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25話。勇者王とヘレナに無自覚にざまぁしてしまう

 その夜、勇者王ディルムッドから、私は歓迎パーティーに招かれた。


 会場に一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、天井から幾つも吊り下げられたシャンデリア。その眩い輝きに照らされた豪華なテーブルには……!


「あっ、これは……!」


 思わず感嘆の声が漏れそうになるのを、かろうじて飲み込んだわ。

 芸術品のごとく美しく盛り付けられた料理の数々!


 特に私の目を釘付けにしたのは、海老、蟹、魚といった海の幸よ! 

 ソースに絡められて湯気を上げる魚介料理は、森の奥深くにある魔王城では、まずお目にかかれない貴重品だわ。


 あっ、あっちには、こんがりと焼き上げられたローストチキンが!?

 ナイフで切ったら、きっとパリっとした皮の下から、じゅわっと熱々の肉汁が溢れ出すに違いない!


 おっ、美味しそう……!


 ごくりと、喉が鳴るのを必死で抑え込む。すると、勇者王が口の端を挑発的に上げて挨拶してきた。


「ようこそお越しになられた、水の聖女アンジェラ殿。余がこのアステリア聖王国を統べる勇者王、ディルムッド・アウレリウス・アステリアである」

「……ご丁寧にどうも。水の聖女アンジェラよ。お招きいただき光栄だわ。それにしても、昼間の『手荒い歓迎』には、心より感謝申し上げるわ。そのお礼は、たっぷりとさせていただくつもりよ?」


 私はカーテシーを優雅に決めて、悪のカリスマヒロインとしての風格を見せつける。


 こういう礼儀作法は、魔王の娘として、しっかり受けてきたわ。上品に微笑みながら、皮肉で相手を刺すというのは、悪の必須スキルよね。

 ふふっ、勇者王相手に格好良くちゃんと決まって、大満足だわ。


「ほう……? なにやら勘違いをしておられるようだが、まさかその『お礼』とやらは、余の寵姫ヘレナの手を氷漬けにするという蛮行であったか?」


 勇者王は獰猛に笑った。

 彫像のように整ってはいるけど、どこか野性的な顔立ち。大男だし、リアルで会うと迫力があるわね。


「不愉快であるぞ、【水の聖女】! 即刻、ヘレナにかけたこの忌々しい氷の魔法を解除せよ。これは国王としての命令だ」

「お生憎だけど、私はこの国の民ではないわ。あなたの命令に従ういわれは無いと思うけど?」

「なに……?」


 私が鼻で笑って返すと、勇者王の目つきが険しくなった。

 その身から威圧するようなオーラが溢れ、一触即発の空気が、パーティー会場を満たす。


「アンジェラ様……!」


 同席していたレオンとユリシアが、息を飲んだ。


 ふつうの人間であれば、これで気圧されてしまうのでしょうけど、聖剣を身に帯びていない勇者王など、恐れるに足りないわ。

 私は毛ほどの動揺も見せずに続ける。


「そもそも、そこにいるヘレナは王宮で火遊びをしていたのよ? 改める気も無いようだから、私がそんなバカなマネは、もう二度とできないようにしてあげたわ。むしろ、感謝していただきたいわね」

「な、なんですって……! よくもまあ、勇者王陛下に対して、そのような暴言を……!」


 まるで王妃のごとく勇者王に寄り添ったヘレナが、私を睨んだ。


「ほう? 予想以上に豪胆な娘のようだな。勇者に力を貸すために神より選ばれた聖女である、という自覚も無いのか?」

「まったくこれっぽちも」


 だって、私は聖女じゃなくて魔王だしね。

 魔王が勇者の言うことを聞く訳が無いじゃない。


「父上! お言葉ではありますが、アンジェラ様が我が国の救世主であることは、万人の知るところです! まずは、そのことに感謝申し上げるべきではありませんか!?」

「わたくしもそう思いますわ! そもそも、なぜヘレナ様をこの場に同席されているのですか!? 聞けばヘレン様は配下を通じてアンジェラ様のお命を狙った疑いがあると……!」

「貴様らは黙っておれ!」


 レオンとユリシアが、私を援護してくれたけど、勇者王はそれを一蹴する。


「あくまで余に逆らう気か。どうやら、余が贈ってやった菓子も気に入らなかったようだが、まさかこの晩餐の料理に口をつけぬとは言うまいな?」

「うん、お菓子? あのピリリとした刺激のあるクッキー? あれなら、美味しくいただいたけど……?」

「は……?」


 私の言葉に、なぜか勇者王と、隣のヘレナの目が点になった。

 うん、あれ? 何かおかしなこと言ったかしら?


「……こほん。失礼。あのクッキー、絶品だったわ。できればお土産に持って帰りたいのだけど、お願いできるかしら? あと、あの舌がピリピリと痺れるような、絶妙な隠し味の正体もできれば教えて欲しいのだけど?」


 ケンカを売ってしまった手前、ちょっと言いづらかったけど、私は思い切って頼んでみた。


 アレをお土産に持って帰って、魔王城のシェフに研究させれば、きっと我が家でもあの魅惑の味が楽しめるはず!


