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30話。切り札で大逆転

「アンジェラ様!?」

「この勇者王に歯向かう気か、水の聖女!」


 勇者王ディルムッドは落雷のような怒声を発した。


「無礼者めが、下がって余に平伏せよ! 従わねば斬る!」


 奴は腰の聖剣デュランダルを抜いた。太陽の光を凝縮したかのような輝く刀身があらわになる。


 これこそ200年前に、お父様に大怪我を負わせ、死の淵に追い込んだ憎き聖剣……!

 激情が、私の身を焼いた。こいつにだけは絶対に負けられない。


「やってみなさい! 力尽くでもユリシアを返してもらうわ!」


 私も氷の魔剣【絶対零度剣】(アブソリュートゼロ)を召喚した。

 振り下ろされた聖剣を、冷気を迸らせながら受け止める。


 ギィィィンッ!! 

 凄まじい衝撃と共に、私は大きく弾き飛ばされた。


 くっ……! さすがに真っ向からの力勝負では分が悪すぎるわね。


 勇者の攻撃は、身に纏う聖なる【オーラ】によって、何倍にも強化される。

 狭い室内での接近戦は、魔法使いである私には圧倒的に不利だわ。


 ではなるべく離れて魔法戦を挑めば良いかというと、それも違う。

 勇者王が纏う【オーラ】の防御を突破するほどの強い魔法攻撃は、近くのユリシアを巻き込んで死なせてしまう恐れがあるわ。


「今ので両断できんだと……!?」


 ディルムッドが驚愕の声を上げた。

 私は壁に激突する寸前、空中で猫のように身体を反転させ、壁に両足をつく。


【氷弾】(アイスバレット)!」


 靴に冷気を纏わせることで壁に張り付き、氷の弾丸を勇者王に向けて連射した。


「はっ! 余の【オーラ】の前には児戯に等しいわ!」


 ディルムッドは身体に黄金の【オーラ】を纏わせた。

 それは物理攻撃はおろか、魔法ですらも弾き返す特性を持った絶対防御の鎧よ。


 だけど、この氷の弾丸が、特製スパイスを盛り込んだ特別製であることまでは、見抜けなかったみたいね。


「甘いわね。その【オーラ】は、状態異常攻撃までは防げないでしょう?」

「なにぃ?」


 私は氷の弾丸の中に、アルカイド茸の粉末を閉じ込めておいた。

 【氷弾】(アイスバレット)が砕けると、猛毒の粉末が撒き散らされて、勇者王ディルムッドに振りかかる。


 【オーラ】では毒の胞子や粉末といった攻撃まで防げないのは、ゲームで検証済みだった。どうも、細かい物体は透過してしまうみたいね。空気も通さなければ窒息してしまう訳で、当然かな?


 そして、ユリシアはこの毒に、すでに抗体を持っている。

 だから、この策は、彼女を巻き込むことなく勇者王のみを狙い撃ちできる逆転の一手!


「う、腕が……!?」


 聖剣を掴んでいたディルムッドの右腕がダラリと垂れ下がる。

 神経毒による麻痺が、右腕の自由を奪い去ったのよ。


 対して、彼のすぐ傍にいたユリシアは、恐怖に顔を強張らせてはいるものの、毒の影響を全く受けていない様子だった。


「もらったわ!」


 私は、氷の魔剣を振りかざして、一気に間合いを詰める。

 奴が聖剣を床に落とした今こそ、最大のチャンス!


「止まれ! この娘がどうなっても良いのか!?」

「ぐっ……!?」


 だけど、勇者王は左腕でユリシアの首を掴み、彼女の身を盾にして後退した。

 慌てて、私は急ブレーキをかける。


「アンジェラ様……!」


 ユリシアは喉を圧迫され、苦悶の表情を浮かべた。


 ディルムッドが、わずかでも力を込めれば、おそらくユリシアの細首は圧し折れてしまうわ。


「……勇者が聖女を人質に取るなんて正気!?」

「勇者にとって大切なのは勝利、ただそれのみだ! 勝者こそが絶対の正義!」


 ディルムッドが笑いながら、ユリシアを床に叩き付け、背中を踏みつけた。


「かはっ!?」

「ユリシア!」


 驚いた私がユリシアを凝視した瞬間だった。

 ディルムッドが左手から、凝縮された【オーラ】を砲弾のごとく撃ち放ってきた。


「うっ……!」


 私はギリギリ身を翻して、それを回避した。


 ズガアンンンンッ!


 オーラの砲弾が直撃した壁に、巨大な風穴が穿たれる。

 知っていたけど、思わず冷や汗が流れる威力だわ。

 だけど、そんなことよりも……


「ユリシアになんてことをするの!?」

「この娘は余の妃、余の所有物だ。何をしようと勝手であろう?」

「お前……!」


 私が反撃の魔法を撃とうとすると、勇者王はユリシアを踏みつける足に、思い切り力を込めた。

 メキッと、ユリシアの背骨が嫌な音を響かせ、彼女は声にならない悲鳴を上げる。


「おっと、今後、魔法を使うのは一切禁止だ。この娘の命が惜しければな」

「……ッ!」


 私は奥歯をギリリと噛み締めるしかなかった。

 コイツは、レオンに絶望を与えたがっている。そのために、躊躇無くユリシアを殺す可能性があるわ。


「そらそら、どこまで躱し続けられるかな!? 華麗なステップで、余を楽しませよ!」


 奴は調子に乗って、オーラの砲弾を雨あられと飛ばしてくる。


 この聖なる【オーラ】は、魔王の私に大ダメージを与える天敵のような力。このままじゃ、ヤバいわ。


 だけど、常に回線をオープンにしている腰の通信魔導具から、今の状況はワイズおじちゃんに伝わっている。

 時間を稼げば、援軍を寄越してくれる筈よ。


 こんな時のために、あの凄腕の【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の殺し屋たちを手駒にしたのだしね。

