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20話。大地の聖女も信者にしてしまう

【大地の聖女ユリシア視点】


 焼け焦げた匂いが鼻をつきます。

 腕の中で、小さな命が弱々しく震えていました。


 わたくしはヴェリディア公国の公女にして【大地の聖女】ユリシア、15歳。


 王宮の中庭で、わたくしは今にも事切れそうな親友──【飛び猫】のミィナを必死に抱きしめました。


「……なんて、酷いことを……! ヘレナ様、これはどういう……ッ!?」


 声が震えます。

 腕の中のミィナが「……みゃぅ」と小さく鳴きました。


 ミィナは7年前にわたくしが錬金術で生み出すことに成功してから、片時も離れず、心を分かち合ってきた翼を持つ猫──わたくしの【人工生命体】(ホムンクルス)です。


 わたくしにとっては、家族も同然の存在。それを、こんな……!


 わたくしは怒りに燃えて、元凶──勇者王ディルムッドの愛人ヘレナを睨みつけました。

 

 ここは色とりどりの花々が咲き誇る庭園、王宮で最も美しい場所です。

 しかし、その花々が霞むほど、燃えるような赤いドレスを纏ったヘレナの美貌は、存在感を放っていました。


「何を怒っているのかしら? 神聖なる王宮に、その汚らわしい魔物が紛れ込んだから、焼き払っただけですわ」


 ヘレナは白い喉を反らして、せせら笑います。


「ミィナは魔物などではありません! 見た目は少し変わっているかもしれませんが……この子は誰一人傷つけたことのない、優しい心を持った子なのですよ!」

「まあ、魔物を庇うとは。【大地の聖女】様ともあろうお方が、乱心したのかしら? そこを、お退きなさい。私の炎で、その汚らわしい魔物にトドメを刺して差し上げますわ」


 ヘレナが指を鳴らすと、ボワァッ! と音を立てて、彼女の足元から紅蓮の炎が噴き上がりました。

 

 周囲の花々が、まるでゴミ屑のように一瞬で灰になります。

 まるで自分以外の全てが無価値だとでも言わんばかりの態度です。


 この冷酷非情な女性が、かつては人々を導く【火の聖女】であったなどとは、到底信じられません。


 しかも、10代を過ぎて聖女の資格を失ったはずなのに、未だにこれほど強力な火の力を保持しているとは、明らかに異常でした。


「ヘレナ様! ユリシア様は、間もなく陛下の正式な妃となられる御方ですぞ!?」

「ど、どうかお鎮まりください……!」


 衛兵たちが駆けつけ、ヘレナを制止しようと声を張り上げます。

 だけど、誰もヘレナを力尽くで拘束しようとはしません。


 ヘレナの後ろ盾である勇者王の権勢を恐れているだけではありません。

 単純な武力でヘレナに敵わないことを、誰もが理解しているのです。


 ヘレナは、その気になればミィナを一瞬で炭にできたはず。なのに、そうしなかったのは……ミィナを嬲り殺しにして、わたくしが苦しむ様を楽しむため。そして、なにより──


「それとも【大地の聖女】様は、そのような魔物を庇って、この私に逆らうと? そんな方が、偉大なる勇者王ディルムッド陛下の妃に、ふさわしいとお思いなのかしら?」


 ──こうして、わたくしを人前で貶め、屈辱を与えるためです。


「妃の地位など、固辞すべきですわ! 早々に王宮から消えなさい、陰気な錬金術娘!」


 勇者王の寵愛が、わたくしに移ることを恐れ、妬んで、こんなことをしているのは火を見るより明らかです。

 この女性の嫉妬の炎は、国さえ焼き滅ぼしかねませんわ。


 ですが、ここで引き下がる訳には参りません。ミィナのためにも、この国の未来のためにも。

 わたくしは背筋を伸ばし、ヘレナを真っ直ぐに見据えました。


「はい、わたくしは、次代の王たるレオン殿下の妃にこそ、ふさわしいと確信しておりますわ」

「……なんですって?」


 ヘレナの完璧に整えられた眉が、驚きに吊り上がりました。


「民が黒死病に喘いでいる時に、平然と回復薬の価格を5倍に吊り上げるような暴君は、王座にふさわしくありません! 早々に退位なさるべきです!」


 わたくしは勇気を振り絞って、ディルムッド陛下と、彼を操るヘレナを断罪しました。


「そして! 聖女の資格を失いながらも勇者王陛下に取り入り、私利私欲のために国を危うくするヘレナ殿! あなたこそ、この王宮から立ち去るべきですわ!」

「ふ、ふふ……あはははは! まさかディルムッド陛下を、公然と侮辱するとはね! 命知らずにも程があるわ! たとえ【大地の聖女】であろうと、ただで済むと思わないことね!」


 ヘレナは底知れぬ悪意に満ちた笑みを浮かべました。

 しかし、わたくしも退く気はありません。


「厳罰を受けるのは、あなたですわヘレナ殿! ヘレナ商会を通じて得たお金で、良からぬ者たちを雇っているそうですね! それで、自分にとって不都合な者を秘密裏に抹殺しているとか!?」


