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推しからきみへ(1)

本編『星のきみへ』のジェヒョン視点でのお話です。




確かあれは中学1年の夏休みだったと思う。


父親の友人に日本で生活している人がいて、その方の家に長期滞在をさせてもらったことがあった。


初めて1人で飛行機に乗り向かった海外旅行で、僕は大人の階段を登ったような気がしていたのを覚えている。

そしてその時、滞在先の家にあった『COBALT BLUE(韓国語版)』を読ませてもらって、とてつもない衝撃を受けたのだ。


その体験が僕の人生を大きく変えた。


そこから僕はサブカルチャーに傾倒して学生時代を過ごしていくことになる。

同世代のほとんどの人達がアイドルの応援に精を出す中、僕は同じ趣味の友人達と一緒にミニシアターやレアな漫画とか小説が集まっている古本屋へ行くことに熱中した。


そんな風に過ごしていた僕だが、たまたま高校生の時にスカウトしてもらって俳優の道へ進むことになった。

今まで見ている側だった創作の世界に携わることができるのはとても面白くて、心配していた両親もどうにか説得し専業としてスタートしてから随分になる。


学生時代の友人たちからは「アイドルにでもなったのか」とか「ダサいラブコメに出て恥ずかしくないのか」などと言われてしまった。

けれども、どんな作品にも創作物としての魅力のかけらみたいなものは必ずあって、そこにやりがいを見出しながらここまで頑張ってきた。


自分で言うのもなんだが、少しずつではあるけれど以前よりも影響力を持てるようになってきたと思う。

最近は僕の考えを作品に採用してもらえることも増えてきたので、そろそろプロデュースなど裏方として作品の根幹に関われたらと思っていたのだが、事務所からストップがかかった。


僕が世間から期待されていること、そしてこの業界で上手く仕事を続けていくことを考えると、「ややこしい奴にはなるな」ということだそうだ。


なんだそれ。


僕のやりたいことが「ややこしい奴」だと言われるなら、僕は本来、ややこしい奴じゃないか。


結局、僕自身は昔からずっと変わっていないのに、僕を見る周りの目が変わってしまっていた。

僕はたまたま出来上がったこの顔で、俳優ユン・ジェヒョンとしてニコニコ微笑んでいれば良いらしい。

僕自身がどんな人間か、ということは大した意味を持たないのだ。


何も気にせず、好きなものにただただ心を震わせて涙を流した中学1年生の僕は


今の僕を見てどう思うのだろうか。





ーーーーーー




「まあ今は我慢の時ってことだ。」



僕の車を運転してくれているマネージャーのウノさんが後部座席の僕に向かって声をかけた。


いつも通りの気だるげな喋り口から、彼の考えは読めてこない。



「……今はっていうかずっとだよね。」



「子どもみたいなこと言うなよ。今お前がやれてるようなことを、やりたくてもできない奴ばっかりなんだぞ。今回だって設定とか撮影とか、結構口出させてもらったじゃないか。」



「…そうだけどさ。結局ラストなんか丸っと削られたじゃないか。」



「しょうがないだろ。見る人がいなけりゃ良い作品でも広まらない。見る人のことを考えて上が出した結論なんだよ。」



「別に最初から広まらなくても良いだろ、分かる人さえ分かってくれれば。」



「ああ言えばこう言うなって。もう着くぞ。」



柄にもなくむしゃくしゃしてしまっているのは、今日から本格的に撮影がスタートする『私たちのキャンバス』について、まだ上手く納得できていないことを思い出してしまったからだ。


よくあるラブストーリーものではあるが、熱意のある脚本家さんが声をかけてくれて、少しだけアイデア出しをさせてもらえていた。

構成についても結構議論を交わし、良い作品になりそうだと意気込んでいたのに、制作会社から「視聴者の期待に沿うものになっていない」とラストの変更指示が入ってしまったのだ。


