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推しからきみへ(4)




「おいおい…どうなってんだよ…」



いつも通り撮影の現場に向かうだけなのに、珍しく僕の家に上がってきたウノさんが大袈裟なため息をついた。



「なにが?」



「なにが、じゃないだろ!昨日左右バラバラの靴履いてシャツのボタン全部掛け違えてたお前が心配で様子見に来てみたら、なんだこの酒瓶の量は!」



「…寝れなくて酒飲んだんだけど、全然酔えなくて」



ソファの前のローテーブルに並んだ空き瓶達をウノさんが片付けてくれる。



「お前が寝れないなんてよっぽどだな...?何があったんだよ。」


 

信じられないような顔で僕を憐れむウノさんを前に、流星群を見た日以降のことを思い返す。





ーーーーーー




撮影期間が終わったからとすぐ休めるわけでもなく、クランクアップの次の日も雑誌撮影にCM撮影にと忙しい1日だった。


仕事終わりに、やっとミョソンの声が聞けるなと彼女に電話をかけた。

すると電話口に出た彼女は、いつも通りの声ではあるものの、少し様子が違っていた。



「ミョソン、お疲れ。昨日は大変だったよね。ゆっくり休めた?」



ー え、ああ、はい。お疲れ様です。そうですね、色々疲れました。撮影ではお世話になりました、またもし機会がありましたらよろしくお願いします。では。




淡々とそう言った途端電話が切られ、ツー・ツー・という音を聞きながら頭に「?」が浮かぶ。


…体調が悪いのかもしれない。疲れたと言っていたし、きっと初めての長期撮影がこたえたのだろう。



そう思って翌日改めて電話をかけたが、彼女は電話に出なかった。



そのまた翌日撮影スタジオでの仕事中、たまたま別の撮影にミョソンが参加しているのを見つけ、すぐさま声をかけた。

良かった、体調は少し良くなったみたいだ。



「ミョソン!お疲れ。体調どう?」



「お疲れ様です、元気ですよ。それじゃ、撮影頑張ってくださいね。」



お辞儀をして去って行く彼女を見届けながら、呆然としてしまう。



……さすがに変な気がする。

まるでちょっとした知り合いに戻ったかのような彼女の対応に僕は違和感を覚えた。



もしかして、無かったことにされてるのか?

…なぜ…?



