27話。ヘレナの手駒を奴隷にし、救世主扱いされる
次の日の夜──
私はレオンと彼に忠誠を誓う聖騎士を引き連れて、ヘレナ商会が運営する酒場にやって来た。
ここは表向きは冒険者の憩いの場だけど、店員たちは、昨日、私とロイドを襲撃した殺し屋であることは、すでに裏付けが取れているわ。
聖騎士たちに酒場を包囲させると、私は中に踏み込んだ。
「……失礼するわね。昨日のお礼を言いにやって来たのだけど?」
陽気に騒いでいた客たちの笑顔が一斉に凍りつき、全ての視線が私に突き刺さった。
なにしろ、私の背後には完全武装の聖騎士が控えているんですものね。
「私に喧嘩を売ってきた以上、あなたたちの正体が何であれ、全員打ち倒して、奴隷にしてやるわ」
私は髪を掻き上げて、悪のカリスマらしく悠然と微笑んだ。
このポーズは、魔王城の鏡の前で何度も繰り返し練習してきたので、バッチリ決まっていると思う。
「僕は、この国の王子、レオン・アウレリウス・アステリアだ! ここの店員たちには、こちらの水の聖女アンジェラ様を殺害しようとした容疑がかけられている!」
「全員、武器を捨て、両手を天井に向けて床に伏せろ!」
レオンと聖騎士たちが抜剣すると、店内の客たちは唖然とした。
彼らは無関係だとは思うけど、敵が紛れている可能性があるので、必要な処置よ。
「レ、レオン王子!? 水の聖女様暗殺未遂だって!? おい、マジかよ!」
「とんでもねえ事件に巻き込まれちまったな……!」
客たちはおとなしく武器を置き、床に伏せる。
万が一にも、凶悪犯罪者の仲間扱いされてはたまらない、という賢明な判断ね。
「こ、これは、驚きました。王太子殿下と水の聖女様でございますか? お会いできて光栄でございます」
店長らしき男が私の前にやってきて、うやうやしく跪いた。
巧妙に変装しているのか、その顔には見覚えが無いわ。
でも、ワイズおじちゃんの配下の監視によって、ここの店長が、殺し屋のリーダー格であることが、判明している。
「店長……!」
「お前たち、王太子殿下と聖女様のお言葉通りにするのだ。決して粗相の無いように」
落ち着き払った店長の一言に促され、店員に扮した殺し屋たちも、床に伏せた。
彼らの人相にも見覚えが無い。私は思わず感心してしまった。
「ふ〜ん? 変装だとしたら、たいした技術ね。これも、【薔薇十字団】の叡智って、奴かしら?」
「……はて? 何のことでありましょうか?」
店長は、ごくごく自然に惚けて見せた。
「……それよりも、何の根拠があって、私どもが聖女様を殺害しようとしたなどと、あらぬ疑いをかけておられるのですかな?」
迫真の演技ね。その面の皮の厚さだけは褒めてあげてもいいわ。
「簡単よ。ここのバックヤードの隠し部屋に、私を襲った時に身に着けていた、これと同じ魔法のマントが置いてあるでしょう? これは、他に出回っていない特注品みたいね」
私の後に控えた聖騎士が、魔法のマントを取り出して掲げて見せる。
これは私が奴隷にした襲撃犯の1人が持っていた物よ。これと照らし合わせれば、言い逃れはできないわ。
店長の顔に一瞬だけ、動揺の色が走ったのを私は見逃さなかった。
「今からバックヤードを調べさせてもらわよ。それで、コレと同じ魔法のマントが見つかれば、あなたたちの犯罪が証明されるわ。ああっ、周りは、聖騎士団が固めているから、今から外に逃げようとしても、無駄よ」
「……ちっ!」
その瞬間、電光石火の勢いで、店長がナイフを私の首筋に向けて突き出した。
そう来ると読んでいた私は、華麗なバックステップで躱す。
「やっぱり、あなたたちが、私とロイドを殺そうとしたのね!?」
「アンジェラ様……!? みんな、かかれ!」
レオン王子が、私を守るべく店長との間に割って入り、聖騎士団に激を飛ばした。
「はっ!」
聖騎士たちが、店長に向かって一斉に斬りかかる。
「お前たち、王子を人質に取れ!」
店長が見事な体捌きで、聖騎士たちを蹴散らして叫んだ。
他の店員たちも隠し持っていた短剣や暗器を手にして、一斉に襲いかかって来る。しかも、彼らの狙いはレオンだった。
レオンを人質にすれば、この不利な戦況を逆転できるって訳ね。
「みんな、奮起せよ! ヘレナ商会の者が、聖女様の暗殺を企てたとなれば、ヘレナを逮捕、拘束できるぞ!」
「おおっ!」
「この国の病巣めが!」
レオン王子の力強い一喝に、聖騎士たちが怒涛の勢いで殺し屋たちに立ち向かっていく。
数はこちらが上。敵は、あの魔法のマントを装備していない。
これなら勝てると、思った時だった……!
