第七十四話 S級ダンジョンボス討伐依頼
「天城くん、キミに重要な依頼をしたい」
イザナの言葉に、俺は姿勢を正す。部屋の重厚な雰囲気とイザナの鋭い眼差しが、彼の言葉の重さを感じさせる。
「依頼……ですか?」
「ああ」
イザナが一呼吸置いて言葉を続けた。
「最凶の一角である、S級ボスモンスターの討伐だ」
「……S級……!」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が一際大きく跳ねた。
「後1週間後、私たち幹部ストレンジャーたちで、そのS級ボスモンスターの討伐を行う予定だ。そして、そこにぜひキミにも参加してほしい」
「まさか……」
「そのまさかさ。少しだけこのダンジョンとモンスターの情報を共有しよう」
イザナが手元を操作すると、ウィンドウが浮かび上がり、ダンジョンとモンスターの詳細が表示された。
【ダンジョン情報】
名称:深淵の霧穴
ランク:S級ダンジョン
概要:地表から深くえぐられた霧に包まれる洞窟型ダンジョン。内部は毒霧が充満しており、視界が極めて悪い。毒耐性装備が必須。魔物の数が多く、難易度が高い。
リスク:魔物の溢出によるスタンピードの可能性。
「ここが、『深淵の霧穴』だ」
イザナの言葉とともに、ウィンドウに洞窟型のダンジョンの画像が映し出される。
「内部には毒霧が充満し、視界が悪く、魔物の数も非常に多い。S級ダンジョンの中でも、特に厄介だと言われている場所だ」
【モンスター情報】
名称:暗獄竜ゼルガルム
ランク:S級ボスモンスター
HP:???(解析不能)
攻撃力:???
スキル:暗黒咆哮、毒霧展開、自己再生
概要:霧穴の主として君臨する伝説の竜。体全体に毒を帯びており、攻撃範囲は極めて広い。これまで討伐に挑んだ多くのストレンジャーが命を落としている。
「そして、これがそのダンジョンの主――『暗獄竜ゼルガルム』だ」
ウィンドウに表示された巨大な竜の姿に、俺は言葉を失った。
全身を黒い霧で包まれたその姿は、ただのモンスターとは思えない威圧感を放っている。
「このモンスターには、数多の手練ストレンジャーが挑み、そして命を落としてきた」
イザナの声には、普段の落ち着きに加え、深い重みが含まれていた。
「このダンジョンは、当然まだクリアされていない。そしてダンジョン分析チームによると、ここからまもなく魔物が漏れ出てくる可能性が高い」
「魔物が漏れ出る……?」
「そうだ。それが現実となれば、未曾有のスタンピードが巻き起こるだろう」
スタンピード――その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に古い記憶が蘇る。
(あの日、俺の家族……母さんと姉さんが街で現れたモンスターに……)
ダンジョンから溢れ出した魔物によって、大切な家族を失ったあの記憶が頭をよぎる。
(そんな悲劇が、また起こるのか……?)
拳を握り締めながら、俺はイザナを見つめた。
「イザナさん、1つお聞きしてもいいですか?」
「なんだい?」
「通常、こういった討伐ミッションは幹部だけで行われるものですよね。ましてや、入団してすぐの新人にこんな重要な任務を頼むなんて……」
その言葉に、イザナは微かに笑みを浮かべた。
「確かに、通常ならキミのような新人に頼むことはない」
「では、なぜ俺に……?」
イザナの目が真剣な光を宿しながら俺を見据えた。
「キミの《過去視》スキルを、みんなのために役立てて欲しいからだ」
「……俺のスキルを?」
「ああ。キミのスキルは、これまで埋もれてきた無数の可能性を掘り起こす力だ。その力を、この討伐に必要不可欠なものだと判断した」
その時、不意に頭の中で低く響く声がした。
《依頼を受けろ。そこにお前の目指す先がある》
「……!」
その声に、俺は思わず周囲を見回す。しかし、そこには誰もいない。ただ、今の声だけは確かに聞こえた。
(この声……夢で聞いた、あの大魔導士スペリシアの声……?)
脳裏に浮かんだそのイメージに戸惑いながらも、胸には新たな決意が広がっていく。
「天城くん、どうだろうか?」
イザナが静かに問いかけてくる。その声には、信頼と期待が込められていた。
俺は一瞬だけ目を閉じた後、大きく息を吸い込み、目を開けて答えた。
「わかりました。この依頼、引き受けます」




