第3話 推しの才能
ー ヨンチョン高等学校3年4組の教室にて ー
『……あれ…?俺、どっかやっちゃったか…?』
自分の机の引き出しを何やらガサゴソと漁るジュンソ。
そこに同じクラスの女子生徒が近づいてくる。
『ジュンソ!ねえ、また受賞したんでしょ!すごいね!』
『……あぁ!ありがとう!』
『ジュンソすごいな〜ほんとに。はい、これプリント!』
『…これって提出いつまでだっけ?』
『あ、今日の放課後までだって!』
『放課後ね、了解。サンキュー』
女子生徒がうなずいて離れていくと、ジュンソはまた机の中に視線を戻す。
『…おかしいなーー。俺あのとき引き出しにしまったはずだよな。』
顔をあげたジュンソが不思議そうな表情をする。
ーーーーーー
「はいカットーーー!」
監督さんの声かけにふっと力が抜けてくる。
……よし!初めての演技だけど、意外と自然にできてたんじゃない?!
私なりにアドリブを効かせてみたら、ジェヒョンさんも合わせてくれて…
なんか本当にわたキャンの中の一員になれたみたいで嬉しい…!
「ちょっとちょっと、F役の子ーー!」
監督さんたちがそう言いながら近づいてきた。
「はい!」
「なーんで台詞勝手に変えんの?ここは、『ジュンソ、はいプリント』『サンキュー』だけでしょー。」
「はい…!す…すみません…」
「そんなにやりとり発生しなくていいんだよここはさー勝手なことされちゃ困るんだよー」
「はい…!すみませんでした…!」
まずいことをしてしまった。
そうか、そうだよな、勝手に変えるなんて不躾なことをしてはいけないんだ。
そう思って、すぐさま監督さんたちに頭を下げたところでジェヒョンさんがやってきた。
「監督、僕は今の良かったと思いましたよ。…キム・ミョソンさん、変えてみた理由とかあったりする?」
ジェヒョンさんが私を名指しで促してくれる。
「はい、あの…ジュンソは心に影がありつつもそれをクラスメイトや周りの人たちには見せず優しく接して、みんなから慕われています。多分、プリントを渡す程度のことでも、クラスメイトとなら、きっとこんなふうにやりとりをするんじゃないかと思ったんです…。
私の役のクラスメイトも、彼のことを応援しているはずなので、さっきの声のかけ方が適切かなと、勝手に判断してしまいました、すみません。」
「なるほど…うん、いや、確かに。僕もそう思う。先生ー!今のどうでした?」
ジェヒョンさんがカメラ横にいる女性に呼びかける。
「うん!私も同意ですー!」
「ですよね!ありがとうございます!…脚本家さん的にもああ仰ってますし、監督、どうでしょう?」
「…うん、まあ…そうだね、うん。今のでもこのあとの台本に影響は無いし、良いか。まあでも、キム・ミョソンさん?だっけ?次からは絶対勝手に変えないで、許可取ってからにして。じゃ再開でー!」
「…!すみませんでした、ありがとうございます!」
監督さん、ジェヒョンさん、脚本家さん、それぞれに向かってお辞儀をする。
…良かった。
いや、中断までさせて迷惑をかけてしまったから、本当は良くないことだけど、私の解釈を採用してもらえた気がして、すごく嬉しくて、顔が笑顔になりそうなのを一生懸命我慢する。
けど………緊張した〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ!
今日もビジュに後光が差していらっしゃる推しを目の前にして、自分としては演技をよくやり遂げられた方だと思う。
顔がほころびそうになるのを抑えるのに必死だった〜〜〜〜もぉ〜〜〜〜!
無事(?)初めての会話シーンをクリアした私は、ほっとしながら休憩スペースに向かう。
いつも見学者スタンスで飲ませていただいているこのお茶も、なんだか一味違ってきますね…なんてキメ顔で思いながらお茶を飲む。うん、美味いッ。
しばらくして、撮影がひと段落したジェヒョンさんが近づいてきた。
「ジェヒョンさん!お疲れ様です。」
「お疲れ!あのさ、さっきの台詞変更すごい良かったよ。」
「いえいえいえ!勝手に変えてしまってすみませんでした!…あ、あの、名前」
「名前?」
「はい、私の名前、知っててくださったんですね。」
「あぁ、キム・ミョソンさん、だよね。ごめん勝手に呼んじゃって。なんて呼んだら良い?」
「いえいえいえ!嬉しかったです非常に!あのもうなんでも、お好きに呼んでください、呼び捨てで全然!」
「んーじゃあ、“ミョソン”って呼ぶね。」
推しからの呼び捨てッ!!
