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37話。勇者と共闘し、大逆転

「まさか、さっきは本気では無かったというの!? そ、そんなバカな!」


 ヘレナは狼狽しながら、閃光の矢【流星】(ミーティア)を連射してきた。


 私はそれを余裕で、すべて弾く。さっきは不意打ちだったけど、来ると分かっていれば、防御はたやすいわ。


「……グランド・マスターが開発した【流星】(ミーティア)が!?」


 恐怖の色が、ヘレナの美貌に浮かんだ。射撃をやめて、怯えたように後ろに下がる。


「もう戦意を無くしてしまったの? なら、この私に跪いて忠誠を誓いなさい」


 私が氷の魔剣を振るうと、溢れ出る冷気によって壁と床が、パキパキと凍っていく。それはゴーレムの制御装置をも凍結させて、使い物にならなくさせた。

 これで援軍を呼ばれる心配も無いわ。


「くぅっ……!」


 ヘレナが息を飲む。

 ふふん。こうやって魔王としての力を誇示するのは、なんとも気分爽快だわ。これぞ、悪の醍醐味ね。


「アンジェラ様……」


 ユリシアは寒さのためか、声を震わせた。彼女は突如、感極まった様子で叫ぶ。


「敵にも慈悲をお与えになるなんて、まさに聖女の行いですね!」

「へっ? あっ、いや、慈悲とかじゃなくて、大魔王復活に聖女が必要だからなんだけど……?」

「ご謙遜を。力を誇示して降伏を促す──復讐心に囚われず、流血を避けるその優しきお心遣いに、感服いたしましたわ!」


 これには驚いた。ユリシアの中では、未だに私は、聖女ってこと?

 うっ、そんな尊敬の眼差しで見られると、単に、魔王ムーブを楽しんでいたとは、言えないわ。


「……おのれ、魔王アンジェラ! こうなったら!」


 追い詰められたヘレナは、何やら液体の入った小瓶を取り出した。


「これぞ、秘薬【レベル・ブースター】! 一時的にレベルを50以上もアップさせる究極のドーピングアイテムよ!」

「はぁ……!?」


 ゲームには無いアイテムだった。

 しかも、一気に最弱から最強になれる、まさにチートアイテムじゃないの。【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)は、チート集団ってこと?


「ヘレナ様、いけません、おやめください! そのような理から外れた力には、必ず身を滅ぼす代償が伴いますわ!」


 ユリシアが驚いて警告する。しかし、ヘレナに、ユリシアの心遣いは届かなかった。


「黙れ【大地の聖女】! 世界の理から外れる力を手に入れることこそ、【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の本懐! 私はもう決して、支配される側にはならないわ!」


 ヘレナは絶叫すると【レベル・ブースター】を一気に飲み干した。


「ぐ、あ……ぁあああああああッ!?」


 直後、彼女は喉を掻きむしり、床を転げまわって苦しみだす。

 私は呆気に取られた。


「……若返り、ふたつの聖女の力を身に宿す。さらには、急激なレベルアップ。そこまでして、何の副作用も無いなんて、そんな都合の良い話はありませんわ」


 ユリシアが、哀れみの目でヘレナを見つめた。


「アンジェラ様の手を取ることこそ、あなたに唯一残された助かる道でしたのに」

「……つまり、ヘレナもしょせんは【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の実験台だったということ?」


 私は溜め息をついた。悪役によくある末路だった。


「おっしゃる通りかと。彼女は捨て駒にされたのですわ」

「じゃあ【エリクサー】を飲ませても無駄かしら……?」

「はい、残念ながら、もう手遅れかと。神の領域を侵すなら、その代償は凄まじいものになります」

「まさに、その通り。故に、我はその代償をヘレナに押し付けたのだ」


 突然、ヘレナの口調が変わった。老獪さと威厳に満ちた響き。

 悶え苦しんでいたヘレナは、落ち着きを取り戻して立ち上がる。その身から、爆発的な魔力が放射された。


「はじめまして、魔王アンジェラ殿。我は【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)のグランド・マスター。この世の真理を追求する者なり」

「グランド・マスターですって……?」


 ってことは、もしかして【ルーンブレイド】続編のラスボス?

 私は思わず身構えた。


「左様。この【レベル・ブースター】には、使用者のレベルを強制的に引き上げると同時に、我が意識を憑依させる魔法も込めておいたのだ。どうだ、すばらしい魔法薬であろう?」


 別人のような喋り方をするヘレナの身体が、ボコボコと泡立ち、粘土のように崩れ出す。絶世の美少女が、無惨な姿に変わり果てていく。

 しかし、本人は痛みを感じていないのか、まるで気にした様子が無かった。


「時間がない。さっそくで申し訳ないが、貴殿ら2人を実験台として、我が錬金術工房にご招待しよう」

「あいにくだけど、お断りよ!」

「ふむ。できれば、生きたままの魔王を解剖してみたかったのだがな」


 グランド・マスターと化したヘレナが両手を掲げると、玉座の間全体が黄金の光を放った。


「これは……【聖印結界】!?」


 壁に聖なる紋様が浮かび上がり、ユリシアが目を見張る。


「いかにも。邪悪なる者の侵入と交信を妨害する聖なる檻だ。これで貴殿の配下は助けに来れんぞ、魔王殿」

 

