4話。魔王就任式で、偉大な魔王と勘違いされる
──5日後
私の魔王就任式が開かれていた。
魔王城に、盛大なファンファーレが鳴り響く。玉座へと続く深紅の絨毯の両脇には、おびただしい数の魔族たちが頭を垂れている。
荘厳な儀式の中、私は新しい魔王として、一歩一歩、玉座へと歩みを進めていた。
お父様は先日、無理をしたために欠席されているけど、自室から魔法ビジョンで、晴れ舞台に立つ私を応援してくれているわ。
魔王としてのデビューを、華麗かつ鮮烈に決めて、お父様を安心させてあげなくちゃなね。
王座に腰掛けた私は、魔王としての第一声を発した。
「皆の者、面を上げなさい。私こそ、新たなる魔王アンジェラよ!」
バッと一斉に上がる魔族たちの顔、顔、顔! その視線が一斉に私に突き刺さる。
ぬは、ヤバい……! 魔族たちの頂点に立つこの全能感、この支配感! たまらないわ!
病室で、魔王アンジェラのマネをやっていたときは、同室のお姉さんから、「あんた、いい加減、うるさいわよ!」と怒られたけど、ここでは誰もが私を魔王として畏敬の眼差しで見つめてくれていた。
これぞまさに妄想で何度も繰り返したシチュエーションだわ。
思わず口元がニヤけそうになる中、威厳を出すために、咳払いして話を続ける。
「我が父ベルフェゴールは、人間の国々への侵略を禁止したけれど、私は違うわ。200年にも及ぶ雌伏の時は、終わりよ! 魔族を金儲けのために殺し続けている人間どもに、今こそ逆襲する時! 人間ども支配し、我らの奴隷とする【人類奴隷化計画】を実行に移すのよ!」
「な、なんとぉおおおッ!?」
地響きのような歓声とどよめきが、玉座の間を揺るがした。
「我ら一堂、そのお言葉を心待ちにしておりました!」
「魔王アンジェラ様に絶対の忠誠を誓います!」
「我らの同胞を、子を親を! 金儲けのために狩り続けている人間どもに目にものを見せてくれましょう!」
魔族たちの賛同と忠誠の叫びが、嵐のように吹き荒れた。
最高潮になった私は、超ノリノリで叫ぶ。
「ふふっん! しかし、勇者の一族は健在、闇雲に戦争をしかけても負けるに決まっているわ! そこで、まず勇者に力を与える4人の聖女を、すべて私の支配下に入れるわ。聖女の力をもって、我が父、大魔王ベルフェゴールを復活させるのよ! これぞ【人類奴隷化計画】の第一段階。人間どもは恐怖と絶望に震えるわ!」
万雷の拍手が巻き起こった。
あーっ。ヤバい。楽し過ぎる。毎日でも、これやりたいかも……
【人類奴隷化計画】というのは、本来のゲームシナリオには無い私独自の計画だったけど、実に壮大で邪悪な計画で、気に入っているわ。
計画完了の暁には、小説や漫画を毎日、ダラダラ読んで楽しく暮らす、夢のような日々がやってくるのよ。
しかも、世界を支配する偉大な悪のカリスマと崇められながら!
