閑話休題――リュウの矜持(2)
ジオウの店を出て、細い路地から表の目抜き通りへ出る。ラッカは大きな街だ。昼時が近いこともあって通りはたくさんの人で賑わっている。
二人はそんな目抜き通り沿いの店のひとつに入った。シキがその店を馴染みにしていたことを、リュウはなんとなく思い出した。
席について注文を通すと、シキは複雑な笑い方をした。
「いつぶりだろうな。こうしてお前と飯食うのも」
「……アタシが独り立ちしたときじゃないか?」
「ずいぶん懐かしいよ。あの最後のケンカも」
「やなこと思い出させんなよ、兄者」
リュウは顔をしかめたがシキは気にする風もない。
やっとのことでジオウに認められ、行商としての道を歩み出す前夜、リュウはシキと大喧嘩したのだった。
当時すでに行商として独り立ちしていたシキは、仕入れのためにジオウの店に帰ってきていた。そこでリュウが独り立ちすると聞き、前祝いだと言ってジオウも含めた三人で夜に食事に行った。はじめは和やかだったが、シキのひとことで流れが変わった。シキはリュウに、今から行商を始めるならちょうどいいから俺と一緒に来い、と言ったのだ。ひとりで飯を食っていくために行商となる道を歩んできたリュウはもちろん嫌だと言った。自分はシキの助手をするために努力してきたわけではない。ジオウが認めてくれたからようやく行商として仕事をすることができると思っていたのに、シキはその努力を認めてくれないのか、と。シキはそれでも一緒に来た方がお前のためだと譲らず、言い合いはエスカレートしてしまった。リュウはただ悔しかった。自分の成長を、この門出を、シキと同じ道を歩みだすことを喜んでほしかった。
結局仲違いしたまま、シキとリュウは別々に旅立った。その後はジオウのもとに仕入れで戻るときにたまに鉢合わせることはあっても、リュウから積極的にシキに話しかけることはなかった。だからこんな風に面と向かって話すのは本当に久しぶりのことだった。
「思い出させんなって、別に忘れてたわけじゃねぇだろうが」
シキは言葉とは裏腹にのんびりと言う。図星ではあるが、リュウを責める意図はないというのはその声音でわかる。だがやはり気まずさはある。リュウがなんとなく俯いていると、シキは気が抜けたようなため息をついた。
「お前は本当に頑固だからなぁ。一度こうと決めたら絶対に意見を曲げない」
「兄者にどうこう言われたくないよ。アタシはアタシなりにうまくやってんだからそれでいいだろ」
「だから別に責めてねぇって。そう突っかかってくるなよ」
リュウが視線を上げると、シキは苦く笑っていた。兄弟子のあまり見せたことのない表情をリュウは怪訝な顔で見返す。
「今さら言っても信じないかもしれんが、一応言っておく。お前が独り立ちしたあのときだって、俺は別にお前を認めてなかったわけじゃねぇよ」
「……はぁ?」
本当に今さらなにを言い出すのだろう、とリュウは首を傾げた。その様子をシキは面白そうに観察している。なにが面白いのかリュウにはさっぱりわからない。
「お前は語感でこっちの言い分を捉えてるところあるからな。リュウのことを認めてないとかこっちはひとことも言ってないのに、そんな風に受け取っちまうんだから」
「早合点だって言いたいのか?」
「まぁ短気ではあるよな。カッとなりやすいというか」
「兄者が怒らせるようなこと言うからだろ」
「わかったわかった。怒んなって」
リュウはぐっと堪えた。シキに短気だと言われたのは心外だが、ここで怒ってはその発言を証明することになってしまう。
シキは悪気もなくリュウをからかうようなことを言うところがあった。大喧嘩をしたのは独り立ちのときぐらいだが、ちょっとした言い合いや小競り合いは日常茶飯事だった。それがシキに「リュウは短気」という印象をもたらしているのだろうが、悪いのはシキの方だとリュウは思っている。