 グランド・マスターは余裕の笑みを浮かべる。

 裏で暗躍し、配下を平然と捨て駒にする……そして、この圧倒的な魔力。こいつ、ラスボスとしての風格は十分ね。だけど。


「配下を捨て駒としか見ない三流に、悪のカリスマであるこの私が倒せるとでも?」

「これは異なことを言う。まさか、我がヘレナを使い潰したことを憤っておるのか? 」


 グランド・マスターが魔法を詠唱した。その手より放たれたのは、特大の火炎弾。だけど、その狙いは私ではなく――


「ユリシア!」


 私は咄嗟にユリシアの前に飛び出し、【絶対零度剣】(アブソリュートゼロ)で火炎弾を叩き斬った。


「やはり、【大地の聖女】を庇おうとするか。それで、どうやって、我に勝つというのだ?」

「ぐぅっ!?」


 グランド・マスターは火炎弾の連射で、ユリシアばかりを執拗に狙う。私は防御に徹するけど、火炎弾を弾く両手が、魔法の威力に痺れた。


「アンジェラ様!? 【砂嵐】(サンド・ストーム)!」


 ユリシアが魔法で砂嵐を発生させ、グランド・マスターを包み込んだ。

 うまい。グランド・マスターの視界を潰して、狙いを付けさせない作戦だわ。

 だけど……


「むっ!?」


 グランド・マスターの火炎弾は、変わらず正確無比にユリシアを狙ってくる。


「我は魔法的な視覚で、敵を捕捉しておるのだ。目潰しなど無意味」

「なら……【落石】(ストーン・フォール)!」


 次の詠唱をしていたユリシアは、グランド・マスターの頭上にゴツゴツした巨岩を出現させた。巨人をもぺしゃんこにしてしまう質量攻撃よ。


「小賢しい!」


 次の瞬間、爆風がグランド・マスターの真上に発射された。砂嵐が掻き消え、巨岩がバラバラに砕け散って吹き飛ばされる。


「きゃああああっ!?」


 私もその余波で、体勢を崩した。ユリシアは耐えきれずに、床に転がった。


「かわいいものよ。今のが奥の手だったか?」


 グランド・マスターは、ここぞとばかりに火炎弾を叩きつけてきた。私はとにかく守りに専念する。


 奴の放つ炎魔法は、強い、速い、重いの三拍子。弾くごとに腕に痛みが走るけど、一発でも防ぐのに失敗すれば、ユリシアは骨も残さず消滅してしまうわ。


「ハハッ、貴殿は歴代でもっとも愚かな魔王だな。聖女を庇って、命を落とすとは……!」


 嘲笑を浮かべるグランド・マスターは、悪の美学というものをまるで理解していなかった。


 ふっ、なら私がラスボスの先輩として、真の悪とは、いかなる者か、教えてやらねばならないわ。


「アハハハハハッ! おもしろいわね!」


 私は傲岸不遜に笑う。いかなる窮地に追い込まれようと、高笑いするのが誇り高き悪というものよ。


「……なぜ、笑う? 時間切れで、我が肉体が崩壊するのを狙っているとしたら、無駄なこと。それより先に、貴殿が限界を迎えよう」


 グランド・マスターは理解できないといった顔をした。


「限界? 関係ないわ。この私が、ユリシアを助けると決めたのなら、必ず助けるのよ! 己を貫いてこそ、絶対悪! そして、なにより……!」

「アンジェラ様……!」


 背後のユリシアが、感嘆の声を上げる。


「魔王は常に奥の手を隠し持っているものよ」

「アンジェラ様! 勇者王レオン、ただいま参上しました!」


 私の言葉に呼応するかのように、突如、壁が爆散した。

 【聖印結界】を突破して、黄金の光と共に1人の人影が飛び込んで来る。


「魔物ではない!?」


 グランド・マスターはその人影に斬撃を浴びせられて、慌てて飛び退いた。


「レオン、遅いわよ!」

「すみません。飛竜で空を飛ぶのに慣れなくて……!」

「レオン様! 勇者になられたのですね!?」


 颯爽と私の隣に並び立ったレオンに、ユリシアが感激の涙を浮かべた。

 レオンが手にした聖剣と、黄金の【オーラ】が、彼が勇者となったことを雄弁に物語っていた。


「ま、まさか、勇者と魔王が手を結んだというのか……!?」


 初めて動揺を露わにしたグランド・マスターに、私は魔剣の切っ先を向けた。


「残念だったわね! 世界に君臨する絶対悪は、この私ただ一人! あなたには、消えてもらうわ!」

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