「そのために、魔王である私、自らが……!」
「お待ち下さい! 失礼ながら魔王アンジェラ様に、お尋ねしたい儀がございます!」
空気を切り裂くような野太い声。
見れば、オーガ族の族長ゴルドが、その2メートルを超える筋肉の塊のような巨体を起こし、私を睨みつけていた。角を生やし、まさに鬼といった風貌の大男よ。
ゴルドは原作ゲームでは、自分こそ魔王にふさわしいと野心に燃え、魔王アンジェラに取って代わろうとしていたわ。
私のことを小娘と侮る古参魔族の筆頭のような男よ。
私の演説を邪魔するとは、さっそく反逆者ムーブをかましてきている訳ね。
「ゴルド殿! アンジェラ様の演説を妨害するとは何事ですか!? 無礼にも程があります!」
私の近くに控えていたヴェロニカが、短剣を引き抜く。
一触即発の雰囲気に、魔族たちに緊張が走った。
「ふんっ。いいわ、質問を許すわ」
悪のカリスマとしては、ここは度量を見せておくべきところ。
私は顎をしゃくって、ゴルドに発言の許可を与えた。
「では単刀直入に申し上げる! アンジェラ様は、その御命を狙った人間ども――それも多くの魔族を手に掛けた冒険者どもを許したとか。これは事実でありましょうか!? それが、人間への復讐を誓う魔王の行いか!?」
ゴルドが右手を上げると、彼の配下のオーガたちに引きずられ、見るも無惨な姿の男が現れた。私が奴隷にした元Aランク冒険者のロイドよ。
「ひっ、あわわっ! アンジェラ様、おっ、お助けくださぁいい!」
ロイドは恥も外聞も無く喚き散らした。
初めて会った時のイケイケぶりは、微塵も感じられない情けない姿ね。まっ、こんな状況じゃ仕方ないけど。
「人間どもを奴隷にする、そのお志は見事! しかし、行動はまったくの真逆! 聞けばこの男、街に本を買いに行かされているだけで、奴隷としての扱いなど皆無! これのどこが支配であり、復讐であるか!? 説明していただこう!」
ゴルドの怒声が響く。
魔族たちは息を飲んだように静まり返った。
「人間など、こうしてくれるわ!」
ゴルドの配下がロイドに向かって、剣を振り上げた。
「ぎゃあああッ!?」
「【氷結】!」
その瞬間、私は手から冷凍波を放ち、ロイドを斬ろうとしたオーガを凍りつかせた。カキン、と氷像が完成する。
「な……っ!?」
ゴルドだけでなく、居並ぶ魔族たちすべてが驚愕した。
「私の奴隷を手に掛けようとするなんて、一体どういう了見かしら、ゴルド?」
私は玉座から、冷ややかに、しかし優雅に微笑んで見せた。
「語るに落ちたな、アンジェラ! 貴様の目的は人間への復讐ではなく、甘っちょろい共存! まさか、魔族殺しの冒険者を庇うとは!」
ゴルドは、してやったりとばかりに声を張り上げた。
「貴様のような小娘が魔王などとは、笑止千万! 今すぐ、その栄光なる王座より降りるがいい! 魔王にふさわしいのは、この俺、ゴルド様だ!」
大剣を引き抜いて、ゴルドはその切っ先を私に向ける。
「この俺が魔族を率い、人間どもを根絶やしにしてくれるわ!」
なるほどね。
まさか、ここまで直接的な反逆行為に出るなんて……意外だったけど、おもしろいじゃないの。
「あはははははッ!」
私は大笑いして、王座から立ち上がった。
ゲームシナリオには無い展開だったけど、これは私の悪のカリスマヒロインぶりを魔族たちに知らしめる絶好のチャンスだわ。
「ふん。甘いわねゴルド。そんなことだから、勇者に真っ先に倒されて、他の魔族たちから『くくくっ、ヤツは四天王の中でも最弱!』とか、陰口を叩かれるのよ!」
私はゴルドにビシッと指を突きつける。
ゴルドは1年後に新設される魔王の4大幹部、四天王の1人になる男だった。
原作ゲームのアンジェラは、ゴルドの人間への憎しみの強さを買って、幹部に抜擢したのよね。
まっ、それが仇になってしまう訳だけど。
「なっ、何を……!?」
「予言してあげるわ。あなたはね、自分より弱い人間をいたぶり、悦に入っているところを、正義に燃える勇者に見つかって、怒りの鉄拳でボッコボコにされるのよ! あなたのような三下の小悪党ムーブを決めるヤツは、序盤で退場させられるのがお約束なの!」
「い、言わせておけば、この小娘がああああっ! この俺が三下の小悪党だとぉ!?」
ゴルドは顔を屈辱に真っ赤にした。
「ええっ、その通りよ。いいこと? 私は奴隷にした人間どもを、『大いなる計画』のために利用しようとしているの。そんなこともわからないようじゃ、私に代わって魔王なんて、一億年早いわ!」
「おのれ、もはや我慢ならん……!」
「待つのじゃゴルドよ。アンジェラ様、失礼ながら、その『大いなる計画』とやら、詳しくお聞かせ願えませぬか? なぜ、人間どもに大量の書物を買い集めさせているのですかな?」
その時、割って入ったのは、齢500を超える大魔族――獣人族の長老、賢狼ワイズだった。
全身モフモフの真っ白な毛並み、丸眼鏡の奥の瞳は知性に溢れている。ヨボヨボとしながらも、その存在感は格別に大きい。
私の大好きなキャラの一人よ。
このモフモフおじいちゃん、可愛い!
