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15話。聖女を手に入れる大作戦開始

「いいっ! いいじゃないの! イリスちゃんには、やっぱり漫画の才能があったんだわ!」


 魔王城の自室。私はふかふかのベッドに寝っ転がって、イリスちゃんから届いた漫画原稿『カイの大冒険』を読んでいた。


 内容は、初代勇者が魔王を倒す王道的英雄譚よ。だけど魔王を風格あるラスボスとして、めちゃくちゃ格好良くアレンジして描いてもらっていた。

 悪役が魅力的だと、物語はここまで輝きを増すのね。くふふっ、たまらないわ!


 これで私の大いなる野望の一つ、『好きなだけ漫画を読み耽る』の実現の目処が立ったわ。


 前世では、こんな風にだらしない格好で、漫画を読んでいたら、お父さんから怒られたけど、悪のカリスマである今の私を阻む者は、もはや誰もいない。

 

 脇に置いたクッキーを掴んで、ひょいひょいと、お行儀悪く食べる。

 口の中に広がる甘味。おいし〜い! これぞ、至福。魔王って、最高だわ。


「よし、この漫画を魔族たちに無償で配って! それからそれから……ロイド商会を通して世界中に売って布教するのよ!」


 そうすれば、『同じ作品について語れる同好の士』が得られるわ。

 ふふん! オタク友達を世界中に作って、遊びまくるのよ。


「ああっ、夢が広がるぅ!」


 ただ問題は、印刷技術なんて無いから、漫画を複製して流通させるのが、難しいことよね。


 魔族たちに配る漫画は、お試し版として1話をロイドたちに描き写してもらっているけど……さすがにクオリティが激落ちする上に、時間がかかり過ぎるわ。


「はぁ〜っ、そう考えると、まだまだ先は長いわね……」


 調べてみたところ、文字や絵を別の媒体にコピーする【複写魔法】というのがあるらしいけど……


 これを使えるのは四聖女の1人、【大地の聖女】だけみたいだわ。


 ゲームには出てきていない裏設定だったけど。歴代の勇者はこの【大地の聖女】の力を利用して、勇者の英雄譚を綴ったイラスト付き小説を大量生産して、世界中にばらまいたとか。


 何を隠そうこの『カイの大冒険』の原作小説が、まさにソレよ。


 そうやって、勇者を讃える信者を大量に作ることで、アステリア聖王国を統治しやすくし、外交を有利に進められるように工作したのだとか……


 ふぅ〜ん。勇者も自分の影響力を増すために、いろいろ考えていたのね。


 だったら私は、真の魔王は実はすごく誇り高くてカッコいいってことを、このコミカライズ版『カイの大冒険』で、全世界に広めてやるわ。


 ふふっ、小説よりも漫画の方が読まれるし、拡散力が強いのよ。


「……よし、それじゃ【大地の聖女】を何が何でも手に入れるわよ!」


 私は決意を新たにし、燃えに燃えた。

 私のお父様、大魔王復活のためでもあるしね。


「アンジェラ様! このワイズ、感動しましたぞぉおおおッ! この漫画なる物を、魔族たちに配られておるとか!?」

「うひゃっ!? ちょ、ワイズおじいちゃん、ノックくらいしてよ!?」


 突然、部屋の扉が開け放たれ、感涙を流したワイズが飛び込んできた。

 おヘソ丸出しの格好でゴロゴロしていた私は、慌てて居住まいを正す。

 威厳、威厳……!


「まずはイラスト主体の簡単な物語で、書物を読む習慣を魔族たちに身につけさせようということですな!? そのために人間を使って、魔族たちに読み書きを教えておられるとはぁッ!」

「あっ、えっと……99%の魔族は文字が読めないって、聞いたものだからね」


 文字が読めなければ、当然、小説も漫画も楽しめないわ。

 そんなんじゃ、同好の友達を作って、同じ作品について熱く語り合うっていう私の悪の計画は、おじゃんよ。


 だから、これはもう多少時間がかかっても良いから、魔族たちに読み書きを覚えさせることにしたわ。


 なぜか、新たに奴隷にした冒険者たちは、「人間讃歌の『カイの大冒険』を魔族に読ませるなんて……! 人間の素晴らしさを魔族に知ってもらおうということですね!?」と、感激していた。


 そのおかげで、彼らはロイド商会の仕事が終わった後で、ボランティアで魔族たちの教師役を買って出てくれている。

 そんなに働いちゃって大丈夫なの? と心配になるレベルよ。


「素晴らしいぃいいッ!」


 ワイズおじいちゃんは、私の手を取って雄叫びのような声を上げた。


「はぇっ!?」


 私は呆気に取られる。


「魔族の教育レベルが上がれば、人間たちの技術を取り込みやすくなります! さすれば、社会全体の生産性が向上して、より豊かな社会が実現できましょう!」

「教育レベルの向上? ま、漫画で……?」


 前世のお父さんから、漫画なんて読むとバカになるとさんざん罵倒されてきたので、意外だった。


 魔族には、原始的な生活をしている種族も多いから、読み書きができるようになるだけで、もしかして、だいぶ変わるのかしら……?


