13話。倒して奴隷にした冒険者たちから感謝される
「……我らの窮地を救ってくださり、深く感謝いたします」
頭を垂れて、ゴルドは私に臣下の礼を取った。
「まさか、自ら救援に駆けつけてくださるとは……! この恩義、忘れません!」
掛け値無しの感謝と尊敬が、彼の瞳から溢れている。
あ、あれ……?
私は激しく混乱した。
ゴルドは、最後までアンジェラを認めず、魔王に取って代わろうとするキャラだったのに、どうしちゃったの?
自らの首を狙う危険な配下を、「おもしろい!」と言って泳がせる巨悪ムーブを楽しもうと思っていたのだけど……?
「……礼など、不要よ。これからも、もし私が魔王にふさわしくないと感じたら、遠慮なくこの首を取りに来るといいわ」
私はそう言って、自分の首元をトントンと叩く。
「この私に正々堂々と挑んでくるその気概を、私は評価しているのよ」
原作では、ゴルドは魔王アンジェラに拝謁する度に、お約束のように戦いを挑んでくるキャラだった。
その反骨精神を余裕綽々で受け流し、他の四天王の前で格の違いを見せつけるアンジェラが、すごく格好良かったのよね。
……あっ、あれができないなんて、冗談じゃないわ。
「……なんと!」
ゴルドは息を呑んだ。
「いえ、今回のことで思い知りました。俺は魔王アンジェラ様の足元にも及ばないと!」
「えっ、肉体的な強さこそ絶対と言い切るあなたが……?」
ゴルドがアンジェラを侮るのは、魔法よりも筋力の方が優れていると信じているからよ。
『非力な小娘に頭など下げられるかァ!』って、原作ではギリギリ歯ぎしりしてたじゃない! ど、どうしちゃったのよ!?
「パワーこそ全てだ! と言って、この私に挑んで来なさいよ! 魔王になりたいんでしょう!?」
「いえ、俺は女房と仲間を人質に取られ、手も足も出ませんでした。この窮地を脱することができたのは、アンジェラ様のおかげ……」
ゴルドは、どこまでも澄み切った、一点の曇りもない瞳で私を見つめてくる。
「この俺1人の力では、どうにもなりませんでした!」
「そ、そう……」
どうやらゴルドを説得するのは、難しいみたいね。配下から崇拝されるのは良いのだけど、複雑だわ。
「……でも、あなたの考えも間違いだとは思っていないわ。これからも、もし私が間違っていると思ったら、遠慮なくぶつかってきて頂戴。もちろん、オーガ族流の流儀でね」
そこで、私はなんとか抵抗を試みた。
オーガ族流の流儀とは、すなわちタイマンでの決闘よ! これで少しは反骨心を刺激できるはず!
「……や、やはりあなた様は偉大なお方だ! 主君が道を違えたら、お諌めするのが忠と申されるか!? しかも、我らオーガ族の誇りを! 流儀を! 尊重してくださるとは! ははーっ! この【城砕き】のゴルド、命尽きるまで魔王アンジェラ様に絶対の忠誠を誓います!」
「は……っ?」
ゴルドは感極まったのか、さらに深々と頭を下げた。
ダ、ダメだ、もう手遅れよ。
忠誠心が振り切れて、崇拝の域に突入しちゃってる……!
