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26 立場と思い

「こんなことならやっぱ先に言っとくべきだったかな」

「ご、ごめん。こんな……え?」

 自分の感情に翻弄されていたユウリは、カナトが言ったことをうまく受け取れていなかった。独り言のようにも聞こえたが、それにしては言葉が引っかかる。先に言っておくべきだった、とは。

 見るとカナトは気まずそうに顔を歪めている。

「なんとなく気になってはいたんだ。あの里長の女の髪色と、あんたの髪色と。他ではあまり見ねぇ色だし。だがあんたはアヌカの出だって聞いてたから、なら直接関わりはねぇんだろうなって思って口にはしなかった。それがまさか、あの里長が本当にあんたの母親だったとはな」

 カナトの話を聞いてユウリが思い出したのは、先触れの使者を迎えた後、報告のためにリトの元へ戻ったときのことだ。あのときカナトはなにかを言いかけて言葉を呑みこんだ。そのときにちら、とユウリのことを見たのだ。おそらくあのときカナトが言わなかったことが、今語られたことだったのだろう。カナトは頭を掻く。

「気をつけてたつもりなのに、先入観にとらわれてたってことだな。……悪かったな、ユウリちゃんにだけは話しておくべきだった。そうすれば多少ショックもやわらいだろうに」

「いやそんな……私の事情が特殊だっただけだから。誰でも予想はつかなかったと思う」

 カナトにまで罪悪感を抱かせるのは違うと思った。ユウリの抱えている事情をすべてカナトに話してはいなかったのだから、自分にも責任がある。

「もう、わかってると思うけど。私とユナ……殿下の形代になった私の妹は、お母さんが違うんだ」

 リトから大まかな事情は聞いているということだったが、それでもちゃんと自分の口で説明するべきだと思い、ユウリはゆっくりと話した。ユナと連絡がつかなくなって、ユウリが直接中央に掛け合うために旅をしたこと。ユナが形代とされたことを知ってなお、リトの求めに応じた理由。ユナの母であるミイナが、自分をユナと分け隔てなく育ててくれて、今も娘として接してくれていること。カナトは黙って聞いてくれた。

「だから、私にとっておかあさんと呼べる人は、ミイナさんだけなんだ。自分を産んだ母親がこの世のどこかにいることはわかってたけど、会った記憶もなかったし、自分から捜すつもりもなかった」

 ユウリにとっての家族。それは父と祖父、そして育ての母のミイナと妹のユナだ。これまでずっとそう思って生きてきたところに、突如として現れた生みの母親。しかもその人は、ユナが形代とされる元となった呪術を今世まで伝えてきた里の長だった。そのことは、ユナが犠牲となったことと無関係とは思えなかった。

「もしもユナが死んだことに、私があの人の娘だったことが関わってるんだとしたら、私はこれからどうしたらいいんだろう。お父さんやおかあさんに、どう償ったらいいんだろう」

 どう足搔いても、喪ってしまったユナを取り戻すことはできない。ならばせめてユナの遺志を継ごうと、リトを支えていくことを決めた。だがそれはあくまでユウリ個人がユナを思ってとった行動だ。あの旅を終えた後にことの顛末はミイナたちに話したが、ユナを喪った両親が抱く思いはユウリとは別のものだろう。今回のことの根本的な原因が自分にあるのかもしれないと知って、ユウリは親たちにどう顔向けしたらいいのかわからなくなってしまったのだ。

「俺の意見を言ってもいいか?」

 ずっと黙って聞いてくれていたカナトが口を開く。ユウリは小さくうなずいた。

「仮に形代とする者の選抜にあんたとあの里長の関係が関わっていたとしても、その妹が死んだことはあんたの責任じゃねぇと思う」

「……それは……」

「だってあんたは自らその妹を生け贄に差し出したわけじゃねぇんだろ?そもそも妹は侍女として仕えてたわけだし、あんたにゃ中央の思惑なんて知りようもなかった。だからこそ真相を確かめるために自らこっちに乗りこんできた。違うか?」

「……ううん。違わない」

 カナトの冷静な語り口に、ユウリも少し落ち着いて考えられるようになった。

「申し訳ないが、俺は中央がやったことを完全否定はできん。それで殿下が生きながらえたのも事実だからだ。あんたにとっちゃ、ひでぇ話かもしれんが」

「いやそれは……私自身、そのことで殿下を恨むことはしないって、もう決めたから」

「だがそれは建前だろ?本心はどうなんだ」

「本心……」

 ユナを喪った悲しみは、ユウリの中に確かにある。だが恨みや怒りという感情については、正直なところよくわからなかった。あの祠でユナの幻と邂逅し、その後リトに対して「恨まない」と宣言した。とは言っても、そのときにはまだ心の中に複雑な感情が渦巻いていたことも事実だ。あの宣言には自分に言い聞かせるという側面もあった。だが、今はどうだろう。リトに対しての恨みや怒りという感情自体、霧散してしまっているように感じる。それをカナトにどう伝えたらいいのか。人との会話にいまだに不慣れなユウリには難しかった。黙って考えこんでいると、カナトは少し口調を緩めて言った。

「まぁ俺が見てた中でもあんたから殿下への害意は感じねぇし、今はそれで良しとするよ。折り合いをつけるにはまだ時間が要るだろ」

「……ごめん。ありがとう」

 結局またカナトに気を遣わせてしまったと思うと自分の至らなさが情けなくなってくるが、今はその気遣いをありがたく受け取っておくことにした。

 カナトは視線を自分の前方へと逸らし、さらに話を続ける。

「俺がその辺の事情を知ったのは全部終わった後だった。殿下が快復したって知ったときは単純に嬉しかったよ。ずっと伏せている殿下を見てきたからな。だがその後に殿下自らの口からその話を聞いて……俺に言わせりゃ、むしろ忸怩たる思いをしてるのは殿下ご本人のように見える。今回いち早くその呪術師を招聘した理由も、あんたの話を聞いてなんとなくわかった」

 あんたの話、と言われてユウリは首を傾げた。いまいちつながりがわからなかったからだ。

「と、言うと?」

 その真意について問うと、カナトは再びユウリを見た。

「ユウリちゃんの妹は、いわば国の未来のための犠牲にされたわけだ。その未来ってのは殿下自身の命だ。国を引っぱる人間にとって、その犠牲を目の前に突きつけられるってのはきついもんがあるんだろうよ。民は国の一部だからな。殿下はそういう痛みを感じ取れる人間だと俺は思ってる」

 カナトの話を聞いて、ユウリにもなんとなくわかってきた。リトを本当の意味で恨まなくなった理由。それはリト自身が形代にされたユナと必死で向き合おうとしていることが垣間見えるからなのだろう。リトははじめからそうだった。自分の意思とは関係なく生かされているリトは、とても孤独に見えた。これまでずっと、その立場に自分は同情しているのだと思っていた。だがおそらくそれだけではない。ユナの意思を尊重するという点において、リトはユウリと同じ方向を向いて歩いている、いわば同士だと感じているということなのだと。

 ユウリはゆっくり息を吐くように言った。

「私も、殿下はそういう人だと思うよ」

 そう心から言えたことで、ユウリは心が軽くなったように感じた。


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