしょう。私はあくまで商売、お金儲けのためにやっているのよ」
なんてたって、聖女の正反対の魔王なんですものね。
「そうか! なにせよ、お嬢ちゃんは俺の命の恩人だ! 疑って悪かった! もう、一生分感謝するぜ! こんな宿屋で良かったら、タダでいくらでも泊まって行ってくれや!」
おじさんは猛烈な勢いで、頭を下げる。
「ありがとう。それよりも、黒死病患者はどこに隔離されているの?」
「教会だ。って、すぐに向かってくれるのか!?」
「もちろんよ。急ぎましょう。おじさんの娘さんもいるんでしょう? すぐに助けてあげなくちゃ、かわいそうじゃない」
「あっ、ありがてぇええええッ」
「アンジェラ様から、離れなさい!」
感激のあまり、私の手を掴んだおじさんを、ヴェロニカがぶっ叩いた。
それからさっそく、おじさんの案内で、村の中央にある教会に向かった。
「そう言えば、お嬢ちゃんの名前は何ていうんだ?」
おじさんはすっかり気を許した様子で、話しかけてくる。
「私はアンジェラ、彼女はヴェロニカ。隣国に拠点を持つ商人よ。アステリア聖王国には、販路拡大のためにやってきたの」
隣国出身だと言っておけば、まず正体がバレることは無いでしょう。
いずれお金が儲かったら、実際に隣国に商会を作って人員を配置し、そこで【エリクサー】を製造していることにすれば問題無しよ。
ふっふん! ゲームでも商会を作ったことがあるから、その辺のことは抜かり無しね。細かいことは、ロイドとワイズおじいちゃんに任せましょう。
「はぁ〜っ、まだ子供なのにすげぇな! 販路拡大かぁ! うんうん!」
おじさんはしきりに感心していた。
「だがよぉ、この聖王国は、勇者王ディルムッド様が回復薬にアホみてぇな税金かけてんじゃねえか? 認可無しじゃ、消費税300%だとか……正直、儲かるのか?」
「…………え?」
一瞬、思考が停止した。
「しょ、消費税……さんびゃく、パーセント……?」
「なんだ、商人の癖に知らなかったのか? 勇者王様は、回復薬の利権を独占しててな。国が認めた商会以外が売る場合は、売上の4分の3を税金で召し上げるって話だぜ?」
う、売上の4分の3? 利益のほぼすべてと言って良い割合が、勇者王の懐に入る、ですって……?
それじゃ、儲からないどころか、私の敵を利するだけ……? そんな馬鹿なぁ!
「その認可を受けた唯一の商会のトップが、勇者王様の愛人ってんだから、まあ、腐ってやがるよなぁ……あっ、いや、もしかして、アンジェラ嬢ちゃんは、勇者王様にコネでもあんのか? それなら安心……」
「そんなものある訳ないでしょう!?」
今はゲーム本編開始、1年前。ゲームの主人公であるレオンが、勇者王に即位する前の時代だから、法律なんかが違っているんだわ。
こんな無茶苦茶な設定は、ゲームには無かった。
「お、お、俺に言われても困るぜぇ!?」
その時、背後でヴェロニカが固まっている気配がして、ハッとした。
自信満々で聖王国でお金儲けをすると息巻いて来ておいて、うまくいかないなんてことになったら、私の魔王としての面子は丸潰れだわ。
「……い、今のはジョーク、ジョークよ! も、もちろん、勇者王から認可をもぎ取る秘策があるに決まっているでしょう!」
「さすがはアンジェラ様! 全て計算尽くだったのですね!」
「そうよ。当然でしょう?」
内心、滝のような冷や汗を流しながらも、精一杯のドヤ顔を作る。
ヴェロニカの純粋な賞賛が、今は痛い。
こ、この問題は……とりあえず棚上げするしかないわ!