その日は心ここに在らずという感じでそれ以降の記憶があまりない。



それから昨日は撮影をなんとかやりきったが、帰宅後眠ることができなかった。

何をしていても頭の中でぐるぐると考えが巡ってしまう。

けれど、どんなに考えても彼女がそうする理由の見当がつかないのだ。




ーーーーーー






「ほら、なんかあったなら言ってみろよ。」



粘り強くそう促すウノさんに尋ねてみる。



「…あのさ、女性の態度が急に変わるのってどんな理由があると思う?」



「…どういうことだ?具体的には?」



「恋人になったつもりだったのに、無かったことにされてるみたいな」



「は〜〜〜〜ん…なるほどな。そうかそうか。ついに国宝のお前にも恋の悩みができたわけか。ようこそこちらの世界へ。」



「…なにそれ」



「あのな、いいか?俺は伊達にお前より7年多く生きてるんだ。人生の先輩として、ウノお兄さんの言うことはよく聞いた方がいいぞ。」



「え、ウノさん理由分かるの?」



「当たり前だ。それはな、駆け引きだよ。どうせお前が気に障ることをしたんだろ。恋愛初心者のお前のことだから女性の気を逆撫でるのも当然だ。」



ウノさんが得意げになって教えてくれたように彼女にしてしまったかもしれないことを一生懸命探してみた。

しばらく考えてみるも、困ったことに思い当たる節がない…。

どうしよう、僕はなんて浅はかな人間なんだ。



「思い当たらないって顔してるがな、俺には手にとるように分かるぞ。どーせ急激にスキンシップしまくったんだろ。」



「した…と思う…」


「それだ。」


「そうなのか……」



僕はショックで固まってしまう。駄目だったのか……



「その時、相手は拒否してる感じだったか?」



「え、うーん……どうだろう…多分、嫌がってるわけではなかったと思う……僕がそう思いたいだけかもしれないけど…」



「それなら一旦押してみろ。」



「押す、って?」



「めげずに連絡しろ。その子のこと好きなんだろ?」



「好きだ」



「その子をどうしても逃したくないくらい好きなんだよな?」



「うん、逃したくない」



「だったら押すしかない。万が一揉めかけても俺がどうにかしてやるよ。ウノお兄さん、て呼んでもいいぞ?」



「呼ばないよ。けどありがとう。」



ウノさんの言葉に励まされた。



そうだ。星は必ずどこかで光っているんだ。

その星を見つけるまでの間、暗闇を歩き続けるくらいどうってことない。




気を持ち直した僕は、ミョソンに迷惑にならない程度に電話をかけたり、仕事先で見かけた時には積極的に声をかけた。

電話は繋がらず、現場では挨拶だけが返ってきたが、めげずに頑張った。



けれどしばらくして、ウノさんが唖然とした様子で言った。



「………何かあれば事務所に連絡をくれ、だそうだ…まじかよ……。」



ミョソンの態度はなぜ急にここまで変わってしまったのか。


僕は彼女を諦め切れず、せめて理由を知りたいと思った。


迷惑をかけてしまっていることは分かっていたが、僕はそれからも何回か電話をした。




数日後、奇跡的にミョソンが電話に出てくれた。



「…ミョソン!お疲れ様。電話出てくれてありがとう。少しでいいから話をさせてもらえないかな。」



ー お疲れ様です。なるほど、話があるからこんなに電話してきてたんですね。分かりました。良いですよ。



「ありがとう。……まず、クランクアップまでの僕の行いで不快な思いをさせてしまっていたのなら本当にごめん。そしてそれに気が付くことができなくて申し訳なかった。それで、こんなことを言うなんて許されないかもしれないけど、できれば、何が嫌だったか教えてもらえないか。少しでも僕に改善できることなら努力したいんだ。やっぱり僕は君が好きで、君と一緒にいたい。だから、お願いだ。何を思ってるのか聞かせてくれないか…?」



ー ……



電話口の彼女の沈黙に不安を感じるが、切られてしまわないだけありがたい。

そう思っていたら彼女が言った。



ー 今、私のことを、好きだって言いました?



「言ったよ。僕はずっと君を好きなままだ。」



ー ……国宝級とかってチヤホヤされてる、あの、ユン・ジェヒョンが?



「チヤホヤ…?」



ー もしかしてですけど、ジェヒョンさんが好きだっていうのは、コーヒーを淹れる天才で、魔法のツボ押しをする私のことだったりします?



「…そうだね。君のそういうところも好きだと思ったきっかけだよ。」



どういう質問なんだそれ、と戸惑いつつも返事をしたら、ミョソンが笑い出した。

しばらく笑いが収まらなくて僕は少し困惑してしまう。



ー すみません笑っちゃって!はぁー…意外とやるわね…。あの、すみません。おかしな話なんで信じないでしょうけど、その時の私は私じゃありません。



「…?どういう意味?」



ー そのままの意味です。もしもジェヒョンさんがその時の私にもう一度会いたいなら、騙されたと思って日本語勉強して東京のカフェに行ってください、住所送るので。それでそのカフェでコーヒーを淹れてる店員に声をかけてみてください。多分その人があなたの想っている彼女です。



