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第8話 瞬間、心、動いて




まっっっっっっっったく眠れませんでした!!!!



目を閉じるとすぐにジェヒョンさんからの言葉が脳内でリフレインされてしまって、結局一睡もできないまま撮影の準備に入ることとなった。



今日はいくつか台詞があるので、集中しなくちゃいけない。


休憩スペースで、スタッフさんが用意してくれていたコーヒーサーバーを見つけることができたので、

周りにいる人たちと同じように「やっぱり眠気覚ましはこれですよね」と思いながらコーヒーを注ぐ。




「おはよ、昨日はよく眠れた?」



真後ろにジェヒョンさんがきてドキッとして振り返る。



「お、おはようございます!!!!!」



なんでこんな距離近いんだ目の下のクマだいじょぶかわたし?!?!


と、焦ってしまっている私の手元からジェヒョンさんがコーヒーの入ったカップをひょい、と取る。



飲みたかったのかな…?と呆気に取られていると、ジェヒョンさんはコーヒーを口元に持っていって、ふーふー冷ましだした。



「すみません飲みたかったんですね!確かに、熱いんで気をつけてください。」



もう一杯注ごうと、空のカップに手を伸ばす。



「はい、どーぞ。」



ジェヒョンさんが持っていたコーヒーを差し出してきた。



「え?」



「熱いから、やけどしないようにね。」



「あ、ありがとう、ございます…」



冷ましてくれたコーヒーを受け取る。


ただのコーヒーのはずなのに、飲むのが気恥ずかしい…と思っている私をジェヒョンさんがニコニコと見つめてくる。しぶしぶ一口飲んで「美味しいですね」と言うと、一層笑顔になった。




「昨日の夜一緒に見た星、綺麗だったね。」




うぉおい周りにスタッフさんとか演者さんがいるんだぞ!!!!!!と焦って大声でごまかす。



「あはははは!ねー!本当に!!みんなで見れてよかったですねー!!!!!」


きょとんとしたジェヒョンさんにヒソヒソ声で注意する。




「…あの!…本当にそういうの言わない方が良いと思います…!」


「…なんで?」


「二人きりだったって広まったら、困りますよね?!」


「…よかった、覚えてたんだね。返事は?」


「え、あ…」




「まあ、まだ時間あるからね。」



そう微笑みながら言うジェヒョンさんに、私は言葉が返せない。


…しまった、時間はもう全然無いんだった。



「そろそろ行かなきゃ。またあとでね。」


とジェヒョンさんが去っていくのを苦い笑顔で見送ったまま突っ立っていた私の元に、ソヨンさんがやってきた。




「ちょっと、そこのあなた」



「わ、ソヨンさん!お疲れ様です。」



私より身長の高いソヨンさんが腕組みして、少し見下ろされている形になった。

美しいソヨンさんの威厳に圧倒される。



「あのね、なんだかジェヒョン先輩があなたのこと気にかけてるみたいだけど、ちゃんと考えて行動しなさいよ?彼は優しい人だから、駆け出しのあなたを気にかけてあげてるけど、その気遣いを貰い続けてると、彼が贔屓してるっていう目で見られるようになるかもしれないのよ?!」



「…!はい」



「ちゃんと自分の立場を弁えてよね。いい?忠告したからね。」



「はい、ありがとうございます。」




背筋を伸ばして去っていくソヨンさんの後ろ姿でさえ、オーラがすごくて目が離せない。


彼女とジェヒョンさんだったら、きっと、そんな風な心配はいらないんだろうな…。



分かっていることではあるけれど、やっぱり私には遠い二人だと気付かされる。


迷惑は、絶対にかけたくない。







**





無事ロケ終了後、帰りがけジェヒョンさんから連絡先を聞かれた。


なんでも、今後の撮影のことで折り入って相談したいことがあるというのだ。


今日ソヨンさんから注意してもらったことが頭をよぎったけれど、作品に関わることだと思うと断りきれず、電話番号を伝えた。





帰宅後、さすがに一泊の遠出は疲れたな。と早々に寝床に入ろうとしたところでジェヒョンさんから電話がかかってきた。



ー お疲れ様。もう寝るところかな?



