1 再びの旅立ち
「おかあさん、これは……?」
よく晴れた朝。日差しが家の小さな窓からも明るく差しこんでくる。その暖かな日差しを片頬に受けながら、ユウリは困惑気味に立ち尽くしていた。つい今しがた義理の母、ミイナから手渡された分厚い紙束のようなものに目を落として。
ミイナは明朗な声で言った。
「それはもちろん、封筒と便箋よ」
それは見ればなんとなくわかるのだが、ユウリが困惑しているのはその量の多さだった。毎日手紙を出したとしても一年で使いきれるかどうか。そもそも筆まめではないユウリには気の重い荷物だ。ただそれを渡した張本人であるミイナはミイナで腰に手を当て、ユウリをじっと見据えている。
「あなたが筆まめでないことぐらいわかってるわ。でもだからって便りを寄越さないというのは認めません。私たちにはあなたの様子を知る手立てがないの。毎日とは言わないからちゃんと手紙で知らせなさい」
ミイナは怒っているのだ。以前妹のユナの消息を掴むため、単身でアヌカを飛び出したときのことを。あのときは初めての旅に戸惑うばかりで、家に手紙を送ることなど考える余裕すらなかった。ミイナはかなり気を揉んでいたらしい。だからこうして先手を打つ形でまっさらな封書の束を渡してきた、ということだ。
「ごめん、おかあさん。今回は、ちゃんとするから」
この束の厚みは、ミイナの心配の証だ。それだけ想われていることを実感すると、胸が温かくなった。本当は行ってほしくない、というミイナの本音もわかっているつもりだ。彼女はそこで実の娘を失ったのだから。それでも今回反対せずに送り出してくれるのは、娘としてユウリが成長する機会だと考えてくれているからなのだ。
ミイナは寄せていた眉根を緩め、しょうがないというように笑った。
「とにかく、気をつけて行ってらっしゃいな。あなたが私たちの自慢の娘であることには変わりないわ」
「……うん、ありがとう」
ユウリは旅装の鞄に、封書を丁寧にしまいこんだ。
昼頃になり、馬車のカタコトという音が近づいてきて、集落の入り口のあたりで止まった。鞄を携えて外に出ると、二人の人物がこちらに向かって坂を上って来ていた。先に立って歩くのは小柄な初老の男性、その後ろについてくるのはひょろりと背の高い青年だった。前の人がユウリの前に着くと簡易の礼をした。
「殿下より仰せつかり、ユウリ殿を迎えに参りました。カシュウと申します。こちらは御者のオウギ」
後ろからついてきた人は目だけで礼をした。ユウリもぎこちなく礼を返した。
「ユウリです。お世話をかけます」
「この子の母です。どうかユウリをよろしくお願いします」
一緒についてきたミイナが改めて頭を下げた。ユウリも一緒に頭を下げる。カシュウと名乗った人はほほと鷹揚に笑った。
「お任せを。殿下の御名にかけまして、ご息女を丁重に扱うことお約束いたしましょう」
馬車に乗りこむ前、振り返るとミイナが大きく手を振った。ユウリはその気持ちに少しでも応えたくて、こちらからも大きく手を振った。
前回都を目指したときは結局ずっと徒歩で踏破したため、馬車に乗るのはこれが初めてだった。座席に座っていても身体が跳ねそうになるくらいに揺れる。
「酔わぬためにはしばらく窓の外を見ていたらよろしいでしょう」
カシュウが穏やかに言うのに、ユウリは首を傾げた。
「船だけでなく、馬車でも酔うの……ですか?」
「人にもよりますが。原理は似たようなものと聞きます」
たしかに以前聞いた話では、船は波に揺らされるのでそのせいで酔うのだということだった。これだけ揺れるのであれば馬車でも酔うというのにもうなずける。
(こんなとき、リュウがいてくれれば……)
世間知らずだったユウリにいろいろなことを話してくれたのは、薬種の行商として国の様々な地を巡っているリュウだった。初めての旅路に初手から行き詰っていたユウリを助け、ともに旅してくれた。この間アヌカも訪ねてきてくれて、両親も交えてまたいろいろな話をした。リュウの存在がどれだけ大きいか、こうして再び都に向かうことになって改めて感じる。酔いなども、リュウがいれば知識で助けてくれたかもしれない。
「街道まで出れば少しは揺れもおさまりましょう。それまでどうかご辛抱を」
「えっと、はい、大丈夫です」
カシュウがひどく気遣ってくれているのがなんだかいたたまれなかった。これでもユウリは体力だけはあるほうなので、慣れればなんとかなるだろうと構えずに考えることにした。
しばらくして馬車は街道へ出た。カシュウが言った通り、揺れは少しおさまって身体が跳ねるほどではなくなった。そうすると今度はその揺れが心地よく感じられて、日差しで温まった車内の空気も相まって眠気がやってきた。もうすぐ雪がちらつく時期だというのに、今日はよく晴れているせいかとても暖かい。しばらく耐えていたものの、ユウリはやがて重いまぶたを閉じてこくりこくりと寝付いてしまった。カタコトと蹄や車輪の音を響かせながら、馬車は一路都方面へと進んでいく。ユウリのこれからへの不安をも溶かしていくような、穏やかな午後だった。




