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29話。勇者王に立ち向かう

3日後。


「うんうん、本当に助かったわ、ユリシア! ありがとうね!」

「いえいえ、アンジェラ様のためでしたら、この程度、何でもありませんわ」


 ここは王宮のユリシアの私室。机に山と積まれた漫画原稿を前にして、私はご満悦だった。


 なにしろ、これらはユリシアが私のために【複製魔法】でコピーしてくれたモノなんだもの! 確認を終えると、さっそく2人で大事に箱に詰めて、仕舞うことにする。


「みゃあ!」


 作業を終えると、翼を持つ猫ミィナが、ワッフルを乗せたお皿を運んできてくれた。


「うわっ、ありがとうミィナ!」


 お礼に頭を撫でてあげると、ミィナはうっとりする。

 この王宮に来てから、毎日、おいしいお菓子を食べられて幸せだわ。


「……ふふっ、これをさらに美味しくする魅惑の調味料を」


 私は猛毒のアルカイド茸の粉末を、ちょいちょいとワッフルにかけてから、口に運ぶ。


 うん! このピリッと舌が痺れる独特の感覚は、やっぱり病みつきになるわね。


 アルカイド茸については、毒殺を警戒したユリシアが抗毒血清を作って、レオンと自分自身に投与していた。彼女は、これで毒を無効化できるから、万が一の事故が起きる心配も無く、存分に楽しめるわ。


「それにしても、300部なんて数を……大変だったでしょう?」

「問題ございませんわ。それどころか実は、この作業のおかげで素晴らしいアイデアを閃きました。魔力を充填することで【複製魔法】を自動行使する『魔導印刷機』ですわ」

「えっ、印刷機!?」


 革新的すぎる発明に、私は息を呑んだ。

 そんな物があれば、私の計画は飛躍的に進むわ。


【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の方々が使っていた魔法のマント……あれに使われていた技術を応用すれば、長年の課題だった魔力伝導率の向上と魔力増幅システムの性能強化が可能になります。そうすれば! ……きっと実現できますわ!」


 ユリシアは身を乗り出して、嬉々として話す。


「す、すごいじゃない、さすがはユリシアだわ!」


 興奮のあまり、私は思わずユリシアの手を取った。

 錬金術師としての彼女の才能は原作ゲームでも折り紙付きだったけれど、まさかこんな物を発明してしまうとは!


 【複製魔法】は【大地の聖女】だけが使える特別な力よ。それを自動化し、誰にでも使えるようにできるなんて、歴史的偉業だわ。


「ありがとうございます。ですが、分析して驚きましたわ。【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の錬金術は、わたくしたちの技術より数世代先を行っていますわ」


 ユリシアの表情に、ふと憂いの色が差し込む。


「これが、聖女の死体からその力を解き明かした結果なら、まさに神の領域を犯す禁忌の技術です

。もっともその技術を応用したわたくしも、同じ穴のムジナかも知れませんが……」

「そんなこと無いわ! ユリシアの『魔導印刷機』は世界をきっと豊かにする筈よ!」


 私は力強く断定した。


「それに、あいつらが、何かおかしな研究をしていたとしても、問題無いわ。世界を影から支配しようなんて悪の組織は、私が叩き潰してやるんだから!」


 なにしろ、私以外に悪のカリスマなんて、必要無いからね。


「さすがは、アンジェラ様……! なんと気高いお志。この国に巣食う【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の魔の手から、民をお救いになるのですね」

「えっ、いや、そういう崇高な話じゃなくて……」

 