「ふっふーん! よくぞ聞いてくれたわ、ワイズ! いいこと? 魔族には決定的に欠けているものがあるわ! それは創造力! 新しい発想を生み出す力よ! このままじゃ、私は退屈で死んじゃうわ!」
私は胸を張って宣言した。
「だから、人間の本(小説や漫画)が必要なの! それらを魔族たちに広め、共に語り合う! これが、私の大いなる計画! 【人類奴隷化計画】の行き着く先よ!」
そう! 同じ趣味の友達が欲しい! 魔族のみんなと推しカプについて語り合ったり、最新刊の感想で盛り上がったりしたい!
なにより、前世のお父さんから、漫画を読むなんて、悪いことだと、さんざん否定されてきたわ。
中学生の時、入学早々、漫画アニメオタクとして名を轟かせてしまった私は、居場所を求めて、漫画研究部に入ろうとしたのに、お父さんの猛反対にあってできず……
上流階級コンプレックスのお父さんから、お嬢様らしい教養を身に着けろと、言われるがまま何の興味も無い華道部に入った。
今なら、それが過ちだったとわかるわ!
だから、私は魔族たちに、小説や漫画といった偉大な文化を広めるつもりだった。
私は宣言した。
「悪を貫き、かつての夢をこの手に掴む! これこそが、魔王たるべき者の姿だわ!」
「なっ……なんとぉおおおおおおッ!?」
ワイズは、まるで雷に打たれたかのように、よろめいた。
「い、いがされましたか、長老殿!?」
「ワイズ様、お気を確かに!」
ゴルドをはじめ、他の魔族たちも、老賢者のあまりの動揺ぶりに目を丸くしている。
ワイズは最も古き魔族であり、その知恵と知識は広く尊敬を集めていた。粗暴なゴルドでさえ、ワイズには一目置いているわ。
ワイズは震える声で、しかし熱っぽく語り始めた。
「……ま、まさにそれでございます! 創造力! それこそが、我ら魔族が人間どもに遅れを取ってきた最大の要因! 力ではるかに勝る我らが、なぜ何度も苦杯を舐めさせられてきたか!? それは勇者個人の力もさることながら、それを支える人間の武具が、魔法が、戦術が! 日々進化し続けておるからじゃ!」
「はぇ……?」
私はワイズの言っている意味がわからず、心底困惑した。
「はっ! そうか! アンジェラ様は人間を奴隷とし、書物を買い集めさせることで、奴らが数百年かけて積み上げてきた知識と技術を、我ら魔族のものとしようとしておられるのですな!? 書物による知識伝播こそ奴らの強さの根源! こ、これぞまさに、恐るべき大いなる計画ぅううううッ!」
ちょっと、ちょっと、このおじいちゃん、どうしちゃったのかしら?
「アンジェラ様が、これほどの深謀遠慮をお持ちであったとは……! このワイズ、不明を恥じ入るばかりでございます! この5日間、お部屋に籠り書物を読み耽っておられると聞き、もしやとは思っておりましたが⋯…! くくくっ、『敵を知り己を知れば百戦あやうからず』! 人間から積極的に学び、その知恵を取り込もうとは……!」
ワイズは恭しく私の前に進み出て、深く頭を垂れた。
あれ? この5日間は、ロイドたちに買ってきてもらった小説を読んでいただけなんですけど?
「なにより、【人類奴隷化計画】の真の目的とは、人間への復讐といった矮小な物ではなく、我ら魔族の繁栄! まさに、まさにアンジェラ様こそ、魔王の器! このワイズ、改めて、魔王アンジェラ様に絶対の忠誠を誓いましょうぞ!」
な、なんか良くわからないけど、彼が私に従ってくれるなら、願ったりだわ。
「……そう、許すわ、ワイズ。この私と共に人間を、いえ、この世界のすべてを支配するのよ!」
「ははーっ! 必ずや! このワイズ、アンジェラ様の野望の実現のため、知略の限りを尽くしましょうぞ!」
私が魔王ムーブを決めると、ワイズは歓喜に顔を輝かせた。
そのキラキラした瞳は、なんだか子犬のようで、思わず頭を撫でてあげたくなるほど可愛かった。
我慢できずに手を差し出すと、ワイズはお手をしてきた。
おおっ……も、もふもふの手が温かくて、気持ちいいわ。
「あ、アレは、犬獣人族の服従のポーズ……お手!」
「あのワイズ様が、あそこまで心酔されるとは……!」
「人間に慈悲を与えるなど、とんでもない愚行かと思ったが……アンジェラ様のお考えは、我らの想像を遥かに超えて偉大だったようだ!」
魔族たちは衝撃を受けていた。
お読みいただき、ありがとうございました!
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