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37 暗嶺へ

 ユウリが暗嶺行きを承諾したので、リトの陣営は里の招待に応じる方向で動き出した。まずは人選がおこなわれ、陣営の官から数名が同行することになった。距離があるので、先触れは手前の街まで同行し、そこから里へ知らせる形をとる。その先触れ役にはジグがあたることになっている。彼は暗嶺に向かう隊の護衛も兼ねる。そして護衛としてはもうひとり、カナトも人員に加わることになった。リト付きの「影」がこういう仕事で二人とも駆り出されるというのは稀なことだった。これはリトの懸念によるところが大きい。ミルダ側が今回の件でユウリを名指しで指定したことが引っかかっているのだ。あまり考えたくはないが、ユウリを廷内から排除したい誰かがミルダに今回の指名を提案した可能性も拭いきれない。もしそうだとすれば、そういう者たちの手引きでならず者が襲ってくることもあり得る。危険性がある以上、暗嶺へと向かう一団の護りを薄くするわけにもいかなかった。だがこの決定までにはひと悶着あった。実は最初、一団にはカナトではなくオウギが加わる話も出ていたのだ。それをカナトが「さすがに行き過ぎだ」と反対したのだ。ただ、カナトがオウギの加入に反対した理由は単に一団の護衛が過多になるからというだけではなかった。もうひとつ懸念があったからだ。

「向こうの目的が殿下の周囲を手薄にすることだったとしたら?ただでさえユウリに対するこっちの出方を伺われてる可能性が高いのに、殿下の護衛の要であるオウギをユウリの側につけるってのは考えものだろ」

 カナトは今回の件についてあらゆる可能性を考えていた。その中で一番の脅威はリトに対して害意を向けられることである。現状、そうした動きは目に見える形では出てきていないが、それでも用心しなければならないのが宮廷という場である。万が一にもリトの身になにか起こさせてはならない。ならばいついかなる時も一番堅牢にすべきはリトの護衛である。オウギはリトの近衛であるので基本的には一番近くでその身を守っている。側を離れるときにはカナトやジグが代理で護衛につくが、それはあくまで一時的な対応だ。暗嶺という遠方への旅にオウギが同行するというのは確かにリトの側を離れる時間が長すぎる。一方でカナトやジグは普段から街へ出ている立場なので、二人とも不在でも陣営には差し障りはない。そういう諸々の事情も込みで、オウギではなくカナトが同行する方向で話がまとまったのだ。

 出立の日取りも決まり、その前日。ユウリは部屋で旅の荷物をまとめていた。しかしふとした時に緊張が這い上がってきて、つい手が止まりがちになってしまう。今回は帰省とは違い、リト陣営の一員として暗嶺へと赴く旅となる。ユウリには想像のつかないような長旅であるし、その目的を思うと気は重くなる一方だ。だが、「行く」と言ったのは自分だ。引き返すことはできないのも承知の上でそう応えた。今はただ目の前のことに集中すべきだ。頭ではわかっていても、心のありようを制御するのはユウリにはまだ難しかった。

 旅の荷物で帰省と一番異なるのは服だった。あくまでもリトの補佐官として赴くので、着替えは支給された官服となる。オウギからの教練でも道着ではなく官服で動く訓練はしているが、やはり動きづらさは否めない。これから旅の道中をこの服で過ごすと思うとそれもまた窮屈に感じた。

(だめだ。考えが後ろ向きになってる)

 気持ちを切り替えるためにユウリは一度目を瞑り、深く息をした。頭の中を埋め尽くしている考えても仕方ないことを振り払うように頭を振り、努めて別のことを考えるようにした。

――商売人ってのはしけた話を嫌うのさ。

 すると頭に浮かんできたのは、以前の旅でリュウが口にした言葉だった。トウキ周辺の街道がグイルによって被害を受けたとき、リュウは努めて明るい展望を見出そうとしていた。リュウ自身は茶化すように言っていたが、その前向きな姿勢にユウリはずいぶん勇気を得たものだ。そして、今も。後ろ向きに考えてたってなんにもならないと、リュウから叱咤されたような気分だった。

(こんなところでまで、あなたに救われてしまった)

 そう思うとなんだかおかしかった。そして先の旅を丸ごと支えてくれた友に、改めて深く感謝した。

 旅支度を終え、出立の日を迎えた。ユウリはカナトやジグとともにリトの執務室にいた。出立のあいさつのためだ。

「それでは行って参ります」

 ジグが静かに告げて礼の姿勢をとる。リトは黙ってうなずいた。カナトが付け加えるように明るく言う。

「ご心配には及びませんよ殿下。必ず全員で、無事に帰ってきます。そのために俺も同行するんですから」

 リトはこれにもうなずいた。心なしか表情が和らいで見えた。

 後ろに控えているオウギが視線を上げてなにかに応えるようにかすかにうなずくのが見えた。おそらくカナトと視線でなにかやりとりがあったのだろう。

「ユウリ」

 リトに呼ばれて、ユウリはその目をまっすぐ見返した。いつもは努めて隠そうとしているのであろうあどけなさが、今日は露になっているように見えた。

「結果的にこんな形であなたを巻きこむことになってしまってすまないね」

「いいえ」

 ユウリは首を振った。それは別にリトのせいではない。里長のユイカがユウリの生みの母だったことも、それによってユウリが暗嶺に赴くことになったのも、リトが意図したことではないのだから。この役目を断らなかったのも自分の意思だ。それなのにずっとリトの気を病ませているのは本意ではない。ユウリはできるだけ明るい表情をつくった。

「私は、大丈夫ですから」

「そう」

 これ以上心配の言葉を連ねるのは蛇足だと思ったのか、リトは切り替えるように言った。

「あなたにはまだしてもらいたい仕事がある。今回のことが終わったら、またここへ帰ってくるように」

「……はい」

 ユウリが応えると、リトは少年のような顔で微笑んだ。

 こうして暗嶺へと向かう一団は宮廷から旅立っていった。陽ざしの暖かな、心地よい日和だった。

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