頭の中が「?」で埋め尽くされて返事もできずにいると、「お礼はいいですよ」と言って彼女が電話を切った。




そこから僕は、三日間寝込んでしまった。







「まあなぁ……そりゃショックだろうよ、事務所通せなんて、そんなの完璧な拒絶だもんな。けどな、お前には振られるっていう経験も必要だったんだよきっと。」



ソファで毛布にくるまっている僕を押しのけるようにして座ってきたウノさんが言った。



「振られた…そうだよな…僕が諦めが悪すぎるから、彼女は嘘をついてくれたんだと思う…」



「嘘までつかせるなんて、ちょっと押しすぎたな。俺も悪かったよ。でも、間違っても俳優辞めるとか言うなよな?」



「……それもいいかもね…」



僕が力無くそう言うと、ウノさんの声が真剣な様子になった。



「あのな、実は俺が新人だった頃に、当時まだ社長がマネジメントしてたお前の現場を見学したことがあったんだ。その時お前の演技する姿を初めて見て、俺は決めたんだよ。キツい仕事に就いてしまったことを嘆くのはもう終わりだ、ジェヒョンをスターにするのは俺だ、って。それからしばらく頑張って、担当マネージャーにしてもらって、今までこうしてやってきたんだ。まだまだこれから、制作側でもやっていけるようになるんだろ。辞めさせたりしないからな。」



「……」



「お前がどういう人間かは俺が一番分かってる。お前はちゃんと人のことを見てる奴だ。だからお前から見て彼女が変わってしまったと思うなら、もう彼女は変わっちまったってことだ。それなら、変わる前の彼女を思い出に頑張れよ。見返してやるぞくらいにさ。」



そう言われて、流星群の夜のミョソンのことを思い出した。





『明日からもし私が変わってしまったとしても、この世界のどこかにあなた自身を好きな人間がいること、忘れないでください。』





『…本当に変わるかもしれないの。』






僕の頭の中に、一筋の光が見えた。






…まさか.........!

本当に、変わったのか………!



ミョソンの言う「その時の私は私じゃない」っていうのは、本当の意味で変わったってことなんだ……!


そして彼女はこの世界のどこかにいて、それがきっと日本のあのカフェってことなんじゃないか...?!