「お疲れ様です!いえ、まだ大丈夫ですよ。それで、ご相談ってなんでしょうか?」



ー …ごめん、相談っていうのは口実で、少し声が聞けたらなと思ったんだ。



「そ、そうですか…」



ジェヒョンさんがそんな風に言ってくれるだけで、胸の奥がきゅっとなる。




ー …それと、君に伝えておきたくて。



「何をですか…?」



ー 昨日の夜、星を見て気がついたんだけど、君は、僕にとって星みたいだなって思ったんだ。



「星…ですか?」



ー うん。夜みたいに暗い中を進んでいるような気持ちの時も、ふと気がつくと、実は柔らかい光で照らしてくれているような、そんな星みたいな人だなって。



「そんな、ことは…」



ー ほんとに、君の名前の通りだよ。


(※ミョソン:묘성 = 昴星)




そうなんだ…。ミョソンの名前も、私の「すばる」と同じ、星なんだ。




「…あはははは!名が体を表すってやつですね!いや、そんなこと言ったらジェヒョンさんなんてめっちゃ星ですよ!なんたって大スターなんですから!」



と、つまらん冗談をぶちかましながらへらへらと返事をすると、少し間を置いてジェヒョンさんがふふっと優しく笑って言った。



ー あのね、分かってないと思うけど、僕は君のこと口説いてるからね。




ぐっ………!!!!!




ー 撮影、もう少しで終わりだね。



ジェヒョンさんのその言葉に、私は寂しい気持ちと申し訳ない気持ちが膨らんだ。






**


***





ロケ以降は数日バイト日が続いている。


ジェヒョンさんが撮影の合間に何度か電話をくれて、撮影の様子を教えてくれたり、他愛もない話をした。



ソヨンさんから言われたことを思うと、あまり良くないことかもしれないと分かっているのだけど、電話を無視できずにいた。



…少し気を抜くと、こうしてジェヒョンさんのことを考えてしまうな…と思いながらぼーっとしているとカウンター越しに声をかけられてはっとする。



「もしもし、店員さん?」



「はい、あ、ジェヒョンさん!」



「全然気づいてくれなかったね笑」



「すみません…ちょっと…考え事してました…。ご注文何にされますか?今日もハンドドリップですかね。」



「うん、それでお願い。あとさ」



「はい。」



「この後海に行くんだけど、着いてきてくれないかな?」



「え、海ですか?」




私が参加しない予定のスケジュールで、海での撮影シーンがあるのだそうだ。


忙しくてなかなか下見に行けなかったジェヒョンさんが、海で演技の確認をしたいからお願い、と、いつもみたいに私が弱いお願い顔で頼んできた。


推しからの頼みに弱い自分よ、いいかげんにしてくれ…




けど、元に戻る日が近いことを思うと、思い出作りに少しくらい許してもらえるかな…








「海ーーーーーー!夕日ーーーーー!きれーーーーー!!!!」




海無し県の出身で、上京してからもなかなか海に行く機会の無かった私は、夕日が沈む美しい水平線にものすごくテンションが上がってしまった。


駐車場で車を降りて、海辺まで降りられる階段に走って向かう。



「ほら、あっちの方!!!すごく綺麗ですよ!!!すごいですね!!!!」



「だね。良かった、喜んでくれて。」



ジェヒョンさんが「もっと海岸のそばまで行けるよ」と案内してくれた道を進む。


着いていくと、目の前にめいいっぱい海が広がる、綺麗な場所に着いた。

周りにはあまり人がいなくて、こんな穴場の観光スポットに来られるなんて!と感動する。



「撮影もこんな感じの場所だから丁度良いかも。もし良ければ、ユラ役として一緒に練習してくれない?」



「え、あ、私がですか!あ、あのシーンですよね。大丈夫だと思います。」




思いの通じ合った二人が海にデートに来て、ジュンソが「もっと頼って欲しい」とユラに対する心の内を伝えながら抱きしめるシーンだ。


ジュンソの切実な思いが伝わってきて、私は画面越しに涙が止まらなかったのを思い出す。


何度も見たから、台詞は頭に入ってます!!!






