2話。冒険者たちを奴隷にしたら、なぜか感謝されてしまう
「【氷獄の冥姫】だと? 聞いたこともねぇな!」
「ケッ! 調子に乗るなクソガキが!」
「俺たちはAランク冒険者! 魔族狩りなんざ、何度も経験してんだよ!」
男たちは私を包囲した上で、騎馬で突撃してきた。
なるほど。バラけていれば【氷結】を防げると思った訳? 甘いわね。
「【氷結陣】!」
私は全方位に冷凍波を放った。
周囲の大地が瞬時に凍結し、騎馬ごと奴ら全員の下半身を氷漬けにする。
「ひぎゃああああッ!?」
彼らは情けない悲鳴を上げた。
自分の身体が凍るというのは、かなり恐ろしい体験みたいね。
「ヴェロニカ、今、怪我を癒やすわね!」
「はぁ……っ!?」
私はヴェロニカの傷口に手を添えて、闇の回復魔法【ダーク・ヒール】を放った。
たちまちヴェロニカの傷が癒えて、健康な白い肌を取り戻す。
「ああっ、良かった。私のせいでヴェロニカが死んじゃうなんて、あってはならないものね!」
そんなことになったら、悪のカリスマヒロインの名が泣くわ。
そう、この事件は魔王アンジェラ唯一にして最大の汚点だった。
史上最高の悪のヒロインを目指す私にとって、絶対に覆えなさければならないシナリオよ。
「アンジェラ様……! あっ、ありがとうございます!」
ヴェロニカは呆然として固まっていたけど、すぐに深々と腰を折った。
「まさか、私ごときに慈悲をかけてくださるなんて!」
「はぁ? 何を言っているのよ。そんなの当然じゃない」
「……い、今、なんとぉ?」
顔を上げたヴェロニカは、信じられないといった様子で口をパクパクさせた。
あっ、そう言えば、これまでのアンジェラって、傍若無人なわがまま娘で、ヴェロニカをよく困らせていたっけ?
ふっ、だけど、私は文字通り生まれ変わったのよ。
「あなたたち、よくもこの私の大切な配下を傷つけてくれたわね!」
「ひぃいいッ!?」
病室で魔王アンジェラに魅了された私は、ポータブルゲーム機の機能を使って、同じようなカッコいい女の子の悪役が出てくる小説や漫画やアニメを見漁った。
その結果わかった彼女たちの共通点。
すなわち悪のカリスマヒロインの条件の一つは、配下を大切にしていることよ。
配下が傷つけられたら、本気で怒る。
それによって、配下たちから慕われ崇拝されていた。
巨悪をなすには、そうやって大勢の配下を従える必要があるわ。
悪のカリスマヒロインは、ヒャッハー! なんて叫びながら弱い者イジメをしているこいつらみたいな雑魚キャラとは、格が違うのよ。
ああっ、なんて素晴らしいのかしら! 私は今、巨悪としての第一歩を踏み出している。
「俺たちをどうするつもりだぁああッ!?」
「ふん! 決まっているでしょう。奴隷として一生強制労働よ!」
「……なっ、なんだとッ!?」
私は奴隷契約を強制する邪悪な呪いを詠唱して放った。
「縛れ【奴隷の呪印】!」
男たちの手の甲に私の所有物であることを示す、【奴隷の呪印】が刻まれる。
「ふふっ、これで、あなたたちは私の命令に逆らうと、耐え難い激痛を感じるようになったわ。どう? 奴隷になった気分は?」
悪のヒロインらしく、私は悠然と微笑んで見せた。
「俺様が魔族の奴隷に…!?」
「強制労働! まさか鉱山で死ぬまで働かされるとか!?」
「い、嫌だぁあああ、勘弁してくれぇえええッ!」
男たちは、恥も外聞も無く泣き叫ぶ。
ふふっ、いい気味だわ。
私はさらなる絶望を与えるべく、労働条件を伝えることにした。
「仕事内容は、街への本の買い出し! 私のために小説や漫画を買ってくるのよ!」
「はぇ……?」
