34話。魔王軍を出動させて、大逆転
私は空から人々に手を振り返しながら、内心、怒りを覚えていた。
火災は収まったけど、城下町に特大の炎魔法をぶっ放したヤバい奴が、まだ野放しになっている。一刻も早く、ソイツを叩き潰さないと、危険だわ。
「ワイズおじちゃん、聞こえる? 犬たちに、こんなふざけたマネをした犯人を探させて。あと、ロイドたちは無事!?」
「それについてなのですが、アンジェラ様。今、ロイドから驚くべき報告が!」
ワイズおじちゃんの切迫した声が通信魔導具から響いたのと、ほぼ同時だった。
閃光のような炎の矢が、地上から私に伸びた。視認と同時に、死が到達する。そんな圧倒的速さの攻撃。
「くっ……!?」
回避が、間に合わない。
反射的に【絶対零度剣】を出現させて、ギリギリで弾いた。
骨まで響く凄まじい衝撃に、手が痺れる。
「【ルーンブレイド】の魔法じゃない!?」
こんな威力と速度の魔法は、私のゲーム知識に無いわ。原作未登場の魔法って、そんなバカな!
「へぇ~。やるわね。私の【流星】を初見で、弾くなんて」
「アンジェラ様!」
すると、地上の瓦礫が弾け飛び、二人の少女が現れた。
一人は拘束され、悔しさに唇を噛むユリシア。
もう一人は、ユリシアを羽交い締めにし、その首筋に艶かしく舌をはわせる絶世の美少女。
「ユリシア!? って、何者よ、あなたは!?」
「何者とは、ご挨拶ね【水の聖女】。私はヘレナ。この世で最も美しい【火の聖女】よ」
「はっ……?」
一瞬、言われた意味がわからなかった。
この深紅の髪と真っ赤なドレスの美少女は、15、6歳くらいで、ヘレナより10歳は若かった。
だけど、口調や雰囲気はそっくりで、ヘレナの身内か妹だと言われれば、納得できる気がしたわ。
いや、それよりも重要なのは……
「【火の聖女】だってのは、嘘じゃなさそうね。今の力は、まさに戦闘に特化した【火の聖女】そのもの」
だけど、こんなキャラ、ゲームでは見たことも無い。私の知っている【火の聖女】とは、完全に別人だわ。
「ふふふっ、だいぶ混乱しているみたいね。そう、これこそ私が【薔薇十字団】に与した最大の理由。【若返りの秘薬】の効果よ!」
ヘレナと名乗った少女が、腹の底から笑い声を上げる。
「永遠に美しく、かつ【火の聖女】で有り続けることのできる秘薬! この姿と力を取り戻すことこそ、私の悲願としてきたことよ!」
さ、さすがに驚いたわ。
聖女は10代を過ぎると、その資格を失い、代替わりが発生する。
その摂理を、人の手でねじ曲げてしまうなんて信じられない。
しかも、ゲームシナリオは、もはや私の知っている物とは完全に異なっていた。まさか、続編の敵が、こんなプロローグの時点から、表に出てくるとはね……!
「……【薔薇十字団】は【若返りの秘薬】によって、聖女の資格を失った人間を再び聖女にしたというの? 若返りによって、そんなことができるの?」
気になったことを尋ねてみる。
聖女に関することは、大魔王復活をもくろむ私にとっても、重大事だった。
「その通り。私こそ、組織の悲願、【人工聖女計画】の成功例よ! 私はいずれ、四聖女の力をすべてこの身に宿し、唯一無二の完全なる聖女となる!」
宣言と共に、ヘレナは片手を私へと突き出した。その掌に集束されるのは、炎の赤ではなく、風の緑色の魔力。
「堕ちろ、【水の聖女】!」
ヘレナの手から、津波のごとき凄まじい暴風が放たれた。
これは、風の最上級魔法【風の暴帝】。しかも、威力がケタ違いに強化されている!?
