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挿話――御者と「影」たち

連投二話目です。

「なぁんか気にくわねぇな」

 叙任式の翌日、これまでユウリがオウギの教練を受けていた四方を壁に囲まれた庭で、カナトは珍しくぼやいていた。いつもの軽薄な笑みも今は鳴りを潜めている。

「でかい声で独り言を言うな」

「独り言じゃねぇわ。ひでぇな」

 カナトの視線の先には道着姿のオウギがいる。ただ今この場にはユウリの姿はない。オウギはひとりで型の確認をしていたのだが、集中を削がれてしまったので仕方なくカナトを見た。

「俺になにを愚痴りたいんだ。ユウリのことか」

「そうっちゃそうだが、そうじゃねぇ。あの場にしゃしゃり出てきたハルの女郎のことさ」

「お前その口の悪さどうにかならないのか」

「別にいいだろ。俺とお前しかいねぇんだしよ」

 カナトはユウリがいたときには見せなかった柄の悪さであぐらに片肘をついている。今は相当虫の居所が悪いようだ。

「変にあの場を収めちまいやがって。あのままシオンがやらかしてくれりゃあ尻尾掴めたものを」

「おい、まだシオン殿がそちら側とはわからんだろ」

「どうだか。あのハルの行動がシオンを庇ったもんだとしたら?あいつらが繋がってんなら怪しさ倍増だわ」

 不穏な会話はそこで途切れた。他の者には聞かれていないはずだが、少々しゃべりすぎたとカナトは内省する。

「まぁいいや。内部のことに関しちゃ俺は一旦お役御免だ。そろそろあいつも報告に帰ってくんだろうし、そしたら入れ替わりでまたしばらく街に潜って情報屋稼業だ」

「言うだけ言ってすっきりしてるし」

 オウギはげんなりしたが、カナトはいつものニヤリとした笑みを浮かべる。

「まぁ許せや。お前ぐらいにしか愚痴れんのよ。こんな役割してっとさ」

「相棒にでも愚痴っとけよ……」

「あいつとはほとんど顔合わせねぇから」

 カナトのここでの役割は「情報屋」、というよりここを出られない皇子の代わりに街へ潜伏し、実情を探るというものだ。一般には「影」と呼ばれ、皇子の「目」となり「耳」となって街を見て回り、街の民から話を聞く。カナトが人当たりよく見えるのは、そうして人々の懐に入りこみやすくするためだ。役割の特性上、職分は一部の人間以外には伏せている。

 現在、リトの陣営で動いている「影」はカナトと、あともう一人。その人物は……。

「ここはいつから溜まり場になったんだ」

「うおっ!ジグ。帰ってたのかよ。久々だな」

 ちょうど今この庭に姿を現した男。カナトがジグと呼んだその者である。

「珍しいな。顔見せるなんて」

 オウギが言うと、ジグは肩をすくめた。

「カシュウさんに言われたんだ。たまには話でもしてこいって」

「あの人の言いそうなことだな」

 ジグはカナトと同じ「影」だが、口調はオウギと似ているところがある。

「オウギはなにをしてたんだ?」

「勘を取り戻したくてちょっと動いてた。最近は自分のことどころじゃなかったからな」

「あぁあの、ユウリとかいう新任の世話をしてたんだったか」

「まぁそんなところだ」

 ぼそぼそと会話を交わす二人をカナトはうろんげに見据えた。

「なんかお前らが揃うと俺だけ浮いてる気がしてくるんだが」

 そんなぼやきにジグがカナトのほうを見る。

「そう思うならもう少し落ち着いた言動を身につければいいだろ」

「やなこった。第一俺らの仕事にゃこれぐらいフランクな方が合ってんだろ。ジグだって街の奴らと話すときはもっとふわっとしてんだろ」

「場や相手に合わせることを覚えたらどうだって言ってるんだが」

「んなめんどくせぇ……」

 不貞腐れた態度のカナトを今度はジグがうろんげに見る。

「なんでそんなに機嫌が悪いんだ」

「昨日のことを引きずってるようだ」

 応えたのはカナトではなくオウギだったが、ジグはそれでなんとなく察した。

「そのことに関してはカシュウさんとも話していた」

「そうか。なにかわかったのか?」

 オウギが問うと、そっぽを向いていたカナトもジグのほうを見た。

「たいしたことではないんだが……」

 ジグは声を落とした。三人は肩を寄せ、ひっそりと会話を交わす。同世代の気軽な空気は鳴りを潜め、皇子リトを取り巻く陣営の一角を担う者たちの顔に戻っていった。

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