1話。病弱少女は魔王に転生して、悪のカリスマヒロインを目指す
「ぁああ……もっとゲームがやりたかったなぁ」
病室の天井を見上げながら、私はこれまでの15年間の人生を思い返していた。
意識が徐々に薄れていき、何も感じなくなっていく。
『ゲームや漫画などで遊んでいる暇があったら、1問でも多くの過去問を解け! 不合格など我が家の恥だぞ!』
お父さんから、私はそう厳しく勉強をさせられてきた。
第一志望の女子高に合格さえすれば、好きなだけゲームと漫画を楽しんで良いと約束されて。
でも、合格と同時に難病にかかり入院生活を余儀なくされた。
……ちょっと、ちょっと待てぇええ……ッ!
それじゃ、これまでの私の苦労はなんだったのよ!?
最初は、お父さんはすごく心配してくれたんだけど……
私が回復の見込みがなく、余命いくばくも無いと知ると、パタリとお見舞いにやってこなくなった。
合格祝いのポータブルゲーム機を与えられて以来、顔も見ていないわ。
あぐうぅううっ……! と、取り戻さなくては、これまでの禁欲生活を……!
この身が、この手が動く限り! 最後の瞬間まで、ゲームで遊びまくるのよ!
そう決心した私は、セットでプレゼントされたRPGゲーム【ルーンブレイド】にのめり込んだ。
具体的には、ラスボスとして登場する美少女魔王アンジェラの生き様に魅了されたのよ。
彼女は誇り高く、自由に生きていた。
人間を奴隷にしてこき使い、気に入らない者は叩き潰し、贅沢な暮らしを謳歌し、どんなピンチにも優雅に高笑いして見せる。
それでいて、大勢の配下に崇拝されていた。
お父さんの言いなりになってきた良い子ちゃんの私とは、正反対の自由でカッコいい女の子……
最後に勇者に打ち倒される瞬間まで、魔王アンジェラは誇り高く悪の美学を貫いて見せた。
あぁっ、彼女の生き様こそ、私の理想よ。私も、もっと自分に正直に生きれば良かったわ。
「……も、もし生まれ変わることができたら。私もアンジェラのような悪のカリスマヒロインになりたいな……」
来世があるなら、今度は誰に何を言われようとも、自分のやりたいことを思い切り楽しんで自由に生きたい。
その強烈な願いと共に、ポータブルゲーム機を胸に抱いたまま、私の意識は闇に沈んでいった。
☆☆☆
……以上のような前世の記憶を、私は岩に頭をぶつけた瞬間に思い出した。
「おごぉうッ!?」
視界に星が飛んで、痛みと衝撃にクラッとする。
なにせ、馬車が横転して外に投げ出されての大激突よ。
沈黙すること数秒……
私の全身に歓喜がみなぎった。
「大丈夫でございますか、アンジェラ様!?」
「やったぁわあああああッ!」
「……ええっ!?」
血を噴き出しながら飛び跳ねる私に、駆けつけてきた侍女のヴェロニカが唖然とした。
今の私は魔王ベルフェゴールの1人娘アンジェラ、年齢は15歳。
そう、病室で毎日やり込んだ大好きなゲーム【ルーンブレイド】の世界に──それも憧れのアンジェラに気付いたら転生していたのよ。
……昔から、なにか見聞きする度に、以前から知っているような不思議な感覚を覚えることがあったわ。
それがまさか前世で、この世界をゲームとして体験していたからなんて……! ラノベや漫画でお馴染みの異世界転生が自分の身に起きるなんて、驚きというか、感動だわ!
「アンジェラ! 今の私はゲーム開始前の魔王アンジェラね!?」
自分の身体を見下ろせば、貴族っぽいゴシックドレス姿だった。
フリフリのフリルスカートが、かわいいじゃないの。
血と泥で、盛大に汚れてはいるけれど。
「まさか、ご乱心!?」
「しっ、失礼ね。私は正気よ!」
思わずヴェロニカに言い返してしまったけれど、今はそれどころじゃないわ。
「ヒャッハー! アレで死なねぇなんて、やっぱコイツらは相当な上位魔族だぜぇ!」
「ぶっ殺して魔石を手に入れれば、俺たちは大金持ちだぞぉおおッ!」
馬に乗った十数名の荒くれ者たちが、私たちに弓矢を射掛けてきていたのよ。
馬車が横転したのも、彼らが爆裂魔法で奇襲を仕掛けたからだった。
「ぬぁ……!?」
体験したことの無い強烈な殺意を向けられて、思わず足が竦んでしまう。
ゲーム【ルーンブレイド】では魔族を倒すと、高価なアイテムの材料となる魔石をドロップした。
それはこの世界でも同じみたいね。
強力な魔族ほどレアな魔石を落とすから、あの人たちにはきっと、私たちが金塊に見えているのだわ。
「アンジェラ様、お下がりください! この私が命に代えてもお守りいたします!」
短剣を構えたヴェロニカが私を守るべく立ちはだかり、矢をことごとく叩き落とした。
こ、この人間離れしたアニメキャラみたいな動き……そう、ヴェロニカは吸血鬼だわ。
うわぁああっ、感激よ!