デート中、別れの時が近いことを伝えられずにいるユラが心ここに在らずといった様子でいるため、ジュンソが痺れを切らして喧嘩になってしまうところからスタートした。


何回も見たシーンで、スラスラと台詞が出てきて、まるで主人公になったような気分になる。

背中を向け合って怒るという、普段なら絶対ジェヒョンさんとはしないような言い合いの展開が面白い。



いくつかの台詞を言い終わったところで、くるりとジェヒョンさんが私を振り向かせて、目を見て言う。



『…ユラ、そんなに俺は頼りないのか?』



『…そんなんじゃないってば。ジュンソには関係ないことなの。』



私が台詞を言い終わる前に、ジェヒョンさんが私をぐっと抱き寄せ、私の顔がジェヒョンさんの胸元に埋まる。



くぅ〜〜〜〜〜!

ここでジュンソが言う台詞が大好きなんです…『関係ないはずない、お前はおれにとって——』





「やっぱり、」



ジェヒョンさんの言葉が台詞と違う。




「やっぱり僕は君が好きだ。」




台詞にない言葉に、一瞬アドリブなのか分からなくて困惑する。


私は、ジュンソに抱きしめられているユラであるはずなのに、心臓の音がどんどん大きくなっていく。




「…できれば、君と恋人になりたいんだ。もう少し待つつもりでいたのに、ごめん。」




ふいに目頭が熱くなって、胸元しか見えないはずの視界が滲む。



「…ミョソンの気持ち、聞かせてくれないかな?」





まさか、推しが私をこんな風に思ってくれるなんて、夢にも思っていなかった。



直接話せるなんてことも、作品について語り合えるなんてことも、悪戯っ子みたいな笑顔が見れるなんてことも、目の前にいて、こうして触れ合えるなんてことも、



本当に、夢にも思っていなかったのだ。



私なんかが受けられるはずのない、この世で他には絶対にないような幸福な出来事に、心の底から嬉しいと叫びそうになる。



…けれど、私の置かれている奇妙な状況や、彼を困らせてしまう可能性が頭をよぎった。





ジェヒョンさんの胸に手を添え、ゆっくりと彼から離れる。




「あの、そんな風に言っていただけて本当に嬉しくて、光栄です。だけど、上手く説明できないけど、今ほかに対応しなくちゃいけないことがあるんです。しかも、その間に多分私は変わってしまうかもしれなくて、そうなったら貴方のそばにはいられないんです。もしこのままだったとしても、そばにいるわけにはいかないと思います。だから、すみません、ジェヒョンさんのこと、ファンとして推させてください。あなたのファンであることは一生変わらないと誓います!」





少し間を空けて「分かった。ありがとう。」と困ったような笑顔で言うジェヒョンさんを見て胸が苦しくなる。


夕日に照らされているせいか、彼の目元が紅く染まっていた。








バスで帰ると言ったのに、ジェヒョンさんは気にしないでと家の近くまで送ってくれた。


断りを入れた相手にもかかわらず、いつものように色々な話題を振ってくれて、笑いかけてくれた彼に、申し訳ない気持ちが溢れてくる。



帰宅した途端、私は涙が止まらなかった。




…大丈夫、これで良かったんだ!


この入れ替わりが元に戻れなかったとしても、私なんて女優を続けられるわけがないんだから、ジェヒョンさんが雲の上の存在に戻るだけだ!


そう、どっちにしろ元通り!大丈夫大丈夫!




どうにか明るい方に考えて無理やり笑顔を作りながら泣いてしまう。

こんな悲しい気持ちがあるなんて知らなかった。





そこからクランクアップまで、私はバイトの日が続いた。








ここまで読んでいただきありがとうございます。


ずっと推しとして崇拝していたジェヒョンのことを、昴はやっと少しずつ「彼」と呼ぶ感じになんてきました。

読み返して違和感があったら戻すようにします…。


あと2話で終わる予定です!

また続きを読んでいただけると嬉しいです。


2025.4.8. 海野

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