そんなことありえるか?…いや、普通ならありえない。


それでも。






突然起き上がった僕にウノさんがびっくりする。



「ウノ兄さん。お願いがある。」



「お、なんだ?なんでも言ってみろ!兄さんにできることならなんでも、」



「休みがほしい。」



「は?」



「明日の撮影は行くから、明後日から1週間。一生のお願いだよ、兄さん」



ウノさんがめちゃくちゃ渋そうな顔をするが、僕は構わずお願いする。



「ついでに東京行きの飛行機取っといて。明日の夜の便で」









なんとか5日ほど休みを貰って、撮影終わりに東京行きの飛行機に乗ることができた。




宿泊先のホテルの部屋に着いて大きく息を吐く。


もしかしたら本当に彼女を見つけられるかもしれないという気持ちと、今だに信じ切れない気持ちで落ち着かない。



でも、どうせここまできたのだから、やれるだけのことはやってみよう。

これで駄目だったら、もうその時は潔く諦めればいいんだ。


彼女がくれた言葉は確かに僕の中に残っている。それだけ抱えて生きていければ十分なくらいに。









興奮で眠れずにスマホの翻訳アプリを見ていたら朝になったので、準備を済ませてからミョソンが教えてくれたカフェに向かおうとホテルを出た。


マスクと帽子で顔を隠して東京の街を歩く。



日本へは俳優活動を始めてからプロモーションやファンイベントのために何度か来たことがあった。

けどプライベートで来ることも、こうして自由な時間を東京の街中で過ごすことも、中学1年の時以来で懐かしい気持ちになる。

あの時は初めて見る東京の街並みにワクワクしつつも、迷子にならないかとヒヤヒヤしていた。

大人になって、まるで迷子みたいな気分で東京を歩くことになるとは、と一人で笑ってしまう。


そうだ。僕はどこかで光っているはずの星を探して暗闇を歩く迷子なんだ。


星のきみへ会いに行くために。






電車をなんとか乗り継いで、教えてもらった住所付近に辿り着いた。

オシャレなお店の脇でエプロンをした人が立ち話していて、ここがそのカフェだと見当がつき店内に入る。



入ってみると、店内からはミョソンがバイトしていたカフェに似て落ち着きのある良い雰囲気を感じた。

まっすぐカウンターに行ってメニューを見てみると、やはりここもハンドドリップが目玉のようだ。




しばらくメニューを見ていたら、先ほど外で話していた店員さんが戻ってきた。



「お待たせしてすみません、ご注文お伺いします。」



緊張しつつも、飛行機の中で練習した通りに注文する。



「ハンドドリップコーヒー1つ」



「承知いたしました。少々お待ちください。」



店員さんはそう言って会計を済ませると、後ろのカウンターで豆を挽いてからコーヒーを淹れ出した。

…この子が淹れてくれるのか。



コーヒーを淹れるのに集中している彼女の眼差しから、ふとミョソンのような優しさを感じた。



けれど、どこかでまだ自分のことを馬鹿みたいだなと思ってしまう。

全くの別人に、ミョソンの面影を感じるなんて。



「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」



そう言って彼女が差し出したコーヒーを見て、僕の心が震えた。


ペーパーカップに、ミョソンが描いてくれていたのと同じ絵が描かれている。



まさか、と思いながらすかさずコーヒーを一口飲んで確信した。





彼女だ…






急いでマスクと帽子を取って、深呼吸する。

どうやら周りのお客さんが僕のことに気付いたようで店内が騒がしくなる。



「すみません」と声をかけると、カウンターの中から彼女が顔を出してくれた。




「はい、どうされまし——」




振り向いて僕の顔を見た途端目をまんまるく開いたその子を見て、韓国のカフェで僕に気付いた時の彼女を思い出した。



僕は一生懸命覚えた日本語で話しかける。




「すきなまんがは、なんですか?」




フリーズしていた彼女の目に涙が溜まってきて、彼女が言った。




「……………『COBALT BLUE』と、『Dancing on air』……」




やっぱりそうだ…

本当に、僕の星がここにいたんだ。


僕は今にも泣きそうなのを堪えて、笑顔で伝える。





찾을 수 있다고(見つけるって) 말했습니다(言ったでしょ)、僕の星」







その後、彼女が泣き出してしまったのに気付いて他の店員さんが集まってきた。

そして僕を見た途端大騒ぎになって、一旦彼女と一緒に僕をバックヤードに入れてくれた。


僕は「すみません」と泣く彼女の背中をさすりながら、これが現実であることの嬉しさをゆっくりと噛み締める。


少し落ち着いたところで、スマホを使って彼女と色々話をした。


彼女は木村昴という子で、美大に通う学生さんだと教えてくれた。

目の前にいる彼女の姿も、名前も、話す言葉も全く違うはずなのに、初めて会ったようには思えなかった。


やはり、ミョソンが言っていた話は本当だったのだ。



バイトが終わるまで待たせてもらって、その後一緒に食事をしながらたくさん話をした。奇妙な出来事も含めて、ここ数ヶ月の全てについて。



翌日以降も会って一緒に時間を過ごすことができたので、僕にとって今までで一番の休暇となった。

ただし、昴が僕と恋人でいることをやんわり否定してくるのを除いて。



まぁいいさ。僕の星がこの世にいるというだけで今は十分だ。暗闇よりもよっぽどいい。


きっと時間がかかるかもしれないけど、僕は押しが強いって分かったから、いつか必ず、君を口説き落としてみせるよ。


僕はそう伝えて東京をあとにした。




韓国に戻ってすぐ仕事に向かい清々しい気持ちで現場入りしたら、僕を見つけたウノさんがものすごい形相で近づいてきた。


……予想はしてたけど、それ以上に怒ってるっぽいな。さてどうやって怒りを鎮めてもらおうか。

またすぐに連休をもらいたいし、日本で部屋を借りる相談もしたいのに。




「日本でのナンパ報道を揉み消してやった俺に、今すぐ!全部!説明しろ!!!!!」




ごめんごめん、と生返事しながら僕は考える。


次に会う時は、昴にどんな美味しいご飯を食べさせてあげようかな。




ジェヒョン視点完結です!


ここまで読んでくださりありがとうございました。

ぜひご意見・ご感想いただけますと幸いです!


25.4.28. 海野

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