表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/39

3話。大魔王の復活を決意するも、なぜか人間たちから感激される

「……僭越ながら、アンジェラ様」


 ヴェロニカが、氷のような殺意を宿した瞳で男たちを睨みつけた。彼女が構えた短剣の切っ先は怒りのためか、わずかに震えている。


「なぜ、この者どもに慈悲などお与えになるのですか? アンジェラ様に刃を向けた罪、万死に値します。この場で、私が!」

「ひぃぃっ!」


 男たちは情けない悲鳴を上げて、後ずさる。


「ふん、甘いわねヴェロニカ。これは慈悲なんかじゃないわ。むしろ、その逆よ。この私に逆らったことを、骨の髄まで後悔させてやるための『仕打ち』なのよ!」

「仕打ち……です、か? い、いえ、しかし、あまりに生ぬるいのでは……?」


 ヴェロニカは困惑している。

 どうやら、彼女は悪の美学についての理解が浅いみたいね。


 ふっ、仕方ないわ。

 悪のカリスマたる者、部下の教育も重要な責務。この私が直々に、悪のなんたるかをレクチャーしてあげるわ。


「いい、ヴェロニカ? 敵を怒りに任せて倒すなんてのは、三流のやることよ。私のような悪のカリスマはね、敵さえも利用し尽くすの。力を誇示して心服させた上で、さらなる巨悪を成すための手駒として使う……これぞ悪の美学よ!」

「なっ! なんと深遠な……!?」


 ヴェロニカは目をパチクリさせた後、感極まったように膝をついた。


「おっ、お見逸れしました! アンジェラ様の侍女として、そのお考えを他の魔族たちにも……!」

「うん? 他の魔族?」

「は、はい! アンジェラ様はまだお若く、その真意を知らぬ者たちの中には、今回の処置を『人間への甘さ』と曲解し、異を唱える輩も現れるやも知れません。ですが、ご安心ください! このヴェロニカが、決してそのような声は上げさせません!」


 ああ、なるほど。

 私が小娘だからって、侮る古参魔族もいるってことね。ふん、上等じゃない!


「問題ないわ、ヴェロニカ。文句など言って来る者がいたら、この私自らが、力でもって黙らせてやるわ!」


 魔王として君臨するためには、力を誇示することも重要だものね。

 ふふん。我ながら、これぞ絶対悪、絶対強者という感じで、ゾクゾクしちゃうわ。


「なんというお覚悟! まさか、人間どもを恐怖ではなく、人徳で支配なさろうとされるとは。このヴェロニカ、アンジェラ様の深き御心に感服いたしました!」

「はっ……? 何を言っているの?」


 ヴェロニカってば、私の話をちゃんと聞いていなかったのかしら?

 私は人間を奴隷にし、私を小娘とバカにする魔族をブチのめすと言っているんだけど?


 誤解を解こうとした瞬間、奴隷にした男たちの号泣が轟いた。


「う、うぉぉぉん! そこまで身体を張って俺たちのことを守ってくださるなんて!」

「……俺、感激しましたぁ!」

「これから誠心誠意、アンジェラ様にお仕えさせていただきます!」

「労働条件も最高だし、幸せだぁ!」

「え……っ?」


 なぜか、奴隷にした男たちが感涙を流していた。

 私は理解に苦しむ。


 ……あっ、そうか。これは多分、アレよね。

 恐怖と絶望から逃れるために、支配者である私におもねっているのよね?


 なら、ここは支配者たる堂々とした態度を見せるべきよ。


「ふふっ、そうよ。この私が、あなたたちのご主人様よ! これからは私の命令に従いなさい!」


 よし、ビシッと悪のカリスマっぽく決まったわ。


「は、はい! で、どんな本を買ってくれば良いですか!?」


 さっそく仕事をしようなんて、感心、感心。

 強面の男たちを顎で使えるなんて、最高に気分が良いわ!


「もちろん、私のようなクールでカッコいい悪役が活躍する小説と漫画を買ってくるのよ!」

「……アンジェラ様のような、ですか?」

「あの……漫画? って、何ですかい? 食い物?」

「……へっ?」


 い、今、なんて……? まさか漫画を知らない?

 私は衝撃で固まった。


 ……いや、待ってよ? ここって中世ヨーロッパ風のファンタジー世界よね?

 もしかして、印刷技術とか、漫画文化そのものが存在していない……?


