第五十五話 リナと朱音
「じゃあ、今日はお疲れさま!」
本部ビルのエントランス前で、俺とリナは顔を合わせた。明るい街灯がリナの笑顔を柔らかく照らしている。
「ああ、ありがとう。リナがサポートしてくれたおかげで助かったよ」
俺が軽く頭を下げると、リナは腕を組みながらニヤリと笑った。
「ねえ、天城くん」
「ん?」
「これからも、私とコンビ組まない?」
「え……」
思わず驚きの声を上げた俺に、リナは一歩近づいてきた。
「だってさ、魔薬草事件の同接数やばかったんだから! キミと組んだら、今後もバズること間違いなしだよ!」
「いやいや、俺と一緒にいてもそんなに良いことないぞ」
俺は遠慮がちにそう言ったが、リナは全く引き下がる気配がなかった。
「そんなことない! 天城くんは私の王子様だよ!」
「お、おい!?」
リナの勢いに押され、俺は思わず後ずさった。しかし、彼女はさらに一歩近づいてきて、目を輝かせながら言葉を続ける。
「だってさ、私がピンチの時に助けてくれたじゃん! キミ、私を助けるために命懸けで戦ってくれたでしょ? もうこれは運命だよ!」
「いや、それは……」
俺が何かを言おうとした時、リナがさらに距離を詰めてきた。その勢いで、またしても彼女の柔らかい部分が俺の胸に当たりそうになる。
(ちょ、またかよ……!)
顔を赤くしながら身を引こうとしたが、リナの勢いに押され、俺は観念した。
「分かった、分かったから!」
「やった! 決まりね!」
リナが満面の笑みを浮かべ、ピースをしてみせる。その笑顔には、どんな反論も受け付けない力強さがあった。
「じゃあ、新宿区支部に行く日時、ちゃんと決めといてね!」
「分かったよ……」
俺が溜息交じりに答えると、リナは軽く手を振って別れを告げた。
「また連絡するから! お疲れさまー!」
彼女が元気よくその場を去っていく姿を見送りながら、俺はようやく一息ついた。
(はぁ……とんでもない子だよ、ほんとに)
夜の街を歩きながら、俺は頭の中でこれまでの出来事を整理していた。
(イザナさんの元で名簿を確認し、犯人を特定した。そして、新宿区支部への調査許可も得られた……ここまでは順調だ)
しかし、胸の中には一抹の不安も残っていた。
(あの男――シンジ・ハザマが、ギルドの幹部で新宿区支部の支部長だったなんてな)
あの男がギルドの中で権力を持つ存在だという事実は、俺の想像を超えていた。そして、彼がエドガーを殺した張本人であることへの怒りが再燃する。
(でも……なぜ俺はこんなにもエドガーのことに固執しているんだ?)
自問自答する中で、ふと母と姉の顔が脳裏に浮かんだ。
(エドガーにも、きっと家族がいたはずだ。彼を失った家族たちの想いは……俺が母と姉を失った時と同じくらい辛いに違いない)
俺は手を強く握りしめた。
(その苦しみを少しでも和らげることができるなら、それは俺にとって、失ってしまった家族のためにもなる気がする)
そんな思いに耽りながら歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「天城くん?」
「……月宮さん?」
振り返ると、そこには月宮朱音が立っていた。夜風に揺れる髪と、少し戸惑ったような表情が、街灯の光に浮かび上がっている。その姿に、胸が一瞬だけ跳ねる。
「こんな時間に、どうしたんだ?」
「えっと……偶然、天城くんの後ろ姿が見えたから」
朱音は少しだけ頬を赤らめながら、両手を握りしめている。その仕草に、俺はなんとなく気まずさを覚えた。
「そうですか……」
短く答えた俺の視線に、朱音が何かを決意したように、小さく息を吸った。
「ねえ……天城くん」
「ん?」
彼女はスマホを取り出し、画面をこちらに向けた。そこには、リナの配信のスクリーンショットが映っている。
「偶然ネットで見ちゃったんだけど……これって、天城くんだよね?」
「えっ……」
俺は思わず目を見開いた。
「それで……その……ダンジョン配信者のリナちゃんって……天城くんの知り合い?」




