第八十一話 S級ダンジョン第一層
目の前に広がるS級ダンジョンの入り口――その名も「深淵の霧穴」。
ゲートの奥には深い霧が立ち込め、足を踏み入れる者の視界を奪うような不気味さを放っている。
「これが……」
俺はその異様な光景に息を呑む。
「ここは『深淵の霧穴』。内部は視界を妨げる毒霧が充満し、魔物たちが巣食う危険地帯だ」
イザナが簡潔に説明する。その声には緊張感が込められていた。
「毒霧……」
「毒耐性の装備を忘れるな。さらに、出現する魔物もA級からS級相当の強さだ。全員、気を引き締めろ!」
イザナの言葉に、ギルドメンバーたちが一斉に頷く。
俺は胸元に手をやり、自分が装着しているネックレスを触った。
【装備アイテム】
名称:アンチポイズン・ペンダント
ランク:A級
効果:毒耐性+30%、状態異常「毒」を無効化
これは、イザナからの事前アドバイスに従ってショップで購入したものだ。少々高価だったが、毒霧の中での戦闘には必須だった。
「この装備があるだけで、少しは安心できるな……」
ネックレスに触れながら、俺は軽く息を整えた。
ダンジョンの中は、濃密な霧が視界を遮った。
足元の地面はぬかるんでおり、湿った空気が肺にまとわりつく。
「全員、隊列を維持しろ!」
「サポート役、位置につけ!」
イザナの指示のもと、統率された隊列が組まれる。
俺はその中で中央付近に位置し、後方支援の役割を担うことになった。
(視界が悪い……ここで戦闘するのか?)
前方から響く足音とともに、異様な唸り声が霧の中に響く。
「敵だ! 全員、構えろ!」
イザナの声と同時に、霧の中から巨大な影が現れた。
その正体は、全身を棘で覆った獣型のモンスターだった。
【敵情報】
名前:ブラッドスパイン・ビースト
ランク:A級モンスター
HP:500/500
スキル:毒棘飛散、狂奔突進
「毒棘に気をつけろ! 前衛、防御を固めろ!」
ギルドの防御役が盾を構え、突進するブラッドスパイン・ビーストの動きを受け止める。
その直後、棘が飛散し、周囲のメンバーが素早く回避行動を取った。
しかし、俺の目の前にも棘が飛んでくる。
「くっ……!」
咄嗟に金剛の盾を構え、棘を弾き飛ばすことに成功したが、衝撃で体がよろめいた。
「こいつ……硬いな……」
モンスターの分厚い皮膚に剣や槍が弾かれるたび、攻撃班が息を切らしているのが見える。
「魔法班、準備を急げ!」
イザナの号令により、後衛が攻撃魔法を発動。
「《フレイムランス》!」
炎の槍がモンスターの腹部を貫き、その巨体がついに崩れ落ちる。
ぐるるっ……!
断末魔の声を上げ、モンスターは地面に倒れ込んだ。
「次、来るぞ!」
霧の中から別のモンスターが現れる。
今度は、半透明の体を持つ人型の魔物だった。
【敵情報】
名前:ミラーファントム
ランク:A級モンスター
HP:300/300
スキル:幻影生成、光反射
「幻影に惑わされるな! 本体を見極めろ!」
霧の中で複数の幻影を生み出し、攪乱してくるミラーファントム。その幻影の一つが突然こちらに飛びかかってきた。
「本体か……!」
槍で迎撃しようとしたが、幻影は霧散してしまい、攻撃は空を切る。
「違う! 他を探せ!」
イザナの指示により、ギルド全体が本体を探し始める。後衛が放った魔法も、なかなか本体を捉えられない。
「これ以上、時間をかけるな!」
俺は意を決して、蒼炎の魔杖を手にした。
「《ブルーフレア》!」
青い炎が広範囲に広がり、複数の幻影を焼き尽くす。
その中の一つが苦しむように叫び声を上げ、本体であることが判明した。
「今だ! 攻撃班、叩け!」
本体が露わになった瞬間、剣や槍が一斉に飛び交い、ミラーファントムが霧散した。
「よくやったぞ。天城くん」
イザナが労りの声をかけてくれる。
「いえ、そんな。チームとして当然のことをしたまでです」
俺は本心でそう答えた。
「この後も、キミの活躍に期待しているぞ」
そう言ってイザナは俺の背中をポンと叩いた。
モンスターを次々と蹴散らしながら、俺たちはダンジョン内を進んでいく。
濃密な霧が立ち込める中、周囲の状況を常に警戒しながらの移動だった。
「こっちだ。フロアの探索はほぼ終わった。次のルートを探すぞ」
イザナが指示を出すと、探索班が動き出す。
しばらくして、誰かが声を上げた。
「階段だ! 地下に続いてる!」
その声を聞き、俺たちは慎重にその場所へ向かった。
「全員、階段を降りる準備をしろ。警戒を怠るな」
イザナの指示のもと、俺たちは隊列を整えながら階段の前に立った。
濃霧はさらに深まり、地下へと続く階段の奥からは不気味な気配が漂っている。
「行くぞ」
その言葉とともに、俺たちは階段を降り始めた。