私自身の名前の「昴」じゃないけど、これはこれで、韓国ドラマの中にいるみたいで良いッ!!
「…はい!」
「ミョソンはさ、さっきの会話のところみたいに、もっとこうなんじゃないかなとか考えてることあったりするの?」
「あ…えっと…もうご迷惑になるので台詞を変えたりはしないつもりなんですけど……」
「…なんか考えてることあるんでしょ。ぜひ聞きたいなぁ〜。」
う…推しが…見つめてきている……推しの「お願い」顔…すんごいなぁあああああああ〜〜〜〜
…こんな顔されたら…言わざるをえない…
「…あの、私も絵が好きなので、ジュンソの絵描きとしての活動に感情移入しているところがありまして」
「うんうん。」
「ジュンソは日本のサブカルチャーに興味関心があるし、彼の絵の画風からもそういう雰囲気を感じるので、実は日本でのワークショップに参加してた過去とかあるんじゃないかなー、なんて思ったりしてました。…あとは、彼はきっと自分で思っているよりも努力ができる人だから、絵の活動はずっと続けていてほしいなと思ったりしてます。ドラマの最後がどうなるかまだ分かってないんですけど、個人的には、彼は高校卒業後は海外に留学したりとかして、絵の勉強や活動を続けていってくれてたら良いな〜〜〜…なーんて…思ってたり…してます…」
…勝手に素人が推しキャラの妄想をふくらませているという痴態を、推し本人に晒してしまった。
だめだ、さすがに呆れられてしまうだろう…と下を向く。
「…すごいね。ほぼ本来の構想通りだよ。」
「え、」
「台本的には、ユラとジュンソの思いが通じたところで、二人のこれまでの歩みみたいな過去の放送シーンを並べて、これから二人がどういう風になっていくかは視聴者のイメージに任せる、みたいな感じで終わるんだけど」
「はい、」
「ここだけの話、脚本家さんとの構想段階では、本当はユラの海外移住とはまた別に、高校卒業後進学せずに働き始めたジュンソが資金を貯めて、また絵を描くために海外に拠点を移すっていう想定があったんだよね。ユラもジュンソもそれぞれ別の場所で、お互いがお互いを心の支えとして頑張る、みたいな。…まぁでも、最後は二人が一緒にいないと視聴者ウケ悪いだろってなって削られちゃったんだけどね。」
「な…!」
「それに、ミョソンが言ってくれた日本のワークショップに昔行ったんじゃないかってのも、本当確かに。ジュンソの父親は変なところで放任主義だから高校生のジュンソのことを平気で日本に行かせると思う。だからジュンソが行きたがって日本のワークショップに参加してそうだよね。いや、してたな絶対。」
ははは、と微笑みながらジェヒョンさんが話してくれた幻の結末が……良すぎる。
良すぎるだろ…。
ユラも、ジュンソも、20歳そこらなのに異国の地で、お互いを想って頑張って…
「と…尊すぎますッッッ!」
「え?」
「そのラスト良すぎます!!!それぞれにずっと大変なことや悩みがあったから、それらが終盤で解消してきて、もうこれからは楽しいことばっかりを選んでもいいのに、二人とも、自分を大事にしていくために選択したことを頑張ろうって決めて、その上、好きな相手の選択を尊重して…そんな…そんな二人だから私は、わたキャンが大好きで…!」
抑えきれない思いを早口で吐き出しているそばから涙目になってきてしまう。
「…うん。」
「私、『私たちのキャンバス』を知れたのが本当に嬉しいです。ジェヒョンさん、ありがとうございます!」
「…そう思ってもらえてるなんて。光栄だよ。」
「あぁもう、ほんとに…本当に、二人は良い子達で。きっと彼らの高校生活は、彼らが思うよりもずっと、周りの人にも恵まれて幸せな日々なはずです。確かに敵設定のキャラはいますし、敵キャラ自体はキーパーソンではあるんですが、身近なクラスメイトなんかは、嫉妬とかしないで、きっと二人のことを応援しているはずです。…私が、私が同じクラスだったら絶対そうしていると思います!」
「…!」
わたキャン愛が溢れて、推しの目をガン見しながら熱弁してしまったことに気付き、瞬時に猛省する。
「…すみません!ちょっと熱く語りすぎました…」
「…いや、確かに。ジュンソは男女問わず友達がいるに決まってるよな…!そうだよ!ミョソンが今やってくれてるクラスメイトを、もっと仲の良い女友達という設定にした方が良いな!」
…ん?
