第五十八話 危険なダンジョンゲート
応接室に入ってきたのは――エドガー殺害犯のシンジ・ハザマではなかった。
(えっ……違う!?)
俺は一瞬、頭の中が混乱した。目の前の男は、ハザマとは似ても似つかない風貌だ。筋肉質な体格に短く刈り込まれた髪、濃い眉と鋭い目つきが印象的な男だった。
「初めまして。私は新宿区支部の副支部長を務めている、カイ=イチノセです」
男が自己紹介をすると、俺は反射的に軽く頭を下げた。
「初めまして、天城蓮です」
「イザナさんから話を聞いているよ。キミはギルドに入ったばかりなのに、圧倒的な強さと結果を出しているそうだね」
「いえ、そんな……」
褒められても正直なところピンとこない。ただ、カイ副支部長の目は本気で感心しているようだった。
「我が支部としても、キミのような人材に力を貸してもらえるのは大変ありがたい。ぜひともよろしく頼むよ」
「……ありがとうございます」
俺は力の入らない声で答えた。シンジ・ハザマが現れるとばかり思っていた俺の期待は、完全に肩透かしに終わった。
カイ副支部長がにこやかに話を続ける。
「もしもよかったら、今日このあとすぐに、最近出現したダンジョンゲートの探索に向かってくれないか?」
「今日、ですか?」
「そうだ。実はそこには、我が支部の支部長であるハザマさんがすでに探索中なんだ。人手はあればあるほど助かるからね」
その名前を聞いた瞬間、俺の背筋がピンと張った。
(シンジ・ハザマ……!)
カイ副支部長の柔らかな口調とは裏腹に、その言葉が俺の胸に緊張を走らせた。
「……わかりました。ぜひ、そのダンジョン、今から探索させてください」
「助かるよ。あとでマッピングデータをテザリングさせてもらうからね」
カイ副支部長が笑顔を見せる中、俺の頭の中には別の考えが渦巻いていた。
(ついにあいつと……)
応接室を後にし、支部ビルの前でリナと並んだ。
「リナ、これから向かうところは……とても危険だ」
「えっ?」
リナが首を傾げながら俺を見上げる。その表情はいつもと変わらない無邪気さを宿している。
「たとえば……味方であるはずのストレンジャーが襲ってくる。プレイヤーキル(PK)行為をしてくることだって、あるかもしれない」
「……」
俺の言葉に、リナが真顔になるかと思ったその時、彼女は突然プッと吹き出した。
「ははは! 天城くん、何言ってるの? そんなの映画の中だけだって!」
「お、おい、冗談で言ってるんじゃないんだぞ!」
慌てて言い返す俺。
「ふぅん……本気なんだ……。おっけーわかったよ」
リナは明るい笑顔で語る。
「私は死の危険があるダンジョンで配信を始めた時から、とっくに覚悟なんて完了してるって」
その言葉に、俺は息を呑んだ。彼女の明るさの裏に、強い覚悟があることを初めて知った気がした。
「私は何があったって、天城くんについていくよ」
「……そうか、ありがとう」
俺が小さく頷くと、リナはいつもの笑顔に戻った。
「こちらこそ。最高同接数を記録させてくれた王子様♡」
「それ、まだ言うのかよ……」
俺が苦笑する中、リナは元気よく歩き出した。
※ ※ ※
そんな蓮たちのやり取りを、遠目から見ている人物がいた。街角の影に隠れるようにして、月宮朱音がじっとこちらを見つめている。
「天城くん……今日も学校サボって、どこに行くんだろう……」
朱音は、小さく呟いた。
制服姿のままの彼女は、そっと蓮たちの背中を追いかける。
(いったい、何をしているの……天城くん)
彼女の瞳には、どこか不安げな光が浮かんでいた。決意を胸に抱えた彼女もまた、蓮の知らないところで行動を開始しようとしていた。