「【火球】!」
「えっ……!?」
なんと、床に伏せていた客が、聖騎士の背中に火の魔法を叩きつけてきた。
完全な不意打ちに、聖騎士がふっ飛ばされて転がる。
他の客たちも、武器を手にして一斉に襲いかかってきた。
「……身体が勝手に!?」
「ど、どうなってんだ!? 俺は戦いたくねえ!」
彼らは困惑の声を上げながらも、私たちに容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
言っていることとやっていることが完全に真逆だわ。
「くっ!? 寝てなさい!」
私は戸惑いながらも応戦して、何人かを手刀で昏倒させた。
その間に、包囲攻撃を受けた聖騎士たちは、たちまち総崩れとなる。何人もの味方が、床に転がった。
「……これは!? この者たちも全員敵なのか!?」
「様子がおかしいわ!? 多分、コレは……
【操り人形】の魔法よ!」
ゲームでは敵を操って一時的に味方に変える魔法があったわ。
でも、それは敵の身体に手を触れて魔力を直接注ぎ込む必要があった。殺し屋たちには、そんなことをしている暇は無かった筈だけど……
「さすがは聖女様、博識でいらっしゃる。当店では、酒に【操り人形】の魔力を込めてお出ししております。つまり、この者たちは、罪無き民」
店長が勝利を確信したかのように言い放った。
「民を何よりも大切にする聖女様に傷つけることなど、できますまい?」
「ここを隠れ家にしていたのは、民を人質兼戦力として利用するためだったのか!?」
レオンが、店員から電撃魔法を浴びせられて呻いた。
動きを止めた彼に、冒険者たちが一斉に群がる。
レオンは剣を振ろうとして……しかし、床に転がって攻撃をギリギリ回避することを選んだ。
「レオン!?」
正義の味方である彼にとって、罪無き民を傷つけることなど、できないみたいね。
その甘さが命取りになるのよ、王子様。
「【氷結陣】!」
私は躊躇無く、周囲に特大の冷凍波を放った。
店内のすべてが一瞬で氷に覆われ、殺し屋たちも聖騎士も、客もレオンも皆仲良く、カチンコチンの氷漬けとなる。
「バ、バカな……! 罪無き民ごと、我らを撃っただと!?」
下半身を氷漬けにされた店長が、動揺の声を上げた。
「別に殺してはいないわよ。まとめて氷漬けにして、あなたを倒した後に、味方だけ解放すれば、万事解決でしょ?」
私は胸を張ってドヤった。
「この私が、他人を傷つけられない良い子ちゃんだと思った? 甘いわ!」
正義や道徳に囚われない。これぞ、悪の強みよ!
