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24 乱される心

「あら?」

 時が止まったかのように固まってしまっていたので、ユウリは里長の女が首を傾げつつ自分を見つめていることに気づくのが遅れた。里長、ユイカは前に控えた二人の使者の間をするりと抜け、なぜかまっすぐにユウリに向かってきた。ユウリが我に返ったのは、その人の顔が間近に迫ったときだった。

「ユイカ様」

 使者の窘めるような小さな声が聞こえた気がしたが、ユイカは気にしたそぶりを見せない。ただユウリをじっと見つめる。その段になってユウリは何事かと目を白黒させた。

「あなた……」

「え、はい?」

「あなたは、オウリの娘、ね?」

 背筋がぞぅっと寒くなった。ユイカとは今が初対面だ。まだ名乗ってもいないし、まして自分の父親のことなど一言も発していない。ひとつ考えられる可能性としては、ユウリの面影から察したということだが、だとするとユイカは父と面識があるということになる。暗嶺で呪術を継ぐ里の長となるような人物と、父オウリが顔なじみである可能性。

 その奥にちらつくものを、ユウリは意識から必死に追い出そうとした。

「あの、どうして……」

「この髪。懐かしいわ」

 ユイカの手がユウリの髪に触れる。寒気はもはや悪寒となって全身を駆け巡っている。自分が今どこにいてなにをしているのかもわからなくなった。

 ずっと気にしていた、自分の髪色。なんとなく人目につくのを避けたいと思っていた、その根本の理由。

「産んだときより、少し落ち着いたかしら」

 必死で追いだしたのも空しく、ここまで言われては認めざるを得なかった。

 この目の前の女が、呪術の里の里長が、ユウリの生みの母親なのだと。

「失礼いたします」

 静かに、だがきっぱりとその間に割って入ったのはカシュウだった。

「ユイカ殿、お初にお目にかかります。私はカシュウと申します。こちらはユウリ、そしてカナトです。ご紹介が遅れて申し訳ございません」

 こんな場面でもさすがの落ち着きようでユイカに頭を下げる。そこでユイカも本来の目的を思い出したようだ。

「こちらこそ、大所帯で押しかけてお手間をおかけいたします。うちの者たちにはどうかお気遣いなく」

「まぁそう仰らず。まずはお茶のご用意がございますので皆様ご一服ください。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」

 カシュウの計らいにより元の予定どおりに一行を応接間へと案内する流れになった。カシュウに続いてユウリも動き出そうとした……のだが。

「危ない」

 ユウリは足をもつれさせ、ふらりとよろけた。隣からカナトが支えてくれなければ倒れていただろう。

 カナトに礼を言わなければと思うのに、口が動かない。ちゃんと床を踏みしめて立とうにも、足の感覚がない。そのままずるずると頽れてしまう。

「ちょっとユウリちゃん、しっかりしろ……って、意識ない?」

 肩を抱えられながら小声でカナトが言ったことを、聞いていたような、いなかったような。ユウリの意識はそのままぼんやりと閉じていった。


――ユウリ。

 お、かあさん……?

――あなたは、私の娘よ。今までも、これからも。

 うん、そうだね。

 ……。

 おかあさん、なんでそんな不安そうなの?

 なんで、泣きそうな顔をしてるの?

――それはね……。

――あなたは「私の」娘だからよ。


「……」

 次に意識が浮上したときには、ユウリは控室に寝かされていた。窓から差しこんでいる陽光は明るく、まだ昼の内であることがわかった。

 起き上がろうとしたとき、部屋に自分以外の気配を感じた。ハルだ。休憩が終わって身支度をしているところらしい。その足音や衣擦れの音になんとなくとげとげしさを感じてユウリは動けなくなった。おそらくあまり機嫌がよくない。その不機嫌にユウリの存在が無関係とは思えないので、なんだかいたたまれない思いがした。

 そのとき、ノックの音が響いた。ドンドンと、あまり遠慮のない音。

「おーい、ユウリちゃんいる?起きてる?」

 声の主はカナトだ。しかもユウリを呼んでいる。これは起きないわけにもいかない。だが足腰にあまり力が入らず、時間がかかってしまう。

「大丈夫かぁ?ちょっと邪魔するぞ」

「え、ちょ」

 そのままドアを開けようとするので焦っていると、ずんずんと歩いていったハルがドアをばっと開けた。

「女部屋のドアをこちらの許可なく開けるとはどういう了見ですか」

 静かだが怒りを含んだ声で抗議するのを、カナトは冷ややかに見下ろした。

「返事しなかったお前も問題だと思うが?状況わかってんだろ」

 カナトの指摘にハルは言葉を返さなかった。今カナトがドアを開けようとしたのは、中からの返事がなかったからだ。ユウリが返事できる状況になく、かつドアを開けられたくない状況なのであればハルが声をあげるべきだったというのがカナトの主張だった。ハルが黙ったのは、そうしなかったことに後ろめたいところがあるということだ。

 カナトはドアの前に立つハルを避けるように部屋に足を踏み入れた。その際ハルになにごとか囁いたが、ユウリには聞き取れなかった。

「とりあえず意識は戻ったみたいだな。立てるか?念のため今から医者に診せに行くけど」

 近づいてきたカナトが言うのに、ユウリはうなずいた。まだ身体に力が入らないが、なんとか立ち上がる。だがやはりよろけてしまった。

「おいおい本当に大丈夫か?しっかりしろよ。俺にお姫様抱っこで運ばれてぇの?」

「自分、で、歩く……」

「よし、よく言った。ほれ、肩貸してやるから頑張れ」

 カナトの肩に腕を回し、ほとんど引きずられるような形になっているのでこれはこれで恥ずかしいとは思ったが、抱えあげられて運ばれるのはもっと恥ずかしい。動かない足を叱咤しながら、ユウリはカナトとともに控室を後にした。

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