推しからきみへ(3)
ミョソンにどうしても時田透の『Dancing on air』を見せてあげたくて、車で送った別れ際に約束を取り付けてから映画館のオーナーさんに貸切上映のお願いをした。
僕自身もう一度見たいと思っていたのは本当だったけれど、それ以上に、恋と呼ぶだけでは足りないような主人公たちの気持ちがまるで僕の気持ちのようで、彼女に見てほしいと思ったのだ。
翌日、久しぶりの『Dancing on air』は昔見た時とはまた少し違って見えた。
エンディングの曲がやけに響いてきて、僕はずっとミョソンのことを思い描いてしまう。
映画の上映が終わり、泣いていたミョソンが少し落ち着いたのを見計らって声をかける。
僕の顔を見た途端また一層泣き出したのでどうしたのかと焦ったら、僕ではなく“ジュンソ”を想って泣いてしまったらしい。
作品から受け取ったものをそのまま消化し素直に感情にしている彼女を見て、やっぱりこの子と一緒に見ることができて良かったと思った。
でもそれと同時に、ジュンソではなく僕自身を見てほしい、と願ってしまう。
「あのさ、感動してくれているところ申し訳ないんだけど」
「はい」
「今日一緒に映画を見たのが、ジュンソじゃなくて、僕だってこと、ちゃんと分かってるかな?」
少しでいいから、君の目を通して僕自身のことを見てくれないか。
足早に出口の方へと向かう彼女の背中に向かって心の中でそう呟いた。
翌日からの地方ロケも順調に撮影が進行する中で、休憩中ふと話しかけたミョソンからキスシーンが楽しみだと言われ僕の心が揺れてしまう。
今までずっと仕事として向き合ってきたのと同じように、今回もただのキスシーンではあった。
けれど、ミョソンが僕のキスシーンに対し何も思わないのかどうかを知りたい。
そう思って、僕はわざとらしく小声であることを教える。
「キスシーンはね、実はコツがあるんだよ。」
「…え!どんなですか?」
「作品としては確かに大事なシーンなんだけど、見せ場としても重要だからね。より気持ちが入っているように見せるために、あるものを想像すると早いんだよ」
「そうなんですね!何を想像するんですか!?」
楽しそうに聞いてくるミョソンに、僕がこのあとのキスシーン中でさえ何を思い描いてしまうのか、気付いてしまえばいいのにという思いで囁いた。
「好きな人」
そう言ったそばから顔を真っ赤にして固まった彼女を見て、僕は喜びが隠せなかった。
僕自身の言葉と行動で、彼女の心が動いたと思えたから。
もっと心動かされてほしい。もっと僕を意識してほしい。
撮影終了まで僕はそんなことばかり考えて過ごしていた。
共演者から星が綺麗だと教えてもらい、ミョソンにも見せたいなと思って撮影終了後彼女を散歩に誘った。
夜空の星に照らされた彼女が僕の隣にいてくれる嬉しさから、“もっと心動かされてほしい”という欲望が溢れてしまった。
まだきっと伝えるには早い。でも言葉が抑えられない。
「僕は、君のことが好きなんだよ。」
僕の気持ちを伝えた途端、面白いくらい固まってしまった彼女が可愛い。
良かった。僕自身の気持ちを知って、彼女の心は動いてくれたようだと安心する。
そう思って彼女の言葉を待つ間にふと空を見上げると、一段と星が輝いているのが見えて気が付いた。
彼女は僕にとって、夜空に輝く星みたいだ。
こんなクサいことがつらつらと思いつくなんて、恋が病だというのも頷けるな。なんて思っていたら、彼女がハッとして焦った様子で喋り出した。
「すみません本当に嬉しいんですけど頭が混乱してしまう野暮用の用事ができてしまいましたすみませんお先に失礼します!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そう言った途端小走りで宿舎に向かって去っていく彼女の姿に、野暮用ってなんだろう?と思いながらも、思わず顔が綻んでしまう。
「………嬉しいのか…。」
ロケ2日目となる翌日、僕は清々しい気持ちで現場入りした。
ソヨンから誘われるビハインド映像の撮影も、喜んで!という心持ちで対応できる。