「ふむふむ。なるほど……冒険者を一人だけ逃がしたのは、抑止力として人間どもにアンジェラ様への恐怖を植え付けるためですな? さすがはアンジェラ様。魔族を狩ろうなどという愚か者が出ぬよう、先を見越した一手……実にお見事でございました」
その時、どこからともなく老獪な声が響いた。
見れば、オーガ族の少年が通信用水晶玉を掲げている。ああ、ワイズおじいちゃんに繋がってたのね。
「そうよ、この私、魔王アンジェラの恐怖伝説を、人間どもに骨の髄まで刻み込んでやるのよ!」
私は得意になってふんぞり返った。
抑止力というのは、なんだかよくわからないけど、賢いワイズおじいちゃんは私の考えをわかってくれているみたいだった。
「オーガ族を救うだけでなく、魔族全体の安寧という大局を見据え、数手先まで読み切って行動されておられるとは! まさに慧眼! そう抑止力(相手に有害な行動を思いとどまらせる力)こそが肝要なのです!」
「はっ、数手先……?」
何のことかしら? このおじいちゃんは、すごく長生きして賢いためか、ときどき、よくわからないことを言うわ。
まぁ、でも四天王筆頭に任命した彼から褒められるのは良いことだし、ここは素直に喜んでおきましょう。
「ふふっん! そうよ、すべては偉大なる【人類奴隷化計画】の実現のために!」
「じ、【人類奴隷化計画】だと……!?」
冒険者たちが、愕然とした。よし、狙い通り!
悪のカリスマたる者、ときどき意味深な計画名をポロッと漏らして敵をザワつかせるものよ。
教科書通りにやってみると、効果はてきめん! 捕虜の冒険者たちが面白いように動揺しているわ。
「なっ、なんだそれは……!?」
「一体、何を考えていやがる!?」
「ふっ、それをあなたたちが知る必要は無いわ」
だったら言うなよ、というツッコミが入りそうだけど、ここぞとばかりに、私はドヤった。
冒険者たちから浴びせられる恐怖の視線が、心地良いわ。そうよ、これよ、これ!
思わせぶりな悪の計画を進めている魔王ムーブは最高だわ! 気持ちぃいいッ!
「さすがはアンジェラ様! このワイズ、これからもアンジェラ様の理想の実現のために、お力添えいたしましょう!」
「この俺も! アンジェラ様のためならば、いかなる敵も打ち砕いてご覧に入れます!」
四天王2人から賞賛されて、私はさらに気分が良くなった。
「なっ、なんてことだ……世界はお終いなのか……」
逆に冒険者たちは、ビビりまくる。
「アンジェラ様! ご命令通り、【エリクサー】を用意してきましたぜ!」
そこへ、馬に乗った一団が土煙を上げて村に駆け込んできた。私が奴隷にした元Aランク冒険者のロイドたちよ。
「こっちよ! 早く怪我人の治療をして頂戴!」
手を振りながら、パチンと指を鳴らして、【氷結】の魔法を解除する。すると、氷漬けにされていた冒険者たちとオーガ族の人質たちが、一斉に息を吹き返した。
「あれ……?」
「おっ、お前! 助かったんだな!?」
「あっ、あんた!?」
ゴルドは奥さんに駆け寄って行って抱き合う。
【凍結】状態から復活した者たちの大半は、何が起こったかわからず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「魔王様が我らをお救いくださったのだ!」
「……ッ! 魔王様! 感謝いたします!」
ゴルドの一声で、復活したオーガ族たちは状況を理解し、一斉に私に平伏した。
馬から降りたロイドたちが、彼らに手際よく【エリクサー】を配っていく。
「私は当然のことをしたまでよ。それよりも、この【エリクサー】で傷を癒しなさい」
「なっ、なんとお優しき、我らが魔王様!」
「あんた! このお方に逆らうなんて、もう絶対にしちゃいけないよ!」
「わ、わかっているとも! 今、まさに生涯の忠誠を誓ったところだ!」
奥さんにこっぴどく叱られて、ゴルドはバツが悪そうにしている。
あらあら、尻に敷かれてるのね。ちょっと微笑ましいじゃない。
「さ〜て。あなたたちは治療を受ける前に、私と奴隷契約を結んでもらうわよ」
私は戸惑う冒険者たちを睨み付けた。
