15 寄り道
「本当にここまででいいのか?」
馬車から降りると、眉間にしわを寄せたオウギに確認された。出発前にも何度も確認されていたことなのでユウリは苦笑する。
「うん。私もちょうど寄りたいところがあったから。むしろここまで送らせてしまって申し訳ない」
「いや、それは別にいいが……。まぁ、言っても今さらか。じゃあ四日後にまたここまで迎えに来るからな」
「うん。本当にありがとう」
「気をつけて帰れよ」
「オウギも」
最後の返しにオウギは皮肉っぽい笑みを浮かべた。心配されるまでもない、と言いたいのだろう。ユウリを下ろしたオウギはひとり、元来た道を帰っていった。
ちょうどいいということで、オウギも一度里に帰るのだそうだ。オウギの出身地はキースという、都の隣にある大きな街だ。以前旅した際にはマナに寄ったため通らなかったが、この街道沿いに都を目指していれば途中で通ることになった街でもある。ついでとは言い難い距離を送ってもらってしまっているので、こうしてオウギを見送るのはなんとも心苦しかった。ユウリを送らなければ彼ももっと地元でゆっくりできたはずなのだ。
ユウリは一度首を振った。それを今考えても仕方がない。オウギに感謝しつつ、今の目的に思考を移す。
目の前の門にユウリは懐かしさを覚えた。先の旅ではじめに立ち寄った街、ラッカの門。
街の中へ足を踏み入れると、広い目抜き通りに迎えられる。都の華やかさとはまた違うが、旅の者も多く立ち寄る街なのでやはり活気がある。寒さが身に染みる時期ではあるが、通りにはたくさんの人が行き交っていた。ユウリはそんな大通りを逸れて路地へと入った。手紙とともに入っていた手書きの地図を頼りに路地の中をくねくねと進む。ひとりで向かうのは不安だったが、やがて見覚えのある通用口が見えてきて、ユウリはほっと胸をなでおろした。
「こんにちは」
通用口から中へ声をかける。関係者ではないのだから、本来は表から訪ねるべきなのかもしれない。だが店の客でもないことを考えると表にまわるのもなんとなく気が引けてしまった。よく知らない店の人に取り次ぎを頼まなければならないというのも重荷に感じる。
店裏には誰もいなかったが、声をかけて待っているとやがてどたどたと階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
「ユウリ!本当に来てくれたんだなっ」
屋根裏から姿を現したリュウはニカッと心のすくような笑みを浮かべた。都へと発つ前にアヌカを訪れてくれたからそこまで日が空いたわけではなかったが、この再会もユウリには懐かしく思えた。
「道迷わなかったか?」
「うん。この地図があったから」
「でもわかりにくかったろ。アタシも場所説明したりすんの苦手だし」
「よく描けてたと思うよ」
「ならよかった」
いししと笑う。この笑顔をずっと見たかった。
宮廷でリトのお目付け役などという役目を与えられて、自分には過分な職だと思いながらなんとか求めに応えてきた。まだ始まったばかりではあるが、短い間にいろんなことがあり、多くの人と関わる中で、やはりあの宮廷という場所は若干気詰まりだと感じている。もちろんオウギのようにリト陣営の中でもよくしてくれる人はいるし、何度も助けられているのも事実だが、それでもふと思い出してしまうのだ。このリュウの底抜けの明るさを。一番苦しかったときを支えてくれた存在を。
「外寒かったろ。まぁこの上もそんな暖かいってことはないけど……」
リュウが言いかけたとき、さっと暖簾が上がって表から人が入ってきた。ユウリは会ったことのない青年。
「騒がしいな、何事だよ……って、お客さん?」
「げ、兄者」
その青年を見てリュウは顔をしかめた。リュウが「兄者」と呼んだということは、兄弟子のような存在だろうかとユウリは思った。
するとその青年はユウリに向き直って軽い会釈をした。
「どうも。俺はシキ。この店付きの行商人で、まぁリュウの兄貴分みたいなもんだ。あんたはリュウの知り合い?」
「そうです。ユウリといいます。急にお邪魔して……」
「あぁ、あんたがユウリか。リュウと旅したっていう」
「あの、はい」
「その節はこいつが世話んなったな。頑固だし気分屋だから大変だったろ」
「いや、お世話になったのはこっちのほうで……」
「だが道中リュウの商いを手伝ったって聞いたぜ。まったく素人にさせるこっちゃないってのに。まぁこいつもいい勉強になったみたいだけど」
「兄者もういいだろ。ユウリが戸惑ってる」
リュウが間に入ってくれて、ユウリはひと安心した。急に会話が始まってあたふたしてしまっていた。初対面の人間と話すのはいまだに苦手意識がある。目の前の青年、シキは頬を掻いた。
「あぁ悪い。つい癖でね。世間話が大事な仕事なもんで」
「うんわかったからもう兄者は表に戻って」
「相変わらずつれない妹だなぁ」
リュウがシキの身体を方向転換させて、背中を押して暖簾の奥へと押しやる。こちらを見たリュウは微妙な顔をしていた。
「なんかごめんな。兄者はいつもああなんだ。半端なく口が回るというか、誰に対してもフランクというか」
言い訳のようにシキについて話すリュウをユウリは微笑ましく思った。
「でもちょっと、リュウと似てると思ったよ」
「えぇ?アタシ?……うーんまぁ、似てなくもない、のかなぁ」
首を傾げてあさってのほうを見るリュウにユウリは笑った。二人の仲の良さは今の掛け合いだけでも垣間見えた。
「まぁいいや。とりあえず上がりな。ちょっと休んだらいいよ」
もちろん異論などないユウリはその言葉に遠慮なく甘えることにした。
屋根裏に上がると、腰を落ち着けて互いの近況などを話した。リュウいわく、ジオウは今珍しく留守にしているのだそうだ。なんでも古い知り合いに会いに行っているらしい。その間、店は兄弟子であるシキが預かっているとのこと。リュウも念のためジオウが帰ってくるまでは店で過ごすのだという。ユウリとしてはジオウの顔を見られなかったのは残念だったが、そのおかげでリュウが店に残っていてくれて帰省のついでに顔を見られたのでちょうどよかったという側面もあった。
ここからアヌカまでを日があるうちに踏破するのは刻限からして不可能なので、今日はラッカに一泊する予定だ。夕刻、シキが店じまいするころに暇を告げると。
「なんだよユウリ。せっかく来たんだし、宿なんかとらないでここで一泊していきなよ」
そんなことをリュウが言うのでユウリは恐縮する。
「いやそれはさすがに悪いし」
「悪いことなんかあるもんか。なぁ兄者もそれでいいだろ」
「ああもちろん。リュウが世話になった礼くらいさせてくれ」
「いやだから世話になったのはこっちのほうで……」
「はいはいユウリは相変わらず真面目だな」
結局二人に言いくるめられるような形で泊まらせてもらうことになった。せっかくだからとシキが言い出し、夕食は三人で飯屋に繰り出すことになった。リュウたちはよく行く馴染みの店らしく、三人での食事はくつろいだ雰囲気になった。ユウリははじめのうちは緊張を感じていたが、二人のぽんぽん進む会話につられるようにだんだん楽しめるようになった。食事をこんなに楽しいと感じたのも久しぶりのことだった。
リュウとともに屋根裏で眠り、翌朝開門の刻限に合わせて店を辞した。どれだけお礼を言っても足りないと思ったが、リュウとシキは気にしないというように笑って送り出してくれた。ユウリの心に二人の衒いのない優しさが染み入った。
ラッカを後にしたユウリは峠を越えて一路、故郷のアヌカを目指す。




