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3 最初の仕事

 ユウリは対面したまま皇子をじっと見つめた。座っているので背丈はわからないが、前に相まみえたときよりも大人びたように感じる。声が落ち着いたからなのか、佇まいに言い知れない迫力が増したせいなのか。あの祠で見たような年相応のあどけなさはもうどこにも見られない。

 なんと応えたらいいかわからないまま黙っていると、皇子はふと目を伏せた。

「こちらの不手際があったようで申し訳ない。手間だと思うけどあとでもう一度着替えて」

「あぁ、いや、はい……」

 皇子から声をかけられているのだからなんとか応えなければと思うものの、やはり言葉が出てこない。前回はただユナのことだけを考えていたから、皇子の存在について深く考える余裕はなかった。だからこそなにも思わずに言葉を発することができた。しかし今改めてこうして対峙してみると、前よりも落ち着いた雰囲気も相まってユウリは萎縮してしまう。

「どうしたの?もしかして緊張してる?」

 あまりにも言葉を発しないからか、皇子の方から水を向けられた。ユウリは俯きがちに、やっとのことで応えた。

「私は敬語に慣れてないから……どう話すのが正しいのかわからなくて……すみません」

 ここに来る前にもっと練習しておくべきだったと思う。だがそれを今言っても始まらない。

 だが皇子は先ほどより力の抜けた声で言う。

「あなたはそんなことを気にすることはない。周りの者はなにか言うかもしれないが、言葉遣いなんて些細な問題だ。私は気にしない」

「でも……」

「私のわがままであなたを呼んだ手前心苦しいけど、ここで生きるというのはそういうことだ。なんでも人の言うことを気にしていたらとても務まらない。大変かもしれないけど気にしないことに慣れて」

 なかなか難しいことを言う、とは思ったがユウリは黙ってうなずいた。宮仕えが自分には合っていないことも苦労するだろうことも予想はついていた。だがそれでもこの仕事を引き受けると決めたのはユウリだ。ユナの命を贄として今を生きているこの皇子は、ユウリの目から見ても孤独に映る。あの祠で幻のユナと邂逅したこともあって、ユウリは皇子のことを仇として恨むことはやめた。むしろその力になることがひいてはユナに報いることになると今は思っている。そして同じその場所でヒュウゴウと共に対峙し、皇子の誓いを聞いた。ユウリにお目付け役となってほしいということは、その誓いが本当に果たされているか見守っていてほしいということだろう。ただ今のユウリにはひとつ気になることがあった。

「あの、補佐官というのは?」

 それは先ほど皇子が侍女のハルに向けて告げたことだった。なんだかひどく仰々しく聞こえたのだが、それがユウリの肩書ということになるのだろうか。

 皇子は疲れたように息をついた。

「こればかりは私の一存ではどうにもならなくてね。母上付きの官吏たちを黙らせるためにもあなたに役職を背負ってもらう形になった。でもあくまで形だけの話だ。数日後に叙任式には出てもらうけど、あなたは最初に伝えたとおり、私のお目付け役という認識でいてもらって構わない」

 いろいろ難しい折衝があるようだ。どうやらこのユウリの招聘は皇子がかなり無理を通したものらしい。そう思うとさらなる困難も予想されるが、それ以上に気になることもあった。

「あなたは、大丈夫なのか?そんな無茶を通して」

 皇子のやり方に反意を持つ者が少なからずいることは、先の口ぶりでもわかってしまう。自分の味方に手厚く守られているわけではない今の状況ではその身をいたずらに危険に晒すだけではないのか。だが皇子はなぜかふっと軽く笑った。

「私もそこまでやわではないよ。最低限の護身術は身につけているしね。あいにく手勢は多くないからあなたは不安かもしれないが。……そうそう、護身の話が出たしちょうどいい。こちらへ来て」

「?」

 皇子はユウリに向けてではなく、部屋の隅に向けて声をかけた。だがそこに人の影はない。

 しかし次の瞬間、書棚だと思っていた一角がふいにガチャ、と音を立てて動いた。そしてその奥から背の高い青年が姿を現す。その顔には見覚えがあった。ユウリをアヌカまで迎えに来た、御者のオウギだ。

 ユウリは驚きのあまりオウギを凝視したまま固まった。オウギもまたユウリを見据えたまま微動だにしない。そんな二人にはお構いなしに皇子は言葉を継ぐ。

「これからユウリにはオウギから護身術を学んでもらう。ここで生きていくには最低限必要なものだからね。彼は私に護身を教えた師でもあるから実力は保障するよ。当面の目標は叙任式までに最低限の身のこなしを覚えること。あまり時間はないけど、あなたの身を守るためだと思って取り組んでほしい。いいかな?」

 意思を確かめるように問われるが、それこそどう応えたものかわからなかった。最低限必要なのであれば拒否することはできないだろう。皇子ですら身につけているのだから。助けを求めるように皇子を見ると、緩く笑ったまま言った。

「大丈夫。あなたならできるよ。ここへ飛びこんでくる勇気のあるあなたなら」

 ねぎらいのような、でもどこか挑発めいた、その言葉。二面性を持つような物言いをどう受け取ればいいのか、まだまだ世間を知らないユウリにはわからない。だがこれも皇子の言う「慣れるべきこと」のひとつなのだろう。ユウリは不安を押しこめるように息をひとつ呑み、ゆっくりとうなずいた。

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