閑話休題――リュウの矜持(1)
久々の投稿が番外ですみません。。
しかも長くなったので二話に分けます。。。
「おじさーん、来たよ」
ラッカの目抜き通りからは少し奥まったところにある、ジオウの薬種商店。店が大通りに面していないのは、ジオウが商う相手が個人ではなく商人だからだ。決まった相手と取引するのであれば入り組んだ場所にあったとしてもそれほど問題にならない。蔵を有するような敷地の広い店を構えても、大通りに面していない分店料として街に収める税は少なくて済む。
そんなジオウの薬種を売り歩く者のひとり、リュウはいつもの調子で裏口をくぐった。今日は店前ではなく裏で作業をしていたらしく、書類の山に埋もれるように座っていたジオウは低く「おう」と応えた。それも特段珍しいことではないので、勝手知ったるリュウは店裏を埋める荷物を器用に避けてジオウへと近づいた。
「これ、頼まれてたもん仕入れてきたよ。ヒュウゴウの肝」
背負っていた鞄から油紙に包まれた荷を出すと、ジオウはちらと視線を上げてまたなにかの書類へと目を落とした。
「おう。ご苦労。表のモンに渡しといてくれ」
「あいよ」
「上がりはどうする」
「次の仕入れに充てる」
「わかった。帳簿をつけておこう」
「あとでいいよ。仕事中だろ」
「お前はいつから気遣いできるようになったのやら」
「お褒めに与り光栄で」
皮肉っぽい会話もいつものことで、二人の間では常套句のようになっている。リュウを拾い、薬種商に仕立てたのはジオウだ。本来は師弟関係と言えるが、そこにはお互い頓着はなく気楽な関係だった。
通用口から店の表に出て、ジオウの下で働く奉公人のひとりにヒュウゴウの肝を渡した。リュウには顔なじみのない若い男だった。新入りのようで、乾かした肝の放つ独特の香りに驚いたそぶりを見せた。
「にしてもおじさんが仕入れなんて珍しいね。それもヒュウゴウの肝とか」
裏に戻ってジオウに言う。ジオウは息をついた。
「雪に閉ざされてからではどうにもならんからな」
「ん?ああ。ってそれじゃこたえになってないよ」
ヒュウゴウがねぐらにしているヒオリ山脈は雪深い。その頂は暑さの厳しい季節ですら白く染まっているほどだ。風の冷たさが身に染みる今ごろは猟期も終盤で、ここを越えると雪解けの季節にならないと仕入れが難しくなる。ただ普段はめったにジオウが取り引きしない原料ではあった。ヒュウゴウの肝は薬効の高い薬をつくれるが、猟師から仕入れないといけないことや手間暇がかかっていることなどから原価が高い。そもそもねぐらから遠いので猟師もラッカ近辺にはいない。今回は都方面に販路を広げたリュウがたまたま猟師のいる街に寄るところだったため、ジオウからの依頼を受けてついでに仕入れてきたにすぎない。
リュウが訝しげにジオウを見ていると、ガタ、と上で物音がした。びくっと見上げると、トントンと規則正しい足音が続いた。屋根裏から降りる、階段から。
「なんだよ騒がしいな。こっちは休んでるとこだったのに」
「げ……兄者」
そこから姿を見せた男に、リュウは顔をひきつらせた。
「シキ。精算は終わったのか」
「ああ。ほれ、俺の帳簿だ。あんたの心配とは裏腹に、ちゃんと黒字になってんだろ」
「ふん。どいつもこいつも薄利多売が板について」
「そりゃあんたの弟子だからな」
ジオウがシキと呼んだその男から投げやりに渡された帳簿に目を落とす。それをリュウは引き気味に黙って見ていた。
「それで、このうるさいじゃじゃ馬はなにしに帰ってきた」
「じゃじゃ馬とか言うなよ」
案の定こちらに突っかかってきたシキに対し、リュウは文句を言った。しかしそこにいつもの覇気はない。
先ごろシキのことを「兄者」と呼んだように、リュウにとってこの男は自分の兄弟子にあたる。そしてリュウに弓の技術を叩きこんだ人物でもあった。まだ成人もしていなかったリュウにその稽古はあまりにも厳しかった。あれからもう何年も経ち、お互いいい大人になっているというのに、リュウはシキの顔を見るとあのころのことを思いだして身体に力が入ってしまう。
帳簿に目を落としたまま、ジオウがうっそりと言う。
「やめんか、シキ。こいつはお前宛の荷を卸しに来たのだ」
「え、ヒュウゴウの肝をかい?」
怪訝な目がリュウに向く。それでリュウは理解した。リュウが仕入れてきたヒュウゴウの肝を欲していたのはこの兄者、シキだったのだと。
(だとしても、それを今言うなよ、おじさん……)
リュウは心の中で愚痴を言った。あわよくばさくっとこの場から逃げ出そうと思っていたリュウはそのタイミングを逃して気まずい気分のまま留まる。
「まぁ、それには一応礼を言っておく。これでうちの馴染みに薬をつくれる」
「あぁ、そう……」
「だがお前にあの辺に馴染みがあるなんて聞いてないぞ。販路拡大でもしたのか」
「うん、まぁ」
シキからの問いにリュウはあいまいに応える。リュウがひょんなことから都方面に販路を伸ばしたことをシキは知らない。そもそもお互いに行商の身の上なので、同じジオウから仕入れする身とはいっても顔を合わせるのは稀だった。
「あまり無茶して販路を広げようとすんなよ?ジオウは気にしないが、中には縄張り意識のある薬種商だっているんだぞ」
「それくらい、わかってるよ」
シキの前ではどうにも調子が乗らない。いつもは口にしないような言葉がこぼれる。
「兄者は、アタシのこと一人前って認めてないもんね」
まるで駄々をこねる子供じみていて、自分でもげんなりする。だがシキを前にすると、どうしても弱い自分が出てきてしまう。
それを見たシキはふぅ、とため息をついた。
「なぁリュウ、ちょっと話さないか。飯でも食いながら」
「え、うん……」
とてもそんな気分ではなかったが、兄者の誘いを蹴るのも気が引けた。結局リュウは渋々うなずいた。