 キラキラと潤んだ尊敬の目を向けてくるユリシアに、私は視線を泳がせる。


「わたくしの魔導印刷機が、アンジェラ様の活動資金を生み出す結果となるのでしたら、これ以上の喜びはございませんわ」


 そのお金は、私の目指す大魔王復活と、人類奴隷化計画のために使われることになるんだけど……

 そう思うと、若干の罪悪感を覚えてしまう。


「それにしても、漫画とは本当に素晴らしい文化ですわね。漫画をこの世界に広めることができれば、きっと今よりもっと楽しい、素敵な世の中になるに違いありませんわ」

「そうでしょう、そうでしょうとも! やっぱりユリシアとは話が合うわね!」


 私たちは顔を見合わせて、朗らかな笑い声を上げた。


 やばい。楽し過ぎて、こんな時がいつまでも続けば良いと思ってしまうわ。


 思えば、孤独だった暗黒の中学時代から、私はずっとこんな風に心を通わせられる友達を求めていたのかも知れない。

 この想いは大切にしたいな、なんて……


「アンジェラ様のお力添えのおかげで、レオン様の計画も順調です。ヘレナ様を失脚させたことで、レオン様を支持する者の数は、うなぎ登りになっていますわ」

「それは良かったわね!」


 私も優秀な奴隷をゲットできて、良いこと尽くめだわ。

 これで長年の憧れだった、凄腕の暗殺者集団に格好良く指示を出す黒幕プレイができるわ。


「このご恩に報いるためにも、アンジェラ様が悲願とされているお父様の治療は必ず成し遂げてみせますわ。四聖女の蘇生魔法を必要とされているそうですが。もしよろしければ、一度お父様の容態を診察させていただけないでしょうか? 錬金術は医術とも深く繋がっております。わたくしの知識が、きっとお役に立てるはずですわ」


 ぎくっ。

 ユリシアの真摯な申し出に、私の心臓が嫌な音を立てた。


 彼女を魔王城にいるお父様に会わせる……?

 それは、私が魔王であるという最大の秘密を暴露するということ。


 もちろん、お父様の復活のためにユリシアに接近したのだけど。

 もしこの温かい友情が偽りだと知られたら……ユリシアは私をどう思うかしら?


 この心地の良い関係は、きっと脆くも崩れ去ってしまうに違いないわ。


「ありがとう。そ、そうね……」


 私が曖昧に言葉を濁した、その時だった。

 ノックもなしに部屋の扉が乱暴に開け放たれた。

 姿を見せたのは、険しい顔をした勇者王ディルムッドよ。


「ユリシアよ。貴様と、余との婚礼が明日に決まったぞ」

「なっ……!?」


 私とユリシアは、凍りついたように動きを止めた。


「そ、そんな……! 勇者王陛下、お待ちください! 婚礼の儀は、まだ先の話だったはずでは……!?」


 ユリシアが抗議の声を上げる。


「ヘレナの悪事が白日の下に晒され、余は悪女に唆された暗君だという噂が国中に広まっておる! このくだらん風評を拭い、王家の威信を取り戻すためには、聖女との婚儀による祝賀が必要なのだ! なにより……」


 ディルムッドはユリシアの腕を強引に掴んだ。


「きゃあっ!?」

「貴様ら、よくも余のヘレナを嵌めてくれたな? もはや一刻も早くレオンめに死に勝る屈辱を与えてやらねば、気が済まん! 貴様は余のモノとなるのだ!」

「なんですって……!?」


 私は全身の血が沸騰するのを感じた。


 もともとゲーム知識として、こういう人間だと知っていたけど、息子への憎悪をまざまざと見せられると、なんとも醜悪に思えた。


 息子を愛さないどころか、恨み、憎しみ、その恋人を奪おうとするなんて……!


 私の脳裏に前世のお父さんの顔がよぎる。

 あの人に輪をかけて最悪な父親だわ。


「さあ、来い。これから、余の寝室でたっぷりかわいがってやる! 妃として、余を楽しませよ!」


 その一言で、私は完全にブチ切れた。

 ユリシアは私の……私の大切な友人よ。その友人を弄び、傷つけようというのなら。


「勇者王ディルムッド!」


 私は大声で叫んだ。溢れ出す怒りが、魔力となって周囲にほとばしる。


「その薄汚い手で、私のユリシアに触らないで! 結婚なんて、この私が絶対に許さないわよ!」

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