魔族は人間の街に買い物に行けないので、彼らを奴隷にするメリットは非常に大きかった。
おかげで、人間の街でしか手に入らない本をゲットできるわ。
魔族には物語を書く文化なんて無いからね。
私の脳裏に、前世のお父さんの怒鳴り声がフラッシュバックする。
『漫画など読んでいたら、バカになるぞ!』
『小説も禁止だ! これはお前のためを思って言っているんだ!』
『良い子になれ! 親に反抗するな! 俺の言う通りにしろ!』
そうやって、大好きな小説や漫画を読むことを禁止され、しぶしぶ言うことを聞いていたのだけど……
その教えが、私のためなんかじゃないことは、お父さんに見捨てられてよくわかったわ。
ふん! なら、お父さんの教えとは、トコトン真逆の悪い子になってやろうじゃないの。
せっかく魔王アンジェラに生まれ変わったのだから、今度の人生は思い切り楽しまないとね。
この世界では、私の大好きな小説や漫画を毎日、読み耽って暮らすのよ。
「条件は週5日間、8時間労働! 住み込みの衣食住の保証付きで、時給は最低賃金! アハハハッ! どう? 己の運命を呪うがいいわ!」
「……はぁああっ?」
男たちは目を点にした。
「え、えっと、最低賃金? 奴隷なのに金が貰えるのか?」
「や、休みがあるの? 2日も?」
「……こんな危険の無い仕事で、衣食住の保証だなんて、あり得ねぇ条件だぞ!?」
うろたえる彼らに、私は冷たく微笑む。
「ふふっ、そう。有り得ない劣悪な労働条件よね?」
私の前世のお兄ちゃんは、大学を卒業して就職してから良く言っていたわ。
週5でフルタイムで働くなんて、まさに奴隷労働だって。
これが一生涯続くなんて、絶望しかないって……
中学生だった私には、いまいちピンと来なかったけど、『学校の授業が毎日8時間目まであると考えてみろ』と言われて、ことの重大さを思い知ったわ。
まさに絶望。
遊ぶ時間なんて、まったく無いじゃない。
特に住み込みの仕事は、家に帰っても会社の延長、職場のルールに縛られてヤバいらしいわ。
こんな条件を押し付けるなんて、ふっ、自分のあまりの悪逆非道ぶりに、恐ろしくなってしまうわね。
「お、お嬢ちゃん。本気なのか……?」
「こんな好待遇?」
信じられないといった目で、男たちは私を見つめた。
「もちろん、本気よ」
パチンと指を鳴らして、私は彼ら全員にかけた氷の魔法を解いた。
「えっ、ぬわっ……!?」
バランスを崩して、全員がその場に落馬する。
「なっ、ロイド、生きているのか!?」
「い、一体何が……?」
氷漬けから復活した男たちは、何が起きたのかわからず、困惑していた。
私は彼らを1人も殺してはいなかった。
「じゃ、あなたたちのダメージも癒してあげるわね」
私は回復魔法【ダーク・ヒール】を彼らに浴びせた。
これは闇属性の回復魔法で、人間には効果が半減するけど……奴隷に対しては、まっ、これで十分でしょう。
人間を奴隷にしてこき使い、恐怖と絶望で支配するのが魔王よ。
転生してすぐに、魔王ムーブをかませて大満足だわ。
「命を奪おうとした俺たちに、こ、これ程の慈悲を……!?」
「クソ冒険者ギルドなんかより、よっぽど好待遇じゃねぇか!」
「「ありがとうございます、アンジェラ様!」」
「さぁ、あなたたち一生こき使ってやるから、覚悟しなさ……って、なんで感謝しているのよぉおおッ!?」
思いっきりドヤろうとした私は、男たちから一斉に頭を下げられて、驚愕した。
わ、訳がわからないわ!
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