「そ、そんなぁぁあ!? 漫画が無い世界なんて、絶望しかないじゃない!!」


 思わず素で叫んでしまった。

 漫画を読み耽る悪い子ライフを貫くどころか、このままじゃ、娯楽に飢えて死んじゃうわ。


 そこで男たちが、目を丸くして私を見ているのに気付く。


 はっ! なにやってんのよ、私。悪のカリスマたる者、動揺を見せちゃダメじゃない!

 私はわざとらしく咳払いして誤魔化す。


 そう、私はいずれ魔王となる身。その気になれば、この絶大な魔力と配下たちを使って、なんだってできる筈よ。


「……ふっ、そう。無いなら、作ればいいだけの話だわ」


 私はポンと手を叩いた。

 我ながら、天才的なひらめきだわ。


 小説はあるみたいだし、それを原作にして、私がこの世界に漫画文化を花開かせるのよ。

 前世で、好きなWeb小説がコミカライズされた時の感動を、この世界でも再現するわ!


 あとは……そう、絵師が必要よね。


「あなたたち、命令よ。絵がうまい人間を私の奴隷にするわ。そんな人間を探してくるのよ!」

「わかりました。喜んでやらせていただきます!」


 男たちは一瞬戸惑ったけど、すぐに頭を垂れた。


 みんなが私の命令に喜んで従うなんて……くぅ~、悪って最高だわ。


「見事だアンジェラよ。まさか……人間をこうまで心服させてしまうとはな」


 そこに、厳かな声が響いた。

 いつの間にか、漆黒の翼を持つ巨漢が、空から私たちを見下ろしていた。太陽の光を遮る禍々しいその姿は、すべてを飲み込む闇を思わせる。


「アレは……ま、まさかッ!?」

「魔王ベルフェゴール様!」


 ヴェロニカが慌ててその場に平伏し、男たちは震え上がった。


「お父様……!」


 現れたのは、今世の私のお父様──魔王ベルフェゴールだった。


 この肌にビシビシ突き刺さる圧倒的な悪のオーラは、まさに私のお手本だわ。

 いつか私も、こんな悪のオーラを放ってみたい!


「いつの間にか、お前がこれほどまで器の大きな魔族に成長していたとは……これならば、余も安心して、魔王の座を譲ることができる」

「えっ、ホントですか!?」


 やった! 魔王ベルフェゴールから、次期魔王としてのお墨付きをもらえたわ!


「はい! お父様! 必ずや、お父様の名に恥じぬ、立派な魔王になってみせます!」

「うむ! なんと頼もしい……ごほっ、ごほっ……! す、すまぬ、安心したら持病が……」


 地上に降り立ったお父様は、苦しそうに胸を押さえて咳き込んだ。


 そうだったわ。お父様は200年前の勇者との戦いで受けた聖剣の傷が原因で、徐々に衰弱しているのだった。


 原作ゲームで、愛娘(つまり私)を人質に取られたとはいえ、冒険者ごときに遅れを取ったのも、この衰弱が原因なのよね。


「お父様、ご無理をなさらないでください!」

「案ずるな、アンジェラよ。大事ない……それよりも、お前が無事で……本当によかった」


 駆け寄った私の頭を、お父様の大きな手が優しく撫でた。


 ……ああ、そうだったわ。この人は、いつだって、こうして私を守ってくれようとしていた。

 お父様は、私の身を案じる一心で、こんな無茶を。


 前世の『お父さん』にとって、私は社会的成功を示すトロフィーであり、世間体を保つための道具に過ぎなかった。


 けれど、今、目の前にいるお父様は違う。その眼差しに宿るのは、紛れもない純粋な愛情よ。


 人間の街への立ち入りを禁じたのも、世間体なんかじゃなく、ただひたすらに私の安全を願ってのこと。

 その不器用なまでの深い思いやりが、私の胸を強く打つ。


 かつての渇望が嘘のように、温かな気持ちが心の隙間を埋めていった。


「魔王様、アンジェラ様に魔王の座をお譲りになるとは……?」


 ヴェロニカが平伏しつつ尋ねる。


「うむ。これまで明言は避けてきたが……余は、もうあまり長くは無いようだ。勇者より受けた傷が、ここまで悪化してしまうとはな……」


 お父様は口惜しそうに顔をしかめた。


「余はおそらく、あと数年でこの世を去るだろう。アンジェラよ、どうか、か弱き魔族たちをお前の手で守り導いてくれ。それが、この父からの……最後の頼みだ」

「そんな……」


 嘘でしょ?

 私を心から愛してくれているお父様が、亡くなってしまうなんて。

 ゲームシナリオは変わった筈なのに、その運命は変わらないというの?


 せっかく手に入れた、温かいお父様との時間。この世界でなら、前世で叶わなかった幸せを掴めると思ったのに……!