昨晩僕の気持ちを聞いて、聞き間違いでなければ「嬉しい」と言ってくれたミョソンに対し、今まで以上になんでもしてあげたくなった。
一緒にご飯を食べた時に火傷しかけていた彼女を思って、コーヒーを冷まして渡す始末だ。
彼女が周りの目を気にして少し恥ずかしそうに反応することさえも嬉しくなる。
こんなの中学生のガキみたいだと思われるかも知れないが、自分を止めることができなかった。
撮影終わりのミョソンになんとか連絡先を教えてもらい、帰りの車中で電話をした。
声が聞けるだけでこんなに嬉しいなら、もっと早く連絡先を聞くべきだったと後悔する。
そして、昨日星を見て思ったことを伝えた。
彼女が冗談を言ってごまかしてくるので、我儘な僕は柄にもなく口説いてるんだということを馬鹿正直に伝えてしまう。
最後に「おやすみなさい」と言った彼女の声が、まるで子守唄のように優しく響いた。
数日後撮影終わりにカフェでバイト中のミョソンに会いに行くと、彼女はいつもと違って少し塞いでいるような印象に見えた。何か考え事をしているというより、悩んでいるような感じがする。
気分転換にでもなればと思って僕は彼女を海に誘った。
本当は一緒に出かけられれば行き先なんてどこでもいいのだが、咄嗟に「撮影の下見」という口実が思いついたのだ。
予想通り真面目な彼女は作品のためならと着いてきてくれた。
海を前にしてはしゃぐ彼女を見て、口実なだけではなく、僕はこの子にこの綺麗な海を見せたかったんだと気が付いた。
ウノさんはさすが僕のことをよく分かっているな、と笑ってしまう。
せっかく撮影の下見という口実にしたんだし、と思って彼女にユラ役を演じてもらうようお願いした。
ユラとジュンソの喧嘩のシーンで、まさかこんな風にミョソンと言い合いができるとは、と内心嬉しくなる。
台本通りユラを抱きしめるも、腕の中にいるのがミョソンだということに僕はまた我儘な気持ちが抑えられなくなった。
「…できれば、君と恋人になりたいんだ。もう少し待つつもりでいたのに、ごめん。ミョソンの気持ち、聞かせてくれないかな?」
そう伝えてからしばらく黙っていた彼女が、僕の胸を押し返して言った。
「あの、そんな風に言っていただけて本当に嬉しくて、光栄です。だけど、上手く説明できないけど、今ほかに対応しなくちゃいけないことがあるんです。しかも、その間に多分私は変わってしまうかもしれなくて、そうなったら貴方のそばにはいられないんです。もしこのままだったとしても、そばにいるわけにはいかないと思います。だから、すみません、ジェヒョンさんのこと、ファンとして推させてください。あなたのファンであることは一生変わらないと誓います!」
彼女の表情から、先ほどカフェで悩んでいるような様子だったことが頭をよぎる。
僕が「僕の持てる力の全てを使って君を支える」と言っても、きっと彼女は断るだろう。
重荷にすらなるかもしれない。彼女はそういう人なのだ。
僕はこの子を困らせたいわけじゃない。そう自分に言い聞かせて精一杯の笑顔で「ありがとう」と伝える。
でも、悲しみを含んだように見える君の笑顔を、僕は忘れることができるだろうか。
その後数日の撮影を経てクランクアップ日を迎えた。
長かった撮影も今日で終わりとあって、胸を撫で下ろす思いで撮影現場に入ったが、ふと見かけたミョソンの様子が気になった。笑顔でいるけれど、どこか無理しているような感じがする。
そんなことを考えて上の空になっていたらウノさんの声が聞こえてきた。
「…だからな。…おい。…おーい!」
「あ、ごめん聞いてなかった。」
「だろうな。明日の雑誌撮影の入り11時だからな。」
「ああ…。分かった…。」
「………あのな。俺になんか言うことあるか?」
「え?…ああ、明日は差し入れになんか買って行く?」
「そうじゃないだろ!もう聞くからな?お前好きな子いるだろ。」
「ああ、その話」
「その話、ってお前...。俺こないだ言ったよな?!」
珍しく少し感情的になって僕を責めてくるウノさんに笑顔を向ける。
「大丈夫。もう終わった話だから。」