言葉を呑んで黙っていると、シキはまた緩く笑った。
「変わらないな、そういうとこ。まぁお互い様かもしれんが」
「やっぱり成長してないって思ってんじゃん」
「そうじゃない。むしろ安心したんだよ」
「?」
今日のシキはいつも以上に饒舌だ。しかもなにが言いたいのかよくわからない。リュウは回りくどいのは苦手だった。
「アタシに言いたいことがあるならもっとはっきり言ってよ。アタシにもわかるように」
ついには苦い気持ちで言った。察しが悪いと思われようが、シキの言いたいことが理解できない方が気持ち悪い。
「俺は心配してんだよ。お前のこと。ジオウに拾われたときからずーっと」
相変わらず緩く笑ってはいるが、シキの目はじっとまっすぐにリュウを見ていて、そこにはからかいも冗談も含まれていないと否応なくわかってしまう。
「……はぁ?」
そしてリュウは今度こそ気の抜けた声を出した。なんだか身体全体の力が抜けてしまった気がする。
「なんだよ。たった一人の妹弟子を心配しちゃ悪いのか」
「いやぁ……えぇ?」
「お前の心根の根っこが変わってないってことは、人が変わっちまうほどのひどい目には遭ってないってことだ。もちろん苦労はしてるんだろうが。行商ってのは難儀な仕事だ。どこで人の毒気に中てられるかわからん。それでもなんとかやってるってことだろ。自分を曲げず、まっすぐに。まったく、立派になっちまったなぁ」
この兄弟子から「立派」などと直截に褒めるような言葉を聞いたのはこれが初めてだ。リュウはなんだか身体がむずがゆいような変な気分になった。
「やめてよ兄者。いまさらそんな」
「ははは。お前も照れることとかあるんだな」
「だぁから!そういうひとことが余計なんだっつうの」
言い返しはしたものの、リュウにはもう怒る気持ちはなかった。自分の中にあったわだかまりが解けて、気はずいぶんと楽になった。今後はもうシキと鉢合わせても気まずく思うことはないのかもしれない。
食事を終えて店を出ると、中天にいたはずの日は思いのほか傾いていた。この時期の日が短いということもあるが、それほど長い間話しこんでいたらしい。
「今ごろジオウは気を揉んでるかもな。俺がリュウをいじめてんじゃないかって」
「おじさんそんなこと気にしないだろ」
「いやぁ?うちの師匠はお前には甘いからな。俺はよくお小言喰らってたんだぞ」
「それは兄者の態度に問題あったからじゃ……?」
「いやいや、ジオウはお前には甘い」
「えぇ?」
やっぱりこの兄弟子はリュウのことを認めてないのでは?という疑念をこめて見ると、シキはいきなりリュウの頭をガシガシと強めに撫でた。
「うわっ、なんだよ」
「お前はもうちょっと素直になれ!立派だって言ったじゃねぇか!胸を張れ!」
「兄者言ってること無茶苦茶だよ……」
言いながら、リュウはこのシキという人物を今まで見誤っていたのかもしれないと思った。言葉を額面通りに受け取ってしまうリュウと、多分にからかいを含めながら話すシキ。この二人の性格の違いがすれ違いの原因になっていたのかもしれない、と。思えば行商を始めた当初も、人の本音と建前にずいぶん苦労させられた。その当時のことを思いだして少しげんなりしつつも、この兄弟子を今になって少し理解できたような気がした。
まさか兄弟子とこんな風に邂逅するときが来るとは、リュウは思ってもみなかった。あの大喧嘩以来、ずっとこの気まずさを抱えていくのだと思っていた。だが人との関係というのはそのときそのときで変わっていくものだ。リュウは今このとき、ようやくシキと同じ土俵に立てた気がした。実際はもうとっくに立っていたのかもしれないが、それでもリュウはこの今を、仕切り直した新たなスタート地点に定めた。これからもこの兄弟子と同じ道を歩みながら切磋琢磨していくために。