「……いや、ちょっと待って。諦めるのはまだ早いわ!」


 転生した私は、この世に奇跡が存在していることを実感した。不可能と断ずるのは、早まった考えだわ。


 ここは魔法の存在するゲーム世界、お父様を救う方法がきっと……何か、何かあるはずよ。

 

 そ、そうだわ! 原作ゲームのクライマックス! 勇者レオンが死の淵をさまよった時、彼を救ったのは……


「4人の聖女たちの『蘇生魔法』! あれなら、どんな傷だって癒せるわ! お父様の傷も治せる筈よ!」


 閃いた! 魔族を滅ぼす聖剣で受けた傷は、通常の回復魔法じゃ治せない。回復薬だって気休め程度。


 でも、聖女たちが力を合わせることで発動できる、蘇生魔法なら……!

 聖女たちが司るのは、勇者の聖なる力とは別系統の四大元素。お父様にも効果がある筈だわ。


「お父様、安心してください! 私がすべての聖女を手に入れて、お父様の復活を果たしてご覧に入れます!」


 私の目標が決まったわ。目指せ大魔王復活!

 魔王を隠居したお父様は、いわば大魔王と言って良い存在よね。


 私のテンションが爆上がりとなる。


「あぁああっ! 正義のヒロインを拉致して、邪悪な目的のために利用するなんて、まさに悪の所業だわ。魔族たちを従えて、大魔王復活に邁進するのよ!」


 なにより聖女たちを1人でも捕まえちゃえば、勇者レオンは蘇生魔法を使えなくなって、原作通りに復活することもできない!


 つまり、私が勇者に倒される破滅の未来も回避できるってことよ。まさに一石二鳥!

 そのためにも手駒となる人間の奴隷を増やしていかなくちゃね。


「よーし! 俄然やる気が出てきたわ! お父様復活&破滅フラグ回避のために、今日から猛特訓よ!」


 ゲーム本編開始は、魔王アンジェラが16歳になる約1年後。原作のアンジェラは才能にあぐらをかいて努力を怠ったけど、私は違うわ。

 今から必死で努力すれば、この私が勇者レオンなんかに負けるはずがないわ!


「……アンジェラよ! お前が、こんなにも……こんなにも頼もしく、そして優しい娘に成長していたとは……!」


 お父様は感動で肩を震わせる。

 けど、すぐに心配そうな顔つきになった。


「だが、余の一番の望みは、お前の幸せだ。人間は恐ろしい生き物だ。魔王となったお前の方針に口を挟むつもりは無いが……勝てぬと思ったら、魔王城で籠城に徹しよ。良いな?」


 あっ、なるほど。

 私はお父様が何を不安がっているのか、ピンと来たわ。


 きっと、思わず口から出てしまった魔族たちを従えて、という私の言葉が引っかかったのよね。さすがは300年以上も生きている大魔王だわ。


「はい、もちろんです! 魔族のみんなを無駄死にさせるような愚かな真似は、絶対にいたしません!」


 漫画やアニメに登場するダメな悪役の典型例は、敵を侮って戦力を小出しにし、配下を無駄死にさせていくことよ。


 やられっぱなしなのに高笑いして見せるメンタルの強さは凄いと思うけど、それじゃ負けるに決まっているわ。


 それは私の理想とする魔王アンジェラも同じだった。

 四天王を1人ずつ勇者にぶつけて、全滅させてしまった。


 悪役について研究した私は、そんな愚かな失敗の轍は踏まないのよ。


「なんと、そこまで配下たちのことを考えておるとは……!?」


 お父様は感極まった様子で、私の両肩を叩いた。


「アンジェラよ、お前は余の誇りだ! お前ならきっと史上最高の魔王となれる!」

「アンジェラ様、なんとご立派な! このヴェロニカ、魔王アンジェラ様に一生ついて参ります!」

「うぉおおおッ! アンジェラ様がこんな親想いの良い娘だなんて! 俺たちも感激です!」


 ヴェロニカと奴隷にした男たちが大声で叫んだ。

 なんで、奴隷たちまで感激しているのか良くわからないけれど……


 こうして、私の悪のカリスマヒロインとしての人生がスタートした。

 さぁ、せっかく手に入れた第二の人生を思い切り楽しむわよ!

お読みいただき、ありがとうございました!

少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、


『ブックマーク』登録と、下にあるポイント評価欄【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂きありがとうございます!!
少しでも面白いと思って下さった方は

ぜひ「ブックマークに追加」をしていただけると嬉しいです!!


小説家になろう 勝手にランキング
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