 う〜ん、漫画を読むのは、悪いこと、不良のやることだと思っていたのだけど、もしかしてこの世界では違う?


「アンジェラ様が、人間の画家に投資するとおっしゃられた時は、意味がわかりませなんだが、こういうことだったのですな! いきなり実用書のような難しい書物を与えたのでは、ハードルが高すぎますからな!」


 あら、ワイズおじいちゃんってば、完全にスイッチが入っちゃってるわ。


「しかも! 内容が初代魔王様を称賛するものになっている点が、最高に痺れますぞ! これはアンジェラ様への忠誠心と、魔族全体の結束を高める効果も期待できます! まさに一石二鳥、いや、一石三鳥の妙手ぅうううッ!」

「えっ、私はただ、漫画を一緒に語れるオタク友達が欲しかっただけなんだけど……」


「ご謙遜を! アンジェラ様の深遠なる智謀に、このワイズ、感嘆するばかりでございます! これはまたしても大革新ですぞぉおおおッ!」


 あまりの絶賛ぶりに、若干引いてしまう私。まあ、モフモフの白い体を感動で震わせるワイズおじいちゃんは、巨大なぬいぐるみみたいで可愛いから良いけど。眼福、眼福。


 ……とっ、いけない、いけない。気を抜きすぎると悪のカリスマとしての威厳が損なわれるわ。

 ここからは気を引き締めて、遠大な計画を推し進める『魔王モード』よ。


「……ふふっ、それで」


 私は優雅に微笑み、声のトーンを一段落とす。


「例の件……【大地の聖女】に関する情報は、何か掴めたかしら?」


 ゲームのシナリオ通りなら、そろそろ表舞台に現れるはずなんだけど。


「はっ! ヴェリディア公国の公女ユリシア殿が、【大地の聖女】に選ばれたという情報が入ってきており、現在、真偽を調査中です」

「あっ、ソレ本物よ。すぐに勇者王ディルムッドが、自分の妃に迎えようとするわ」

「はっ? な、なぜ、本物であると……?」


 ワイズおじいちゃんは目をパチクリさせた。


 聖女は神によって選ばれる。

 だから、自分こそ聖女! 我が娘こそ聖女! と虚偽の名乗りを上げる者が多かった。


 それで、うまく勇者王を騙せれは、アステリア聖王国の中枢に迎えられて、権力を握ることができるからね。

 だから、真偽の確認には、慎重になる必要がある。


「それに妃とは、どういうことですかな……?」

「大地の聖女ユリシアはね。勇者王ディルムッドの息子、レオンの恋人なの。聖女は10代を過ぎるか、勇者以外の男性と結ばれると、聖女の力を失っちゃうのよね。だから、無理やり息子から奪おうとするの」


