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21話。私の近くで、火遊びはダメ絶対よ

【ヘレナ視点】


「……もう、わかったわね? あなたの企みは、すべて露見した。あなたは、もう終わりよ」


 さも自信満々といった様子で、氷の妖精のごとき美しい娘──水の聖女アンジェラが胸を反らして言い放つ。


 私は【水の聖女】と、ロイド商会の会長ロイドの抹殺を、殺し屋たちに命じていた。

 彼らは、私が所属する錬金術結社【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)の秘技によって、特別な肉体強化を受けた者たち……


 それをまさか、この娘は撃退したどころか、捕らえてしまったというの?


「……ふふっ、ふふふふふっ! 企みですって? 一体、何のことでしょう? この私が何かしたという、確たる証拠がお有りだとでも?」


 一瞬、動揺したものの、私はすぐに余裕を取り戻す。


 あの殺し屋たちは、万が一捕らえられ、拷問や精神操作の類を受けた場合、私や【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)に関する記憶を消去するような処置を受けていた。


 たとえ、奴隷契約を強要したとしても、彼らから、この私に繋がる情報を引きずり出すことなど不可能。

 そう、この私が暗殺の黒幕であるという証拠など、何一つ出てきやしないわ。


 つまり、水の聖女アンジェラの言っていることはハッタリ。この私を揺さぶり、墓穴を掘るような失言を引き出そうという、浅知恵に過ぎないわ。


「私を襲った殺し屋たちは、ヘレナ商会の施設に逃げ込んだ。証拠はそれで十分でしょう?」

「……はっ?」


 私は一瞬、言われたことの意味がわからなかった。


 あの殺し屋たちは、影すら踏ませぬ超一流。追跡者を撒けぬ間抜けなど一人もいない。ましてや逃亡先を突き止められるような失態を演じるなど……有り得ないわ。


「今も私の手の者が、彼らを監視してるわ。あんな奴らを従業員として雇っているなんてね? 近いうちに全員、捕まるんじゃない?」

「馬鹿な……! ありえないわ!」


 監視ですって? 殺し屋たちがソレに気付かないなんて、いったい、どんな手を使っているというの?


 まさか、あの選りすぐりの強化人間どもと同等、あるいはそれ以上の手練れを、この小娘は手駒にしているとでも……!?


 疑問が黒い渦となって私をかき乱す。けれど、直接、問いただすわけにもいかない。


 しかし、これで状況はより鮮明になったわ。


 あの憎らしいロイド商会といい、水の聖女アンジェラは優れた配下を何人も抱えているようね。


 アンジェラの出自はわからないけれど、おそらく、どこかの国の王侯貴族に連なる者であるのは、その気品のある顔立ちと魔法の腕前から察せられるわ。


 レオン王子に味方し、この国で利権を得ようとしている訳ね。


「ヘレナ殿、今、ユリシアに火の魔法をぶつけようとされましたね? 一体、いかなる了見ですか!?」


 レオン王子が、私に詰め寄って来る。


「あら、未来の王妃ともあろうお方が、得体の知れぬ魔物を侍らせていたものですから、わたくしが少々、躾をして差し上げただけですわ。感謝されることはあっても、叱責を受けるいわれはありまけせんことよ?」

「きょ、教育だと……!?」

「そもそも、絶大な力を持つ聖女にとってはこの程度、じゃれ合いの遊びの範疇ですわ。そうではなくて?」


 私は豪然と胸を張って、大地の聖女ユリシアを見下す。


「今のが、遊びですって……?」

「ええっ、【大地の聖女】様ともあろうお方が、聖女では無くなった私に、魔法対決で負けるなど、あり得ませんからね」


 力の弱さを揶揄してやると、ユリシアは悔しそうに唇を噛んだ。


「ただの勇者王の愛人ごときが、ずいぶんと偉いのね」


 アンジェラがパチンと指を鳴らす。


「王宮で火遊びをする方が、【人工生命体】(ホムンクルス)を連れて歩くより、よほど危険なんじゃないの?」

「ひあああッ!?」


 次の瞬間、私の両手が分厚い氷塊に覆われた。

 アンジェラの氷魔法だった。


 痛みは不思議と無い。ただ両手の感覚が失われ、それが恐怖心を否が応でも掻き立てた。


「魔法は一部の例外を除いて、手より発するモノ。両手が氷漬けになってしまえば、もう強力な火の魔法は撃てないでしょう?」

「お、おのれ……この小娘がああああっ!」


 私は全身の魔力を絞り尽くし、両手を覆う忌まわしい氷を内側から焼き尽くそうとした。


 しかし、それはまるで分厚い鋼鉄の檻のように、びくともしない。

 私の誇る炎が、氷ごときに封殺されたというの!?


「なっ……なんなのよ、この常軌を逸した力は!?」


 圧倒的な氷魔法の腕前だった。

 歴代の【水の聖女】でも、ここまでの力を持つ者はおそらくはいないわ。


「ふんっ、私がいる限り、王宮で火遊びなんてさせないわよ。私は炎が、大、大大大嫌いなの! 火遊び禁止、良いわね!」


 アンジェラが指を、まるで断罪するように私に突きつけてくる。


 火遊び禁止、ですって?

 言葉通りの意味ではなく、おそらく私が、あの勇者王ディルムッドをたらし込んでいることを、皮肉っているのでしょう。


 これは、私に対する明確な挑戦だわ。

 お、おのれぇ……!