泣く泣く変更を受け入れたものの、脚本家さんへの申し訳ない気持ちと、純粋な創作が許されない理不尽さをまだ消化しきれないまま現場入りすることとなった。



そうは言っても仕事なので、スタッフさんや共演者の人に笑顔で挨拶しながら楽屋へ向かう。

いつもの営業スマイルを振り撒いていたところ、廊下で脚本家の先生と鉢合わせた。



「ジェヒョンさん!今日からですね。よろしくお願いします。」



「先生!こちらこそよろしくお願いします。色々とすみませんでした。正直まだ遣る瀬ない気分ではあるんですけど、今できることの中でベストを尽くそうと思います。」



「いえいえ、もっと私に有無を言わさないような権力があれば良かったんですけどね…はは…」



「先生なら近いうちにそうなれますよ。その際はぜひまたご一緒させてください。」



「もちろんです!むしろこちらがお願いさせてください!そのためにもまずは本作完走目指して頑張りましょうね。」




脚本家の先生が言ってくれる言葉のお陰で少し元気が出た。


ジェヒョンさんが映ってればもうあとは何でもいいですよ〜みたいに言われることも多い中で、先生はきちんと僕と意見を交わしてくれて、一緒に熱意を持って作品に向き合える数少ない人だ。






早速衣装に着替えてから、監督さんに挨拶しようとすでに撮影が始まっている教室のシーンを見に行ってみる。



セットなど一つ一つ丁寧に作られている舞台を見て、少しずつ気分が良い方向にシフトしてきた。




よし、頑張ろう。と思いながら撮影を見ていたら突然窓際の生徒役の子が立ち上がった。



「やばい今日バイトじゃん!!!!!!!!!」



台詞にない言葉を叫んだ後、バタンと床に倒れた音がした。


何事かと思っていたら撮影が再開されたのでどうやら大事には至ってないらしい。





撮影期間に出演者の中から怪我人が出るのは大変なので、一応スタッフに連れられて待機所へ移動した彼女の様子を見に行った。


声をかけると、幽霊でも見たかのような顔でフリーズしたので、頭を結構打ったのかもしれないと心配になった。

けどまあ本人が大丈夫と言うのでしばらくは様子見だなと思っていたら、その後に食事スペースでガツガツご飯を食べる彼女を見かけたので思わずまた話しかけてしまった。


よくよく聞くと、さっきは少し寝ぼけてしまったみたいだったと言う彼女に思わず笑ってしまう。


自分自身慣れない撮影前日に眠ることができず、寝不足で作品撮りをした新人時代があった。けれどまさか撮影中に寝ぼけてしまい、しかもその後にこんなに美味そうに飯を食べるとは、ものすごく肝の座った子なんだな。


笑った僕を見てその子はとても申し訳なさそうに謝ってきたので、元気に撮影できれば何よりだから気にしないようにと伝えた。





帰り際にスタッフさんに転んだ子の名前を聞くと「キム・ミョソン」という子らしい。


ミョソンという名前の通り、ご飯を食べている時の顔がキラキラしてたな、とまた思い出し笑いをしてしまう。





翌日、たまたま見かけたキム・ミョソンさんに話しかけたところ、なんと彼女がこの撮影をきっかけに『COVALT BLUE』を読んだと言うので驚いた。


彼女が見かけたというセット内の本が、実は僕の私物であるということを教えてあげたらものすごい勢いで本作について語ってくれた。



「ジュンソは、ドラマの中で語られている以上に、心の奥にたくさんのものを抱えている子なんだなって気付かされたんです!!自分も絵が好きだから、くだらない理由のためだけに絵を描いてるというジュンソが『COBALT BLUE』を好きだってことに、言い表せない気持ちになって…!もちろん、『COBALT BLUE』自体がめちゃくちゃ面白いんですけどね!なので私は1度読んだだけで2回分泣いた感じです!!!」



この反応は、正直予想していなかった。

脚本家の先生との間でだけ盛り上がって決めたこの設定を、同じ熱量で良いと思ってくれる人がいたとは。



「そうやって分かってくれて、すごく嬉しい。」



やっぱりこの仕事はものすごく面白い。またしばらくは頑張れる気がしてきた。








「ごめん、ちょっと渡してくるものあるから少し待っててくれ」



撮影も終わり次の現場に車で移動しようとしたところ、ウノさんがそう言ってスタジオに戻って行った。


このあと収録となる番組のことを考えながらふと外に目をやると、遠くにミョソンさんがいるのが見える。



電話中みたいだな、と思っていたら電話を切ってなにやらブルブルと震え出した。


それから急にガクッと項垂れたかと思うと、バッと顔を上げ、ずんずん歩いて撮影所から去っていく。



多分だけど、ものすごい怒りで震えて、そして落ち込んで、気を取り直して歩き出したみたいな感じか…?



