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挿話――侍女の憂鬱

「なんなのあの子」

 身体を休めるためにもぐりこんだ布団の中で、ハルは珍しくひとりごちた。

 補佐官という名目でリトの側にやってきたユウリという女をハルは当初から毛嫌いしていた。初対面のときに彼女にお仕着せを用意したのも嫌がらせのつもりだった。幸いなことに職分の違いで普段はほとんど顔を合わせることがないが、それは裏を返せば自分がいないときにあの女がリトの側にいるということだ。考えると腹が立つので、普段はできるだけ頭の隅に追いやっている。

 それなのに、さっきは堂々とハルの休憩を邪魔しにきた。自分の身体を休めるための時間にユウリの顔など見たくなかった。あからさまな悪態をついてやろうかとも思ったが、そこは一応堪えておいた。

 ミルダ付きの侍女という身分からリトの陣営に移るのは、思ったよりも難儀だった。結局は現帝の陣営のほとんどを敵に回すような形でしか離れることができなかった。予定よりも大ごとになってしまったこともあり、リトの陣営内にもハルをよく思っていない者が少なからずいる。そんな状況下では目立つ行動は極力控えるべきだ。やっとのことでリトの陣営に移ったというのに、問題視されるようなことをして弾き出されるようなことは避けなければならない。

(いいえ。弾き出されるのは私じゃない。そんなことにはさせない……)

 補佐官たるユウリもまた、陣営から諸手を挙げて歓迎されているわけではない。当たり前だ。この女は一度リトを害そうとした経歴がある。いくらリトが許しても、その膝元に集う者たちにはしこりがある。信用という点ではマイナスからのスタートであり、それは今も完全に解消したとは言えない。できればそのしこりが完全になくなる前にあの女を排除したいというのがハルの本音だ。だが。

(今はまだ動けないかな)

 苛立ちとともに息を吐き出す。それにはあとどれほどの猶予が残されているのだろうか。

 リトの陣営に移ってみてわかったことがある。こちらにはあまり使用人たちのうわさ話が流れてこないのだ。リト陣営の側近たちはそもそも口が堅いのか、付け入る隙が見つからない。現帝たるミルダは執務の合間を見ては私室へと帰ってきていたが、リトは日中ほとんど執務室から出てこない。ハルが休憩を終えて仕事に戻っても、がらんとしたリトの私室で一人黙々と清掃や整理整頓に取り組むばかり。部屋の主がいないのでそこに陣営の誰かが訪ねてくることもほとんどない。執務を終えて私室へ戻ってきた後も、リトは無駄話の類をほとんどしない。本当にあのミルダの子なのかと疑ってしまう。どんなに聞き耳を立てていても話す者がいないのでは、情報を集めるのに有利な状況とはとても言えなかった。

――私ならば殿下の秘密をあなたに漏らすとでも?

 あんな台詞がよく自分の口から出たものだと思う。漏らすもなにも、リトに関する秘密など握れてはいない。その事実がハルを余計に苛立たせる。

(こんなはずではなかったのに)

 一体どこで下手を打ったというのか。リトに示した態度?側近らの懐柔がうまくいかなかったこと?それとも、そもそもリトの陣営に移ったことが間違いだったのだろうか。

 ミルダの元を離れてリトの側に仕える身分になれれば、これまでに受けてきた理不尽への溜飲も下げられると思っていたのに。

 ユウリを補佐官に迎えることへの反発は、ハルが予想していたほど表には現れなかった。唯一あからさまな反意を示していたのは書記官シオンだけ。最側近たるカシュウなども様々意見は言っていたらしいのだが、明らかに迎え入れたくないとまで思っているかどうかは疑問が残った。さらにややこしいことに、ハルがリト陣営に受け入れられたのはこのカシュウの口添えが大きかった。あまり変に探りを入れるとそれこそ墓穴を掘ることになりかねない。結果的にハルがユウリを弾き出すために共闘できそうな人物はシオンただひとりだった。それなのにあの男は先走ってユウリの弾圧を試みた。成功率の極めて低いクーデターに近い形で。だからあの叙任式のとき、ハルはシオンを止めたのだ。あんなところで事を起こせばシオンのほうが責任をとらされて罷免される危険もあった。あの場にいて止められたからまだよかったが、かなり目立ってしまったから目はつけられているだろう。とりあえずほとぼりが冷めるまで大人しくしているしかない。

 とにかく、なにもかも、うまくいかない。ミルダの陣営にいたときのほうがまだ動きやすかった。だからといってあの理不尽な不機嫌に晒される日々に戻りたくはないし、向こうもハルを再び受け入れる気はないだろう。

(あぁっ、もう。今は考えるのやめよう……)

 乱された心は鎮まる気配がない。だがとにかく今は身体を休めることに専念することにする。この休憩が終わったら、またあの孤独な仕事に戻ることになるのだ。情緒の乱高下で重く感じる身体から意識的に力を抜き、布団に深く沈みこんだ。

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