 とにかく私は回避に徹して、逃げ回る。


「ハハハハッ! 無様だな【水の聖女】よ。それ程、強大な力を持ちながら、貴様は戦士としては三流以下だ! 他人を切り捨てられぬとはな!」


 勇者王ディルムッドは大口を開けて嘲笑してきた。


「ふん。どうやら、調子に乗る三流の悪役は必ず負けるというお約束を知らないようね!」

「ほう。まだそんな強がりが言えるか?」

「アンジェラ様、私に構わず攻撃を……!」


 ユリシアが、か細い声で懇願してきた。

 思わず胸がキュンとしてしまう。この娘、ヒロイン適性が高いというか、良い娘過ぎるわ。


「大丈夫よ、ユリシア。必ず助けるわ。だって、この私がそうするって決めたんだから!」


 私はユリシアを安心させるためにも笑って見せた。

 これこそ、私の悪の美学。悪のカリスマは、いかなる窮地も、「おもしろい!」と言って笑い飛ばし、勇者を驚かせる秘策を炸裂させるものよ。


 正体がバレるリスクがあるから、できれば使いたくはなかったけど、私にはまだ切り札が残っているわ。


「この程度の攻撃で、私を殺せると思ったら大間違いよ、勇者王!」

「減らず口を……!」


 勇者王は攻撃が当たらず、完全に苛立った様子だった。


「ならば、もう貴様は一歩も動くな。わずかでも動けば、ユリシアを踏み殺す!」


 くっ……これには、さすがに困ったわ。

 どうするべきかと、一瞬、思い悩んだ時だった。


「これは何の騒ぎですか、父上!?」


 レオンが、大勢の聖騎士を引き連れて現れた。


 おおっ、さすがは主人公! と思ったら、レオンの肩のあたりに飛び猫のミィナが浮かんでいた。どうやら、ミィナがレオンを呼んで来てくれたみたいだった。


「偉いわミィナ!」


 思わず快哉を上げてしまう。


「控えよレオン! 【水の聖女】が、余とユリシアの婚儀を阻もうとした故に、無礼討ちにしておるところだ!」

「本気ですか!? 聖王国の救世主であるアンジェラ様を討ったりしたら、聖王家の権威は失墜します!」


「黙れ、小僧! 勇者に逆らう聖女など、聖女にあらず! 聖女とは、黙って勇者に従い、その力と威光を高めるための道具に過ぎんのだ!」

「勇者と聖女が手を取り合い、協力し合わなくて、どうして世界を守れましょうか!? それでは、魔王を利するだけです! お前たち、父上を拘束せよ!」

「はっ!」


 レオンの命令に、聖騎士たちが勇者王に殺到した。


「おのれ、お前たちまで余に逆らう気か……!?」

「父上の犯した罪は、もはや明白になっています。どうか、これ以上の醜態を晒さず、観念してください! 聖騎士団のほぼすべてを、今や僕が掌握……!」


 レオンの言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 ドスッ! と鈍い音が響く。


「なっ!?」


 なんと、レオンの背後にいた聖騎士が、レオンの背中に、剣を突き刺していたのよ。


「馬鹿めが。聖騎士団を掌握したなどとは、お前の思い違いだ!」


 勇者王ディルムッドが、床に崩れ落ちる息子を嘲笑った。


「レオン様……!?」


 ユリシアが悲鳴に近い声を上げる。


「レオン……!? 一体どういうこと!?」

「聖女どもよ、残念だったな。その騎士は、余に忠誠を誓う、余の懐刀。まさか、近くに裏切り者が潜んでいるとは、考えてもみなかったか!?」


 ディルムッドのオーラを纏った拳が、敵対する聖騎士たちを一気に薙ぎ倒す。彼らは一撃で無惨な死体に成り果てた。


「レオン王子、お許しください。勇者である陛下こそ、唯一絶対の正義です」


 裏切りの聖騎士は、レオンを冷たく見下ろして笑った。


「なにより、こうすれば一生遊んで暮らせるだけの金と地位を約束されたモノでしてね。あなたの下では、これ程の甘い蜜は吸えませんから」


 こいつ……なんて汚いというか、美学の欠片も無い五流の悪役だわ!

 ディルムッドは床に落とした聖剣デュランダルを、拾い上げる。


「レオンよ。貴様の愛しいユリシアは、余がもて遊ぶだけもて遊んでから、【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)とやらに生きたままの実験体としてくれてやる! せいぜい、あの世で悔しがるのだな!」


 背中を思い切り踏みしだかれたユリシアが痛ましい悲鳴を上げた。


 レオンを苦しめるためこんな非道なマネを。

 なんて、悪趣味な……この男だけは絶対に、絶対に許せないわ。


「さあ、父の手でトドメを刺してやろう。死ねいレオンよ!」


 ディルムッドが聖剣をレオンに向かって振り上げた。


「やめなさい!」

「ハハハハッ! 【水の聖女】よ、わずかでも動けば、ユリシアを踏み砕くぞ!」


 私の正体がバレてしまうかもしれないけれど……もうこうなったら、そんなことは問題じゃないわ!


 私は大声で、通信魔導具越しにワイズおじちゃんに命じた。


「おじちゃん、【狼吼】(ウルフ・シャウト)よ!」

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