彼女の姿が見えなくなったところで僕は思わず笑ってしまった。

なんて感情の切り替わりが分かりやすい子なんだろう。


そもそも、初日に派手に転んだ時もそうだった。

あんな姿を見られた場合、女優さんの中には恥ずかしさで帰ってしまう人もいる。

けれど彼女はその後もモリモリご飯を食べ、しっかり最後まで撮影に参加していた。しかもえらく楽しそうに。


本当のところは分からないけれど、きっと、周りの目とかを気にしない子なのだろうな。



「なんだ?なんか面白いことでもあったか?」と戻ってきたウノさんが言って、僕はまだ笑っていたことに気づいた。



「いや、なんでもないよ。」



なんだかこの話を人にするのはもったいない気がする。



「なんだよ、何もないのにニヤニヤするなよ怖いから。車出すぞ。」



その後のテレビ収録は日付が変わるまで行われたが、不思議と気分が楽だった。








翌日、初めてキム・ミョソンさんとの共演シーン撮影がスタートした。


どんな演技をするのか気になっていたが、不意に彼女が台詞にない言葉をかけてきた。


そこまでカリスマ性があったりずば抜けて演技が上手いという訳でもないのに、なぜか僕の口からはスラスラとジュンソ自身の言葉が出てきた。


まるで本当にクラスメイトになったかのような、自然な会話ができたのだ。



監督は反対したが、僕と脚本家さんは瞬時に目が合って、今のアドリブをお互いに「良い」と思っていることが分かる。


そこで彼女に理由を聞いてみると、彼女の作品への解像度がとても高く驚いた。

この子は世界観をより深く理解しよう、作品をより良くしようという意識がある子なのだろう。


他にも彼女の作品に対する考えを聞いてみたくなり、休憩中に思わず話しかけた。



すると彼女は、構想段階で僕と脚本家さんが涙を飲んで諦めた結末に近いことを話し始めた。

嬉しくなって思わず、今となってはボツとなったラストの展開を教えてあげると彼女は涙目になりながら言った。



「私、『私たちのキャンバス』を知れたのが本当に嬉しいです。ジェヒョンさん、ありがとうございます!」



実現できなかったことであっても、僕たちの考えがこんな風に受け取ってもらえるとは思ってもみなかった。


大抵は「えー!残念でしたね!」とか「まあしょうがないですよね」とか「もっと怒った方がいいですよ」とか言われるのだが、まさか感謝されるとは。


僕の ”ややこしい奴” な部分が作ったものが、こんなふうに。



「…そう思ってもらえてるなんて。光栄だよ。」



その後、彼女の発言を受けてサブキャラの設定を少し変更することにした。

脚本家の先生も「確かに」と同意してくれて、二人で監督やプロデューサーを説得した。

ストーリーに影響が無いならとOKが出て一安心だ。




「ジェヒョン、役柄の設定変更に口出したってまじか?」



帰りの車でウノさんが怪訝そうに言う。もちろん予想はしていた。



「そうだよ。脚本家の先生と一緒にね。」



「いやお前が発案だって聞いたぞ?随分急じゃないか。社長には言ったのか?」



「もちろん、言ってないよ。」



「おいおい、こないだも言われたばっかだろ、事務所の意向としてそういうのは今はまだ止めとけって。どうすんだよ社長に伝わったら。」



「上手いことやってくれるでしょ?ウノさんがさ。」



「勘弁してくれよ…。」



悪態をついてくるウノさんだが、きっと社長とは上手い具合に話をつけてくれるはずだ。

なんだかんだ僕のことを蔑ろにはしないでいてくれている。



「社長がキレて俺を担当から外しても知らないからな」



「え〜〜〜。その時はまあ辞めるよ。」



「おい辞めるだけは言うな。いいからこれ以上俺の胃に負担をかけないでくれよ。」



「はいはい」



そう生返事しながら、次にミョソンと撮影が一緒なのはしばらく先か。その時にはまた色々話してみよう、と考える。



するとウノさんがバックミラー越しにこちらを見てため息をついた。



「……なんで嬉しそうにニヤニヤすんだよ。お前のせいで俺は大変なんだからな。」





ここまで読んでいただきありがとうございます。


細かい描写を省いてぎゅっとしているので書くのが難しいです。。

また派手に修正を入れてしまうかと思いますがご理解いただけますと幸いです。


続きも読んでいただけるととても嬉しいです!


2025.4.18. 海野

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