「……ところで、おじさんのお名前は?」
私は話題を変えるために尋ねた。
「俺はヴァンてんだ」
「ヴァンおじさんね。いろいろ教えてもらったお礼として、あなたの宿屋は特別に贔屓にしてあげるわ」
ちょうど【魔の森】の近くにある村だから、ロイドたちにヴァンおじさんの宿屋を積極的に使うように、勧めましょう。
この人は、娘さんを大事にする良いお父さんみたいだしね。
「へへ、そいつはありがてぇ! アンジェラ嬢ちゃんは優しいんだな!」
「ふん、私は優しくなんかないわ。すべては、私の偉大なる計画のためよ」
その時、重々しい馬蹄の音が轟いた。
何事かと先を急げば、教会の前に、白銀の鎧に身を包んだ騎士の一団、ざっと30名ほどが整列している。
「聞けい! 黒死病が発生したこの村は、偉大なる勇者王ディルムッド陛下の勅命により、焼き払われることが決定した! まずは病魔の巣窟たるこの教会に火をかける!」
隊長らしき男が、馬上から傲慢に叫ぶ。その声には、微塵の躊躇も慈悲もない。
「アステリア聖王国のために、潔く死ねい!」
「……アンジェラ様、これは、非常にまずい状況かと。あれは、勇者王直属の聖騎士団です」
ヴェロニカの声は、かつてないほど強張っていた。
伝説の勇者が建国し、勇者の血筋が国王となって代々統治しているのが、このアステリア聖王国よ。国王は勇者王の称号で呼ばれているわ。
聖騎士団は、勇者王に絶対の忠誠を捧げる最強の軍隊だった。
「関わるべきではございません。ここは退きましょう」
「待ちなさい、ヴェロニカ。……ふふっ。これは、私の計画にとって、むしろ好都合だわ」
私の口角が、自然と吊り上がる。
「信用を得るのが目的なら、これ以上の舞台はないじゃない? 聖騎士団の目の前で、この私が【エリクサー】で、哀れな病人を救ってみせるのよ。これぞ最高のデモンストレーション。私の名声は、一気に国中に轟くわ! そうすれば、勇者王も私の商売を認可するに違いないわ!」
その時、教会から老神父が血相を変えて飛び出してきた。
「お、お待ちくだされ! ここにいるのは、罪なき民ばかり! 焼き払うなどと、そのような非道が、勇者王様のなさることですか!?」
「勇者王陛下に文句をつける気かジジイ!? 教会関係者であろうと、邪魔するなら殺して良いと仰せつかっているのだ!」
「こ、このような蛮行、神はお許しにはなりませんぞ!」
「近寄るな、汚らわしい! もし俺が黒死病に感染したらどうしてくれるのだ!?」
指揮官は取りすがってきた神父を、長槍で思いっきり突いた。
「ぎゃあああッ!?」
「勇者王陛下は、神の代行者! その陛下に逆らうは神に逆らうも同じであるぞ!」
「し、神父様!?」
崩れ落ちる神父に、駆け付けてきたシスターが悲鳴を上げる。
「なっ、何をなさるのですか!? ここは神の家! 病に苦しむ哀れな子羊たちの、最後の拠り所なのですよ!?」
シスターの抗議を無視して、指揮官は容赦なく命令を下した。
「火矢を準備! 一斉に射掛けよ! 不浄なる者どもを、この教会ごと焼き払え!」
「やめてください! お願いです! 中にはまだ子供たちが大勢いるのですよ!?」
「──そこまでよ、あなたたち!」
火矢を構える聖騎士たちの前に、私は敢然と躍り出た。
計画のためだけじゃなく、なによりも助けると約束したヴァンおじさんの娘さんを、死なせる訳にはいかないもの。
すると、予想外のことが起きた。
「嬢ちゃん!? バカ、何やってんだ!」
ヴァンおじさんが私を庇うため、無謀にも前に飛び出したのよ。
ちょ、ちょっと、死ぬ気!?
「【氷壁】!」
とっさに魔法を発動。私の眼前に、巨大な氷の壁が出現する。
放たれた無数の火矢が、氷壁にことごとく弾き返された。
「……なっ、魔法!?」
「何者だ、貴様!?」
聖騎士たちが動揺する中、私は呆然とするヴァンおじさんに言い放った。
「ヴァンおじさん、娘さんを助けたいと言っていたのに、ここで死ぬ気なの?」
「いや、えっ……はぁ?」
ヴァンおじさんは、何が起きたのか、理解が追いついていない様子だった。
「ここは私に任せておいてちょうだい。この私が、正義の味方から、みんなを守って見せるわ!」
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