32話。レオンが勇者王となりアンジェラに友情を誓う
【絶対零度剣】を勇者王に突き込むと、奴は、見る見る分厚い氷塊に覆われていく。
私は魔剣に宿る氷の力を、勇者王を斬るのではなく、凍結させることに使った。
「バカな……!」
勇者王は驚愕の表情のまま、永遠に溶けることの無い氷壁に閉じ込められた。
まさかこんな結末を迎えるとは、完全に予想外だとでも、言いたげな顔だった。
「アンジェラ様、父上は……!?」
「殺してはいないわ。氷漬けにしただけよ」
私は胸を逸らして、あえて傲慢に言い放つ。
勇者王の命を奪わなかったのは、原作ゲームのレオンが父親を手にかけたことを、後悔していたのを思い出したからよ。
非道の限りを尽くしたとはいえ、実の父親ですものね。
完全に憎しみ切れないことは、私自身がよくわかっているわ。
だから……
「……勇者王ディルムッドをどうするかは、あなたに任せるわレオン」
勇者王を倒してみせる、という魔族たちへの宣言は成し遂げた。
あとは、レオンとディルムッドとの親子の問題よね。私が干渉するべきじゃないわ。
「……父上の命を奪わないでいただき、ありがとうございます。アンジェラ様」
レオンは剣を鞘に納め、私に頭を下げた。
「僕だけでは、父上を殺すことでしか、父上を止めることはできなかったでしょう」
彼は父へと歩み寄り、その身を覆う氷壁にそっと手をそえた。
すると、光の球が、勇者王の胸板から出てきた。揺らめく黄金の【オーラ】を放つ、小さな太陽を思わせる球よ。
これは、神が与えたとされる勇者の力そのもの。
勇者が死んだり行動不能になると、その血縁者の中で、もっとも近くにいた者に引き継がれるという至宝【聖輝球】よ。
勇者が、自分で定めた後継者に直接、引き渡す場合もあるけどね。
いずれにせよ、【聖輝球】を身体に宿した者が、次の勇者となる。
ゲームのプロローグで、見た光景だった。
「天上の神よ、ご覧あれ! 僕は父上の跡を継いで勇者となります。そして……民を慈しむ正しき王となることを誓います!」
レオンの決然たる宣言と共に、【聖輝球】は彼の掌に吸い込まれた。直後、レオンから、眩いばかりの黄金の【オーラ】が立ち昇る。
原作の悲劇とは、まるで違っていた。
レオンは父親をその手で殺めることなく、正しき王となる道を歩みだしたのよ。
「アンジェラ様、父上の氷の魔法を解いていただけますか?」
「……わかったわ。ディルムッドは勇者の力を失ってしまったわけだしね」
パチンと指を鳴らすと、ディルムッドを封じていた氷壁が、跡形も無く消え去った。
「……がっ。こ、これは……余は!?」
膝をついたディルムッドは、自分に何が起きたのか、理解できていない様子だった。呆然と自分の身と、私たちを見つめる。
「父上、命までは奪いません。ですが、犯した罪は償っていただきます。どうか、この国から黙って立ち去ってください。あなたには、国外追放を命じます」
「なっ、なんだとレオン!? ま、まさか、この余から勇者の力を奪ったのか……!」
「父上は敗れ去ったのです。これからは、勇者でも王でもはなく、あなたが虐げた民に混じって生きていってください。それが、罰となります」
レオンは冷徹に言い放った。
冷たいようだけれど、これは精一杯の温情を込めた沙汰だと思うわ。
だって、この国で生きる羽目になったら、ディルムッドは、怒りに燃えた民たちから、ボコボコにされちゃうだろうしね。
やっぱり、レオンも父親に対する捨てきれない想いが残っているのだわ。
「一体、なにごとでありますか!?」
この騒ぎに、武装した聖騎士たちが大挙して押し寄せて来た。
「お、おのれ、誰でも良い! この逆賊レオンを討つのだ!」
ディルムッドはまだ自分の立場をわかっていない様子だった。尊大に聖騎士たちに命じた。
「控えよ!」
レオンは眩い【オーラ】を放ちながら、空気が震えるような一喝を放つ。
「この僕、レオン・アウレリウス・アステリアこそ、新たなる勇者王だ!」
「はっ、はははぁっ!」
集まって来た者たちは、レオンに向かって臣下の礼を取った。
この【オーラ】こそ、勇者の証なのだから当然よね。
「勇者王レオンが命じる。この男は、悪政によって民を苦しめた許されざる罪人だ。即刻、国外に追放せよ!」
「かしこまりました!」
「ぶ、無礼者! 離せ! 余を誰と心得る!?」
満身創痍の元勇者王は、聖騎士たちに引きずられるように連行されていった。
抵抗しようにも、【オーラ】の使えなくなった彼は、見るも無惨なほど弱体化していた。威張り散らしたところで、従う者など誰もいないわ。
「聖女アンジェラ様! このたびのご助力、王として感謝申し上げます!」
勇者王レオンは私に対して、うやうやしく片膝をついた。
「僭越ながら一つ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「……えっと、なにかしら?」
さっそく、正体と目的を白状しろと言われるのかと、私は身構えた。
さすがに、それは聖騎士に囲まれたこの状況では不味いわ。
「どうか友人として、僕とユリシアの結婚式に参加していただけませんか?」
「えっ!? ……そ、その前に、私の正体とか、目的とか……聞かなくていいの?」
あまりにもまっすぐな申し出に、私はたじろいでしまう。
ついさっき「この魔王アンジェラの前にひれ伏しなさい」とか、思いっきり名乗っちゃったのよね。
だから、レオンも私の正体については、もう勘づいていると思うのだけど……
魔王にまさか、勇者と聖女の結婚式に出ろって言うの?
「はい、あなたが何者であれ、この国の救世主であり、僕たちの友人であることに何一つ変わりはありません。あなたは、この僕も救ってくださいました」
勇者王レオンは右手を差し出し、私に握手を求めてきた。
「どうか、友情を示すこの手を取っていただけませんか? ユリシアもきっと、同じ想いであなたを待っているはずです」
「……うっ、そ、そうね! そこまで言うなら、仕方ないわね!」
私は照れ隠しもあって、そっぽを向いた。
だって、誰かから、私が何であれ、友達だと言われたのは人生で初めてだったから。
湧き上がる、うれしい気持ちを抑えきれない。
「……悪のカリスマである私を差し置いて、世界を支配しようなんて連中がいるんですものね。あのよくわからない【薔薇十字団】どもを片付けるまで、仕方なく手を結んであげるわ!」
レオンの手を、私はちょっと乱暴に、でも確かに握った。
「ありがとうございます、アンジェラ様」
レオンは私を曇の無い真摯な瞳で、見つめる。
……ま、まぁ、これも悪のカリスマの道よね。
前世で大好きだった漫画の大魔王が、こんなことを言いつつ物語の主人公に手を貸していたのを思い出す。
だから、こういうのも悪くないわ。
そ、そうよ。むしろ、誇り高き悪としては、最上級に位置するムーブに違いないわ!
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