私は間違い無く【ルーンブレイド】の世界にいるんだわ。
「……って、そう。これはきっと魔王アンジェラの過去イベントね!?」
今の私には、アンジェラとして生きてきた15年間の記憶があった。
アンジェラは、人間とは決して関わってはならないと、魔王である父親から厳しく言い聞かされて育った。
しかし、超わがままな性格で、強大な魔力を持って生まれたアンジェラは自分の力を過信し、立場の弱い侍女ヴェロニカに命令して、人間の街にお忍びで出かけたのよ。
人間と魔族の最大の違いは、瞳の色。魔族は赤い目をしているのが特徴だった。
私とヴェロニカの場合、それ以外の身体的特徴や外見は、人間とまったく同じだったわ。
なら赤目であることさえバレなければOKと安易に考えて、大きな帽子で顔を隠しての冒険だった。
その結果、今、こうして帰り道に襲撃されている。
カッコいい悪のカリスマヒロインも、最初はおバカな失敗をしていたのね。
「おっ、お逃げください、アンジェラ様!」
肩と足に矢を受けたヴェロニカが、懇願するように叫んだ。
吸血鬼であるヴェロニカは、太陽の下では弱体化してしまうため、普段より動きに精彩を欠いていた。
「ヴェロニカ!?」
……ゲームシナリオでは確か、ヴェロニカはここでアンジェラを守って命を落とすのだったわ。
運悪く岩に頭をぶつけたアンジェラは気絶し、殺されかける。その寸前で、魔王である父親──お父様に救われるのよ。
そう、前世の私のお父さんと違って、この世界のお父様は、私を心の底から愛してくれていた。
だって、愛する娘を人質に取られたお父様は手も足も出せず、命を落とすんだもの。
アンジェラはこれが切っ掛けで、人間への復讐を決意し、1年後から侵略戦争を開始するんだっけ……
う、うわっ、ヤバいなんて、もんじゃないじゃない。
「……だけど、私は今、気絶していないわ!」
きっと私が前世の記憶を取り戻したおかげね。
それでゲームシナリオにわずかな狂いが生まれたのだわ。
敵は強面の男たち。一瞬、恐怖に身体が硬直したけれど……
大丈夫。ラスボスであるアンジェラに生まれ変わった私の敵じゃ無い筈よ。
「ヴェロニカ、巻き込んでごめんなさい! 私の配下を傷つける者は、誰であろうと許さないわよ!」
「……えっ、ええ!?」
私は勇気を振り絞って、前に出た。
悪のカリスマヒロインに生まれ変わったからには、それにふさわしい誇り高い態度を取らなければね。
どんなピンチであろうとも、優雅に高笑いして見せる。
敵対してきた者は容赦なく叩き潰し、自分の配下を守り抜く。
それが、カッコいい悪の美学というものよ。
「ひゃはッ! いただき!」
「【氷結】!」
私は魔法で冷凍波を放ち、ヴェロニカに槍を投げつけようとした男をカチンコチンに凍らせた。
「……ッ!? ロイドが一撃で!?」
「や、やったぁああああ! 私にも魔法が使えたわ!」
自身の身体にみなぎる絶大な力に、高揚を禁じ得ないわ。
病弱だった前世とは正反対じゃないの。
男たちが放つ矢が、まるで止まっているように見える。
私は高速の手刀で、ヴェロニカと自分を狙う矢をことごとく叩き落とす。
なんか、頭の怪我もいつの間にか癒えてきているようだし……
この身体、すごい、すごすぎるわよ。
さらに私は反撃の【氷結】で、敵3人をまとめて氷漬けにした。
うん、魔法の扱いにも慣れてきたわ。
「なにぃ!?」
「散れ! あの小娘、とんでもねぇ魔法の使い手だぞ!」
後続の男たちが真っ青になって、散開する。
固まっていたら、魔法の良い的になるものね。
「ふっふん! 当然よ、私は【氷獄の冥姫】アンジェラよ!」
喜びのあまり、私は胸を反らして叫んだ。
これこれ! このセリフは一度は言ってみたかったのよね。
病院じゃ同好の士なんていかなったし、アンジェラのコスプレをするのも夢で終わったわ。
「愚かなる人間ども。我が氷の魔力の前にひれ伏すが良いわ!」
もう超ノリノリで、ビシッと指を突き付ける。
ああっ、気持ちいい。脳汁がドバドバ出るわ。今、私は夢を叶えていた。
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