そうこうしているうちにミョソンとの共演ラストシーンの撮影時間になった。
僕はいつものように目を閉じてから、ジュンソになる。
ユラへの思いを諦めきれない自分を思って友人が言葉をかけ、踏ん切りがついた俺は思わず走り出す。
少しでも早くユラに会いたい。会って想いを伝えるんだ。「俺はお前が好きだ、離れても一緒にいよう」と。
走り出してしばらくしてから、まだ続く声援に応えるため校門の手前で振り向くと友人達の顔が見える。
その中に、今にも泣きそうな表情をしているミョソンを見つけた。
海で悲しげに笑っていた彼女が頭をよぎり、カットがかかった瞬間彼女を追いかけていた。
人気の無い倉庫まで来たところで、ミョソンが「諦める悲しさでぐちゃぐちゃだ」と言うのが聞こえてきて息をつくのも忘れ声をかける。
「諦めるって何?」
「え、えっと」
明らかに動揺している彼女をどんどん追い詰めながら、さきほど走っていく僕を見つめていた彼女の泣き顔を思い出した。
頼む、一言でいい。僕に「行かないで」と言ってくれ。
そんな思いで聞いた。
「諦めるって、誰を?」
「………ジェヒョンさん」
僕は最近になって初めて知ることばかりだな。
愛しい気持ちがこんなにも勝手な行動を取らせるなんて。
彼女を困らせてしまってもいいとさえ思えた。
だってそうだろ。僕が守ればいいんだから。
そんな勝手な思いで彼女にキスをして、離れがたさから強く抱きしめてしまう。
その後クランクアップまではどうにか平静を装ったが、打ち上げで彼女の笑顔を見られてまたしても自分が抑えられなくなり、隣に座って手を握ってしまった。
いや、厳密には抑えていた方だと思う。
本当はその場で全員に向かって言いたいくらいだった。この子が僕の恋人なんだと。
打ち上げが終わる間際、ウノさんに声をかけられた。
「じゃあまあ明日は入り遅いし、ゆっくり休めよ。」
「うん、ウノさんも。お疲れ。」
「……なあ。いい加減俺に言わなきゃいけないことあるよな。」
「はは、ごめんって。でも気付いてたでしょ。」
笑いながら謝ると、嫌味のつもりなのか「なんであんな印象薄い子が良いんだ」と言ってきて、僕は一層笑ってしまう。
「皆には分からないようなところに彼女の魅力が詰まってるんだよ。」
僕だけが知っているという喜びに心が踊る。
まるで『COBALT BLUE』を読んだ中学生の時の僕みたいだ。
帰りにミョソンを車で送りながら、今日が流星群の観測予想日だったことを思い出した。
確かに星が綺麗に見えている。
けど星なんかどうでもいいくらい、隣にミョソンがいてくれるのが嬉しくて、「僕の星は君だな」とクサいことを言ってしまう。
ラブコメばっかりやっててよかったな、なんて思っていたら、彼女が真剣な面持ちで口を開いた。
「明日からもし私が変わってしまったとしても、この世界のどこかにあなた自身を好きな人間がいること、忘れないでください。」
彼女は時々こんなふうに不思議な言い回しをする。それも彼女の感性が成せる技なんだろうと興味深い思いで返事をしたら、彼女が言った。
「…本当に変わるかもしれないの。」
彼女自身が変わる選択をするならもちろんそれを尊重するつもりだ。
それに、どんなに変化していく中でも、きっと彼女のことを好きな気持ちは変わらないだろう。
僕は彼女にそう伝えてからキスをした。
また明日電話するよと言った別れ際、彼女が「お元気で」と別れの挨拶のお手本みたいな返事をした。
それを笑って見送った僕は後悔をすることになる。
翌日から、彼女は全く別人のようになっていたのだ。
神様。
これは、彼女の訴えを真剣に聞こうとしなかった僕への罰なのですか。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「推しからきみへ」の中で一番ぎゅっと縮めた回なので駆け足な内容になってしまいました。。。
もしかしたら後日もう少し厚みを足して話数を分けるかもしれません、ご了承ください汗
続きも読んでいただけるととても嬉しいです。
ご意見・ご感想をいただけたら大変幸いです!
2025.4.21. 海野