「ストーリーに影響は出ないと思う。ていうか影響の出ない範囲で、ジュンソやユラのキャラがより見えてくるような台本修正ができるよな…」
「え、いや、あの、ごめんなさい自分で言っておいてなんなんですが、私演技全然できないのでちょっとむずか」
「大丈夫!絶対作品としてもっと良くなるから。よし。ミョソン、本当にありがとね!じゃぁまた!」
「いや!あの!…」
呼びかける間も無く、ジェヒョンさんは歩いて行ってしまわれた。
私を友達役にするって言ってたぞ…?
私を、友達役に?!?!?!
なんてこった…どうしよう…台詞増えたらやばいじゃん…!
いやでも、さっき私が台詞変えた時、監督さんかなりお怒りだったし、絶対採用ってなるわけでもないか…。
うん、そうだよね…。多分無いな、うん。
と、なんとか自分を落ち着けて、さっきジェヒョンさんからこっそり教えてもらったわたキャンの幻のラストを思い返す。
こんなにも素敵な物語を生み出してくれている推しと、その周りの方々…。
ありがとうございます、ありがとうございます…。
しかも、推しと非常に有意義なトークもできまして…!
わたくし、本日も信じられないくらい幸せです…!
*
いやー、裏設定が分かると、撮影シーンが2度美味しいな…などと考えながら撮影を楽しみ尽くし、今日も無事退勤時間となったので帰ろうとしたところでスタッフさんに呼び止められた。
「こちら改稿版の台本になるんでお渡しします。古い方は回収させてください。…ミョソンさん、すごいですね!頑張りましょうね!」
「は、はい…!」とへにゃへにゃの笑顔でなんとか答えたが、内心汗がダラダラだ。
こーーーーれはまずいことになったぞーーーー…
「…【お疲れ、ミョソン。こちらは大変なことになりました。台詞が増えてしまいました。】」
【すごい!大変かもしれないけど、作品により一層影響できると思って頑張ってみて。きっと楽しいはずだよ。】
帰宅してすぐミョソンに愚痴同然の報告をしてしまったが、彼女からの返信に励まされる。
…ミョソンはやっぱりプロなんだなぁ。
確かに、大好きなわたキャンにより一層関われるって考えると、推しドラのために精一杯頑張るって決めた私は、頑張る他ないのだ。
…よし。楽しみながら、頑張るか!
「…あ、そういえばカレンダーに【 バイト☕️ 】って入ってたからバイトのこと聞かなきゃ。」
尋ねてみると、なんと私と同じく小さなカフェでアルバイトをしているのだとか。
…なんてラッキーなの!!
慣れない演技のことでくじけそうになっていたけど、バイトはなんとかやれそうで安心した。
入れ替わってからコーヒーを淹れられてなかったから、すごく楽しみだ。
増えた台詞はどうにかするとして、まずはバイト!頑張ろう!
ここまで読んでくださりありがとうございます。
「ヨンチョン高等学校」というのは、架空のプレスリリース記事の中のあらすじ文を作るにあたり、これまたChat-GPTで「架空の韓国の高校名を考えて」と指示して選んだものなのですが、どうやらヨンチョンは実存の地名でした。なのですが、可能であれば実存の地域とは結びつけないでいただき、ちょっと田舎のおだやか進学校くらいに思っておいていただけると幸いです。
引き続き読んでいただけると大変嬉しいです!
2025.4.3. 海野