 これまでヘレナから数々の嫌がらせを受けてきましたが、やられっぱなしだった訳ではありません。


 レオン王子と密かに連携し、水面下でヘレナを調査をしてきたのです。

 すべてはヘレナを断罪し、聖王国に巣食う闇を祓うために。


 3年前、故国ヴェリディアで宰相の謀反に遭い、囚われの身となったわたくしを救ってくださったのが、親善大使として訪れていたレオン王子でした。


 あの日、わたくしたちは互いの理想を語り合い、未来を誓い合ったのです。

 レオン王子の妃として、民が心から笑える国を作る。わたくしには、その覚悟が、とうにできています。


「何を証拠にそのようなことを? ふっ、まぁ、良いです。罰として、あなたの顔に一生消えない呪いの火傷を刻み付けてやりますわ! そうすればディルムッド陛下にかわいがっては、もらえないでしょう!」


 ヘレナの全身から業火が噴き出しました。

 嫉妬と憎悪が形を成したかのような灼熱の奔流が、わたくしに襲いかかります。


「……目覚めよ大地よ!」


 とっさに両手を地面につけ、祈りを込めます。わたくしの力に応え、大地が轟音と共に隆起し、分厚い土壁となって立ちはだかりました。

 これならば、どんな炎であろうと防げるはず……


「えっ!?」


 だけど、次の瞬間、信じられないことが起こりました。ヘレナの炎は、わたくしの土壁をまるで紙のように、いともたやすく穿ったのです。


「あははははッ! 【大地の聖女】の力など、しょせんは、この程度!」


 万事休すと思った時でした。


【氷結】(フリージング)!」


 凛とした少女の声が響き、世界が変わりました。

 背後から放たれた冷凍波が、ヘレナの炎を一瞬にして凍てつかせ、霧散させたのです。


 中庭を満たしていた灼熱の空気は、吐く息も白くなるほどの極寒へと急変し、足元の地面までもがパキパキと音を立てて凍り付いていきます。


「なっ……!? こ、この魔法は!?」

「ふぅ……危なかったわね。念のため、少し冷やしすぎちゃったかしら」


 いつの間にか、隣にハッと見惚れるほどの美少女が立っていました。


 雪原に咲く一輪の花のような、儚さと強さを同居させた美貌。月光を溶かし込んだかのような銀髪が、風にさらりと揺れます。


 その存在感は、ヘレナとは全く質の異なる、清らかで圧倒的なものでした。


「何者です!? この私を、元【火の聖女】ヘレナと知っての狼藉ですか!?」


 ヘレナが驚愕と屈辱に顔を歪ませて叫びました。


「あなたがヘレナ? ふんっ、私は【水の聖女】アンジェラよ」

「な、なに……?」

「アンジェラ様!」


 レオン王子が、大慌てで駆けつけて来ました。

 その様子を見て、わたくしはこの方が、本物の【水の聖女】アンジェラ様だと確信しました。


 黒死病の蔓延から聖王国を救った、歴代最高の聖女。

 究極の回復薬【エリクサー】の大量生産という歴史的偉業を成し遂げた、憧れの存在です。


 わたくしも錬金術の知識を総動員して、黒死病の治療薬の開発を試みましたが、実現することは叶いませんでした。


「アンジェラ様! わたくしは【大地の聖女】ユリシアと申します! お会いできて光栄です!」


 思わず、感極まって声を上げてしまいました。


「あっ、本物のユリシア!?  ……って、かわい【飛び猫】ちゃんが、ひどい火傷じゃないの!?」


 アンジェラ様は、わたくしの腕の中のミィナを覗き込みました。


 【飛び猫】ちゃん……? まさか、ヴェリディア公国の【人工生命体】(ホムンクルス)のことをご存知なのでしょうか?


「さっ、【エリクサー】よ。これを飲んで元気になってちょうだい!」

 

 アンジェラ様は究極の回復薬を取り出すと、ミィナの口元に振りかけました。


「みゃあああ!」

「あっ! ミ、ミィナ!?」


 眩い光と共に、ミィナの身体がふわりと浮き上がります。


 痛々しかった火傷は跡形もなく消え去り、弱っていた瞳に力強い光が戻ります。

 ミィナは一声高く鳴くと、わたくしの顔にすり寄ってきました。


「ま、まさか、ミィナにまで慈悲かけていただけるなんて……!」

「当然よ。あなたにとって、ミィナはかけがえのない家族なのでしょう? ……あっ、ここは本来、レオンが助けるべき場面だったかしら?」


 アンジェラ様は、小首を傾げて呟きました。


「そ、そこまでご存知で……! やはりアンジェラ様は、全てお見通しなのですね! さすがは真の聖女様!」


 もしかして、わたくしとレオン王子が相思相愛であることまで、ご存知でいらっしゃる?


 な、なんてお優しく、そして聡明な方なのでしょうか。きっと、わたくしとヴェリディア公国のこと、ミィナのことまで、事前に心を砕いて調べてくださっていたに違いありませんわ。


「えっと、まあ……私は真の聖女なんて言われるような者じゃないから、その呼び方はやめて欲しいんだけど」


 なぜか、アンジェラ様はバツが悪そうにしていました。

 どうやら、噂通り、謙虚なお方のようです。このような完璧な存在がこの世にいるなんて、感動を禁じ得ません。

 

「貴重な【エリクサー】を、貧民だけでなく、あんな魔物にまで与えるとは……反吐が出るわ、水の聖女アンジェラ!」


 ヘレナが忌々しげにアンジェラ様を睨みつけました。

 アンジェラ様は、凍てつくような冷たい視線をヘレナに向けます。


「ヘレナ。あなたには、ずいぶんと手厚い『歓迎』をしてもらったわね。あまりに礼儀知らずなお出迎えだったから、使者の男を一人捕らえて『教育』してあげたわよ」

「な、なに……?  まさか」


 さっきまでの傲岸不遜な態度はどこへやら。ヘレナの顔が、蒼白になりました。

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