 私は得意になって、ゲームシナリオを解説した。


 ゲームのプロローグは、この非道な仕打ちに激怒したレオンが父王を暗殺し、ユリシアを取り戻して新たなる勇者王となる、というモノだったわ。


 勇者王ディルムッドは、愛人ヘレナのために民に圧政を敷く、暴君だった。その上、正義漢の息子レオンを毛嫌いしていた。

 勇者王がユリシアを奪うのは、そんな息子レオンへの嫌がらせのためでもあるのよね。


「なるほど。【大地の聖女】殿が、レオン王子と恋仲なら、これを機に王位と勇者の力をレオン王子に継承せよ、という機運が国内で高まる筈。それを嫌っての暴挙ですな」


 ワイズおじいちゃんは顎に手をやってしかめ面になる。


「それにしてもアンジェラ様もお人が悪い。ロイド商会を通じて、すでにそこまで掴んでいらっしゃっていたとは……」

「ふっ、ワイズの下僕である犬たちからの情報による裏付けが欲しかっただけよ。あなたの情報収集能力を、私は高く評価しているわ」

「は……っ! ありがたき幸せにございます!」


 ワイズおじいちゃんは感激した様子で、その場に片膝をついた。

 狼獣人である彼は、犬を使役することができ、犬たちを使っての情報収集を得意としていた。


 番犬を屋敷に置いている貴族なんかは、ワイズにとって情報収集の格好の的だわ。


「ふふっ、これは【大地の聖女】を手に入れるまたとないチャンス……よし【水の聖女】として、王宮に行くわよ!」


 【水の聖女】の肩書きが、こんなところで役立つとはね。

 ちょうど、ロイド商会を通じて、【水の聖女】様をお招きしたいという要求が、勇者王から再三されていたから、簡単に王宮に潜り込めるわ。


「勇者王とレオン王子の不和を利用なさるのですな。さすがはアンジェラ様! 【大地の聖女】を確保できれば、大魔王様の復活に一歩近づきますぞ!」

「その通り! 花嫁を勇者から奪う大作戦開始よ!」

「ははっ!」


 ワイズは、その場にうやうやしく跪いた。


※※※


 そんな訳で、私は【水の聖女】に扮し、馬車に乗って聖王都に向かった。聖女らしい清楚な白いドレスに身を包んでいる。

 御者を務めるのはロイドで、今回は、彼と2人旅ね。ヴェロニカは、万が一にも魔族とバレると厄介なので、お留守番してもらっていた。


 う〜ん、しかし……道中で見かけた人々が皆、痩せこけて顔色が悪いのは、一体全体どういうことかしら?


 これがゲームで何度も訪れた、あの華やかな聖王都へと続く道だなんて信じられないわ。


 私がばら撒いた【エリクサー】で黒死病の流行は収束に向かっているはずなのに……民衆は、それ以前から相当な貧困にあえいでいたみたいね。

 

 聖王都の広場に到着すると、異様な光景が目に飛び込んできた。

 さらし台に、傷だらけの老人が鎖で繋がれ、うめき声を上げている。


 傍らの看板には、こう書かれていたわ。


『この者、財務大臣の要職にありながら勇者王陛下への批判を繰り返したため、見せしめとして晒し刑に処す』


 ……言葉を失ったわ。

 思わず目を背けたくなるような惨状。ゲーム開始前の聖王都って、こんな世紀末みたいな状況だったの……?


 これをわずかな期間で立て直したゲーム主人公のレオンって、やっぱりすごかったのね。


 その時、馬車が突如、ガクンと急停止した。


「ぶっ!?」


 私は座席から投げ出されて、壁とキスする羽目になった。


「なんだお前らは!?」


 ロイドの鋭い声が飛ぶ。


「……ロイド商会の会長、ロイド・アシュベリーで間違いないな?」


 見れば、フード付きのマントで顔を隠した十数人の男たちが、馬車の前に立ち塞がっていた。殺気に満ちた尋常じゃない雰囲気よ。

 

「……そうだが? なんだ兄さんたち、白昼堂々と強盗か?」


 男たちはロイドの軽口には応じず、無言でマントの下からボウガンを取り出した。統率された動きで、ロイドに向かって矢を一斉発射する。


「って、おい!?」

 

 ロイドはとっさに御者台から飛び降り、地面に転がった。


【氷壁】(アイスウォール)!」


 私はロイドの前に、巨大な氷壁を出現させた。殺到した矢は、すべてその分厚い氷に弾かれる。


「車内から防御魔法……!?」

「凄腕の護衛を雇ったか」

「想定内だ。確実に仕留めろ!」


 男たちは驚きはしたものの、すぐさま抜剣し、地面に転がったロイドに殺到する。


「お前ら、殺し屋か!?」


 ロイドも即座に剣を抜き、応戦の構えを取る。

 私は馬車から飛び出しつつ、男たちに向かって冷凍波を放った。


【氷結陣】フリージング・フィールド!」

「……むッ!?」


 魔法は男たちを捉えたが、意外なことに凍結には至らなかった。彼らはとっさにマントで身体を覆い、冷気を防いでいる。

 あのマント……かなり高度な魔法耐性が付与されているみたいね。レアアイテムの類?


「助かりましたアンジェラ様!」

「アンジェラ……だと? 【水の聖女】か!?」


 凍傷を負いながらも、男たちが驚愕の表情で私を見つめる。


「ふん、そうよ。私こそ水の聖女アンジェラよ!」


 出し惜しみはしない。私は【絶対零度剣】(アブソリュートゼロ)を瞬時に生成し、煌めく切っ先を男たちに向けた。

 

 間違いないわ。装備といい、身のこなしといい、この男たちは……凄腕の殺し屋だわ。


 ああ……凄腕の殺し屋! なんて魅力的な響き! 一度でいいから、本物の悪の組織である彼らに会ってみたかったのよ!

 

 そんなプロフェッショナルたちから、今まさに警戒の眼差しを向けられている私……最高に痺れるじゃない!


 できれば、彼らも捕まえて私の奴隷にしたい! 「次の標的ターゲットはこの者よ」なんて、玉座から優雅に指示を出してみたいわ! これぞ悪のカリスマって感じで、めっちゃ憧れる!


「あなたたちは殺し屋ね? 私たちに刃を向けたことを後悔させてあげるわ」


 内心の感動を押し隠し、私は大物っぽく悠然と微笑した。

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