「はぁあああッ!」
私は氷の魔剣で、【風の暴帝】を迎撃した。
輝く絶対零度の刀身は、あらゆる物体を停止させ、崩壊させる。これは気体である風であっても例外じゃないわ。
だけど……
「ぐぁっ!?」
完全には【風の暴帝】を無効化できず、私の全身が風の刃で斬り刻まれる。
「アンジェラ様!?」
「……大丈夫!」
【ダーク・ヒール】で、自分自身を回復する。傷はすぐに消えたけど、防御と回復にかなりの魔力を使ってしまった。
蓄積された疲労に、肩で息をする。勇者王との連戦は、さすがにキツイわね。
「驚いたかしら? 今の私は、【火の聖女】であると同時に【風の聖女】でもあるのよ」
「なんですって……?」
あまりに意外な言葉に、私は声を失った。
ヘレナは得意満面で続ける。
「聖女は、勇者とは異なり血統では選ばれない。10代の娘の誰かが、神によってランダムに選ばれる。だけど、もしこの選出に介入し、意のままに聖女を指名できるとしたら? 神の意思を、人の手で乗っ取れるとしたら、どうかしら?」
「……そ、そんなことは神様に対する冒涜です!」
人質のユリシアが、震えながらも声高に叫ぶ。ヘレナはそれを鼻で笑った。
「ふふっ、【薔薇十字団】は、真理という名の神に仕えているの。真理の探求のためなら、何でもするわ」
それからヘレナは、恍惚とした顔で叫ぶ。
「勇者をはるかに上回る超人、究極の聖女を見たい。我らがグランド・マスターはそんな理想を抱いているのよ。そして、その究極の聖女に──永遠に美しい完璧な少女に、私はなる! どう? 素敵でしょう!? これほどの愉悦があるかしら! 聖女では無くなった私を蔑んだ者たちが、この私を神のごとく崇め、かしずくのよ!」
「火と風、ふたつの聖女の力を併せ持つとは……確かに厄介ね」
しかも、何か特殊なアイテムで強化されているのか、ヘレナの魔法の威力は桁外れに強かった。
私は空中から地上に降りた。【風の聖女】相手に空中戦は、分が悪いわ。
息を吐いて整え、氷の魔剣を構え直す。やるべことは一つ。
「……でもユリシアは──私の友達だけは、絶対に返してもらうわよ!」
「アンジェラ様!」
ユリシアが感激した様子で、私を見つめた。
ヘレナは確かに強敵よ。だけど、ユリシアに正体を知られる覚悟を決めた私には、奥の手が残っている。
私の両目を覆う氷のカラコンは、薄く非常に繊細であり、下手をすれば私の体温で溶けてしまう。これを防ぐために、かなりの魔力を割いて、カラコンを維持していた。
これを破棄し、魔族の証である赤眼に戻ることで、私はすべての魔力を戦闘に注ぐことができる。そうなれば、【絶対零度剣】の攻撃力も上がる。
今こそ、【水の聖女】から魔王に戻る時……!
そう、決心した時だった。
「……ふふっ、どうやら、時間切れ。勇者王レオンと聖騎士団が、もうじきやって来るようね」
ヘレナは遠くを見やって肩を竦めた。
「まさか、あのディルムッド陛下が破れるとは意外だったけれど。まあ、しょせん、聖女と絆を結ぶことなく、聖女の力を借りられることの無かった王。己だけで登れる高みには、限界があったということね」
嘲笑を浮かべるヘレナに、ディルムッドに対する愛情は感じられなかった。
やっぱり、金と権力のためだけに、ディルムッドを利用していたということみたいね。
「では、【水の聖女】よ。これから、北の森にある廃城に12時間以内に1人で来なさい。もし、これを破れば、この娘の命は無いわ」
「何……?」
「アンジェラ様、こ、これは罠です! 来てはいけません!」
罠であることは、疑う余地が無かった。
コイツは、私とユリシアを殺して、完璧な聖女とやらになるつもりだわ。
あるいは、私とユリシアを生きたまま実験台にする気か。
「もっとも、対人用ゴーレム兵団によって守られているから、レオンと聖騎士団を引き連れてきても、返り討ちにされるのがオチだけどね? だけど、お優しい水の聖女様は、お友達を見捨てることなんて、できないわよね」
ヘレナはさもおかしそうに笑った。
「では、ごきげんよう。歓迎の用意をしてお待ちしておりますわ」
ヘレナが指をパチンと鳴らすと、彼女とユリシアの姿が光の粒子となって掻き消える。
これは【空間転移】の魔法。あらかじめ設定した場所に飛ぶことができる風系統の超高難易度魔法よ。発動には時間がかかるんだけど、どうやらいつでも撤退できるように、準備していたみたいね。
「アンジェラ様、申し訳ございません。ユリシア様を……!」
そこに、傷だらけのジェラルドが、ロイドたちと共に駆け付けてきた。
どうやら、脱獄したヘレナと戦って敗れ、ユリシアを奪われてしまったようね。街を吹っ飛ばした大爆発は、その戦闘によって引き起こされたんだと思うわ。
みんな責任を感じ、沈痛な顔付きだった。
「みんな無事? ……亡くなった者はいないわよね?」
「はっ! 幸いにも。ユリシア様が、大地の魔法で庇ってくださったおかげで、怪我人が出ただけで、済みました」
「ユリシア様には、感謝せねばなりません」
そっか。ユリシアがみんなを……
とりあえず、私は配下たちが無事であることに、ホッとする。
「……ふふんっ、それなら上出来よ」
私は魔王らしく腕組みして、自信満々で笑う。
「アンジェラ様?」
そんな私を、みんなが訝しげに見つめた。
「1人で来いか。私を【水の聖女】だと、最後まで勘違いしていたのが、ヘレナの運の尽きね」
拠点を対人用ゴーレムに守らせているなら、対抗策は実に簡単だわ。ヘレナの想定外の事態をぶつけてやれば良い。
私は通信魔導具ごしに、ワイズおじちゃんに命じた。
「四天王筆頭ワイズ、今すぐ魔王軍を召集なさい。攻撃目標は北の森の廃城よ。そこにいる【薔薇十字団】を、大軍団でもって一匹残らず殲滅するわ。この魔王アンジェラを敵に回したことを、地獄の底で後悔させてやるのよ!」
いきなり、魔物の大軍団に襲われたら、ヘレナはどんな顔をするかしら? さっ、ここから反撃開始よ。
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