※※※


【勇者王ディルムッド視点】


 こ、この小娘……あれが猛毒入りクッキーだと見抜いて!

 その上で、余が自分を暗殺しようとしたことをこの場で糾弾しておるのか。


 しかも「お土産にしたい」「レシピを教えろ」だと? ふざけたことを……!


 なるほど、遠回しな宣戦布告という訳だな。

 やはり、【水の聖女】は、余ではなく次期勇者であるレオンの側に付くということか……!


 だが、ノコノコ、この場に現れたのが運の尽きよ。

 貴様の料理と酒には、クッキーに入れたのと同じ猛毒が盛られておるのだ。


 口にすれば、たとえ【エリクサー】を持ち歩いていようと、決して助からん! すぐさまあの世行きよ。


 くくくっ、【水の聖女】よ。貴様の命運もこれまでだな。


※※※


「ほう。余の贈り物を気に入ってもらえたようで、なによりだ。では、長話も無粋であろう。乾杯といこうではないか」


 勇者王が乾杯の音頭を取る。

 私たちは深紅のワインに満たされたグラスを手に取った。


 ふふっ、未成年なのにお酒を飲むなんて、まさに悪だわ。

 あっ、でも、この世界の成人年齢って、15歳だっけ……?


 そんなことを考えながら、私はワインを一口含んだ。


 葡萄の芳醇な香りと、酸味が口の中に広がる。と同時に、あのクッキーとまったく同じ、舌がピリピリと痺れるような独特の刺激があったわ。


「……あのクッキーと同じ!」

 

 感激に思わず声を出してしまうと、勇者王とヘレナが、ギョッとしていた。


 あっ、しまった、と内心で舌打ちする。


 いけない、いけない。ここはあくまで悪のカリスマとして、優雅に、いかにもわきまえてますって雰囲気でワインを楽しまなくちゃね……!


 これが人生で初めて口にするお酒ということもあって、ちょっとばかり浮ついてしまったわ。

 私はワインをさも、飲み慣れているフリをして一気にあおる。


 あっ、うん。美味しいじゃないの! 


 ……でも、もっとこう、頭がクラクラしたり、身体が火照ったり、いわゆる「酔っ払う」という状態になるかと思ったけど、そんな気配はぜんぜん無いわ。


 若干、拍子抜け?


 ……そう言えば、魔王である私は、強力な状態異常耐性を持っているのだったわ。

 毒、麻痺、呪いといった状態異常になることが無いのだけど、もしかして酔いも、状態異常に含まれるのかしら?


 だとしたら、私はどれだけお酒を飲んでも、酔えない体質なのかも知れないわ。ちょっと残念な気もするけれど……


 このワインにも含まれている、舌を心地よく痺れさせる刺激物は、ちょっと癖になりそうね。


「このワイン、本当に素晴らしいわ。あのクッキーと同じ刺激物が、タップリ入っているのね。こんなにも、ていねいで心のこもったおもてなしをしていただけるなんて……感激だわ!」


 私はにっこり微笑んでお礼を述べた。

 勇者王は敵だけど、一流のお酒と料理でもてなしてくれたことには、ちゃんと感謝しておかないとね。


「……そ、そうか。気に入ってもらえたようで、なによりだ」

「え、ええっ、そうですわね! どうぞ、お料理の方も、存分にお楽しみなさってくださいませ、【水の聖女】様!」


 勇者王とヘレナが、顔を引き攣らせて言ってきた。


「ええ、もちろん、遠慮なくいただくわ。ところで、ぜひとも、この素晴らしい『刺激物』の正体について、教えてくれないかしら……? 一体、何を入れているの?」

「よ、余のあずかり知らぬことだ! そ、それは、あとでシェフにでも尋ねてみるがいい!」


 あれ? なぜか、はぐらかされちゃったわ。

 まあ、考えてみれば、一国の王様が、厨房で使われる食材やスパイスについて、いちいち把握しているわけも無いわよね。


 その夜、私は心ゆくまで、魔王城では味わうことのできない、聖王国の贅を凝らした宮廷料理の数々に舌鼓を打った。


 しかも、驚いたことに、前菜からメインディッシュに至るまで、どの料理にも、あのピリリとする魅惑の『刺激物』が加えられていたのよ。


 それがまた、どんな料理の風味をも引き立て、まったくもって癖になりそうな美味しさだった。


「これ、本当に万能調味料じゃないかしら!? よし、後でシェフに尋ねてみようっと……!」

「余、余は少し、席を外す!」


 私が絶賛すると、勇者王はなぜか退出してしまった。

 はて……?


「我が王宮の料理を気に入っていただけたようで、なによりですアンジェラ様!」


 逆にレオンは気を良くしていた。

 私は次々と料理を平らげ、ワインのお代わりを繰り返した。


 ヘレナが、どんどん顔面蒼白になっていくのを、不思議に思いながら。

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