治療して元気になった途端、また襲い掛かってこられちゃはたまらないからね。
「……お、おい、あれは本物の【エリクサー】か!?」
「まさか……あ、あの人は、ロイド商会の会長、ロイドさんじゃねぇか!?」
「ロイド商会って、あの【水の聖女】様の【エリクサー】を販売している!?」
「ってことは、【水の聖女】様も、この魔王と関係が……? え、どうなってんだよ、一体!? わけわけかんねぇよ!」
冒険者たちがざわめき出す。
オーガたちの重傷が瞬時に癒えるのを目の当たりにし、これが本物の【エリクサー】だと確信したみたいね。
それに、ロイドの顔を知っている者もいるみたいだわ。
「ああ、そうだ。俺を知っているようだな」
ロイドが、やれやれといった様子で冒険者たちに向き直る。
「知ってるも何も! ロイドさんは俺たちの命の恩人です! 無料で【エリクサー】を分けてくださらなければ……俺の家族も、村も……黒死病で全滅していました!」
冒険者のリーダー格らしい屈強な男が、深く腰を折った。
「ここにいる仲間の中にも、黒死病で死にかけた奴が大勢います!」
「はい! いつかロイドさんと【水の聖女】様に、直接お礼がしたいとずっと思っていました!」
他の冒険者たちも口々にお礼を言い募る。彼らは、ロイドをまるでヒーローであるかのような熱い眼差しで見つめた。
「よしてくれよ。俺はアンジェラ様の命令に従ったに過ぎないぜ。礼を言うなら、アンジェラ様に言ってくんな」
ロイドは肩を竦めて、私を示す。
「は? アンジェラ様って……おい、まさか、ロイドさん、あんた、この魔王の奴隷だとでも言うのか?」
「おうよ、その通り」
ロイドは、普段からずっとしていた手袋を外した。そこには、奴隷であることを示す刻印が浮かんでおり、冒険者たちは驚愕に固まる。
「……そ、そんな嘘だろ!?」
「お、おい、ちょっと待てよ。たしか、【水の聖女】様のお名前も……アンジェラ、じゃなかったか?」
冒険者たちの視線が、混乱と疑念に揺れながら、私とロイドの間を激しく往復する。
「ハハハハッ! 驚いたろ。聖王国を黒死病の魔の手から救った【水の聖女】様とは、誰であろう、ここにいらっしゃる我らが魔王! アンジェラ様ご本人ってことだ!」
「はっ、はぁ……!?」
冒険者たちは、衝撃を受けた表情で完全にフリーズした。口をアングリと開け、目が点になっている。
「ど、どういうことですか?」
「その小娘は【人類奴隷化計画】とかほざいてる、やべぇ奴じゃ……!」
「どうもこうも。この私、魔王アンジェラと、あなたたちが【水の聖女】と呼ぶアンジェラは、同一人物ということよ」
私は仕方なく説明することにした。
「……聖女なんて呼ばれるのは、不本意なんだけどね」
今更、撤回もできないし、魔族たちは、これも私の計画の一環だと勘違いしていた。
だから、仕方なく水の聖女ムーブを続けることにしたわ。
「んなバカな!?」
「デタラメを言うんじゃねぇ! あの神にも等しい【水の聖女】様とお前が同一人物なものか!?」
「ふん! あなたたちが信じるかどうかなんて、どうでも良いことよ! とにかく、あなたたちに奴隷になってやってもらいたい仕事は、【エリクサー】の輸送よ!」
「……なぁっ!?」
「魔族は人間の街には行けねぇからな。俺らが生産した【エリクサー】を輸送してくれる人員が欲しいのさ」
ロイドが捕捉してくれた。
冒険者たちは、呆然自失としている。
「そうよ! ロイド商会はずっーと人手不足で……! 病気で苦しんでいる人たちに【エリクサー】が、全然行き届いていないわ! もうめちゃくちゃ注文が入っていて、てんてこまいなのよ!」
ロイドたちが、自主的に休日を返上してサービス残業も厭わずに働いてくれているため、なんとかなっている状態だった。
捲し立てる私の前に、冒険者のリーダーが跪いた。
……あっ、あれ? この人、何しているのかしら?
「あなたが……い、いえ、あなた様が……! 俺の仲間と家族を救って下さった【水の聖女】様だったのですね……!」
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