「……い、いや、しかし、お前は、身の危険もかえりみず、ロイドを助けた。誰よりも心優しい聖女の中の聖女では!?」
「そんな訳無いでしょ! 敵対する者は、すべて叩き潰すのが、私の美学よ!」
私は店長の頭を、思い切りぶっ叩いて気絶させた。
これで、【操り人形】の魔法は解除できたわ。
それから敵を除いた全員の凍結を解き、闇の回復魔法【ダーク・ヒール】をかける。
「おお……っ!」
「傷が消えた!?」
感嘆のどよめきが、周囲から上がった。
もちろん、これは慈悲なんかじゃなく、万が一にも殺し屋たちを逃さないようにするために必要な処置よ。
彼らは私の奴隷にするんだからね。
殺し屋たちは、奴隷契約魔法をかけたら、多分、記憶を無くしちゃうだろうけど……
背後にいるであろう秘密結社【薔薇十字団】については、親玉のヘレナから聞き出せば良いわ。
「さあ、あなたたち。コイツらとの奴隷契約が終わるまで、監視と周囲の警戒をしてちょうだ……!」
私が居丈高に命じようとすると、客たちが私に土下座してきた。
「ありがとうございます、【水の聖女】様!」
「あと、一歩で取り返しのつかない罪を犯すところでした!」
「俺たちは、なんて恐ろしいことを……!?」
「え……っ?」
崇拝と感謝の目を向けられて、私はタジタジになる。
なに、なに? どういうこと……?
「いかなる理由があれ、平民がレオン王子を傷つけたとなれば、法律上、斬首は免れません! 俺たちを守るために、お力を振るってくださったのですね!?」
1人の冒険者が叫び、みんながウンウンと頷く。
「民を守るために、心を鬼にしてあえて魔法で撃つ……この殺し屋どもは、真の愛とは何か知らなかった。故に、アンジェラ様の行動を読み違え、敗れ去ったのです」
感じ入った様子の聖騎士が何やら解説してくれた。
し、真の愛って何かしら……? 私は単に敵を倒しただけだけど?
「俺たちを愛する聖女様のお心遣いに、感動しました!」
「なんて、心優しい少女なんだ!」
大喝采が上がった。
「アンジェラ様、助かりました! まさか1人の犠牲も出さずに、この窮地を乗り切ってしまわれるとは!?」
レオンが感激して頭を下げてきた。
彼も氷漬けにされたのに、そのことを怒っている様子は無かったわ。
「我ら全員、命拾いいたしました!」
「不甲斐なき我らに代わり、レオン王子をお守りいただき、深く、深く感謝いたします!」
聖騎士たちが一斉に膝を付いて、私を尊敬の眼差しで見つめてくる。
「さらに、我ら全員の傷まで回復していただけるとは! あなた様こそ我らが聖女、我らが忠誠を捧げるにふさわしきお方です!」
「えっ……?」
神の力とは正反対の闇属性魔法を使ったことに、突っ込む者はいなかった。
氷漬けにされていたこともあって、ちゃんと私の魔法を見ていなかったのかも知れないけど……
私が【水の聖女】という固定観念が強過ぎるみたいね。
「あのまま操られていたら、一体どうなっていたことか……! 考えるだけで恐ろしいです!」
「みなが助かる最善の道を選び、瞬時に実行に移されるとは……さすがは水の聖女様!」
「えっ、ここを襲撃したのは、優秀な殺し屋の奴隷をゲットしたかったからと。ヘレナにやり返したかったからなんで、そんな褒めてもらう必要なんて、無いんだけど……?」
持ち上げられ過ぎて、私は居心地が悪くなってしまう。
「ご謙遜を……! これで、我がアステリア聖王国は、ようやく暗雲を振り払い、より良い未来へと変わっていくことができます! 全てはアンジェラ様のおかげです!」
「アンジェラ様、万歳!」
「我らが希望の光! 心優しき真の聖女様!」
ま、まさか、悪の美学を貫いたら、みんなを救ったと誤解されてしまうなんて……!
しかも、なんかこの国のために活躍したことになってしまったわ。
「こほん。じゃ、さっそくヘレナを叩き潰しに行きましょうか。この襲撃が、知られる前にね」
「はい、アンジェラ様!」
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