「よくも……この仕打ち、覚えておくことね!」


 私は捨て台詞を吐いて、その場から一目散に逃げ出した。


 水の聖女アンジェラ……! あの小娘を一刻も早く、惨たらしく殺さなければ、私の気が済まないわ!


※※※


「陛下! ああ、陛下、ご覧になってくださいませ! この私の両手を! これはあの【水の聖女】めの仕業ですのよ!」


 私は勇者王ディルムッド陛下の執務室に転がり込んだ。


「私に『火遊び禁止』などと、ふざけたことを! この私と陛下の燃えるような絆を妬み、引き裂こうとして、このようなマネを……! ああっ、許せませんわ!」

「ほう……? お前ほどの炎使いの両手を、【水の聖女】が凍らせたと申すか」


 ディルムッド陛下は書類から顔を上げ、その青い瞳を興味深そうに細めた。

 【水の聖女】が王宮入りしたことは、すでにご存知の様子だった。


「どうか、偉大なる陛下のお力をもって、この忌まわしき氷の呪縛を解き放ってくださいませ! そして、あの小娘に鉄槌を!」

「ふむ……自力では解けぬか。少々、期待外れだな、ヘレナ」


 陛下は、心なしか失望の色を声に滲ませた。その一言が、私のプライドを抉る。


 【火の聖女】の力を失ってしまったことは、私にとって、大きなコンプレックスだった。


 【火の聖女】では無くなった私が、未だに強力無比な火の魔法を操れるのは、【薔薇十字団】(ローゼンクロイツ)より密かに賜った秘宝【空の指輪】の恩恵があってこそ。


 この指輪は、周囲の空気を操り、私の炎を地獄の業火のごとき威力へと昇華させる奇跡のアイテム。


 故に、両手を氷漬けにされてしまっては、【空の指輪】も効果を発揮できず、私は凡庸な火の使い手に堕してしまっていた。


「この両手では、今宵、陛下を熱くお慰めすることも、このヘレナには叶いませんわ……ううっ……」

「……ふん。まあ、良かろう」


 芝居がかった私の涙声に、ディルムッド陛下は僅かに口角を上げ、私の両手に触れた。

 次の瞬間、彼の体から金色の聖なる【オーラ】が奔流のように溢れ出す。


 これこそ、あらゆる魔法を打ち砕くことのできる、勇者の絶対なる力! これで、あの小娘の小賢しい魔法など……!


「むう?」


 しかし、ディルムッド陛下は怪訝な顔をした。

 私の両手を覆う氷は、驚いたことに多少ヒビが入っただけで、健在だった。

 しかも、そのヒビすら、すぐに復元されてしまう。


「なんだ、この異常なまでに固い氷は……しかも、元に戻っただと? まるで、生きておるかのようだ」

「陛下、もっと力を込めて、本気で砕いてくださいませ!」


「いや、これ以上の力を込めてしまえば、ヘレナ、お前の細腕まで粉々に砕け散ってしまいかねん」

「そ、そんな……!」

「まさか、この余の絶対的な【オーラ】をもってしても、容易には打ち破れぬ氷魔法だと……? あのアンジェラとやら、これほど底知れぬ力を秘めておったのか……!」


 ディルムッド陛下は、ショックを受けた様子だった。


 それは私にとっても到底信じがたい、悪夢のような現実だった。

 ま、まさか、この両手のまま生活しろと……?


「ならば陛下! 術者本人を早々に葬り去ることでしか、この呪わしい氷は溶けませんわ! どうか、今宵、あの小娘の晩餐に、毒を盛ってくださいませ!」


「……よかろう。人間ならば確実に、七つの穴から血を噴き出して絶命するであろう、とっておきの毒をたっぷりと喰らわせてやる」

「ああ、さすがは我が陛下! これであの小生意気な小娘も、おしまいですわ! ついでに、あのユリシアとかいう女も、この際始末してくださって良くってよ?」

「ユリシアが余の妃となるのが、気に食わぬか? くくくっ、心配には及ばん。あの娘は、レオンめに屈辱を味わせるため、初夜を無理強いし、その後、おもちゃのように捨てて殺してやるつもりだ。あの小僧の絶望に歪む顔が目に浮かぶわ」


 ディルムッド陛下は、実の息子であるレオン王子を、まるで害虫のように忌み嫌っていた。

 レオン王子が青臭い理想論を振りかざし、何かと自分に意見してくるのが我慢ならないのでしょう。

 

 しかし、実の息子の恋人を奪い、弄び、そして殺すことで悦に入るとは……陛下の歪んだ嗜虐心は、もはや常軌を逸しておりますわね。


 私としては、陛下が万が一にも私以外の女に情を移すようなことがあれば、面白くはありませんでしたが……


 ふんっ、この様子ならば、陛下がユリシアのような小娘に鞍替えする心配など、無用というものですわね。


「ああっ、さすがは陛下! 英明なるご判断ですわ! 私たちの支配を邪魔する、目障りな水と大地の聖女、どちらもまとめて地獄へ送ってしまいましょう!」

「無論だとも。民を想う清らかな聖女など、余の治世には不要なのだ」

「あっあん! 陛下ぁ!」


 しかし、その夜、私と陛下は、あの水の聖女アンジェラの真の恐ろしさを、骨の髄まで思い知らされることになった。


 まさか、人間ならば確実に絶命するはずの猛毒を、あの小娘が喜んで平らげ、何事もなかったかのように振る舞うとは……!

 あ、あの小娘には……神の特別なご加護が付いているとでも言うの!?

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