第五十四話 ギルド名簿のエドガー殺害犯
「さて、約束通り、名簿を閲覧する許可を出そう」
イザナが手元の端末を操作すると、俺の前に顔写真付きのホロウィンドウが浮かび上がった。
「ギルドメンバーの情報を閲覧する理由を尋ねてもいいか?」
イザナの問いかけに、俺は一瞬だけ息を呑んだ。
(リーダーを信じていないわけではない。でも……)
「ちょっと、興味があっただけです。せっかく『暁の刃』に入ったので、どんな人たちがいるのか知っておきたくて」
俺はできるだけ自然な笑みを浮かべて答えた。
「なるほど」
イザナは微笑みながら頷いたが、その目はどこか鋭さを含んでいるように感じた。
(……あなたのギルドに殺人犯がいます、とは言えない)
(それに、証拠もまだない。今は独自に探すのが得策だ)
俺はそう自分に言い聞かせながら、目の前の名簿に集中した。
「おおっ、これが『暁の刃』の名簿かー!」
隣でリナが覗き込んでくる。俺が集中したいと思う間もなく、彼女は執務室にいた模擬戦の男、ウォルターに話しかけ始めた。
「あのさ、アカツキブレイドって福利厚生すごいんでしょ?」
「え?」
ウォルターが驚いた顔をすると、リナは続けた。
「ギルドをアピールするための配信の費用とかって、経費になるのかな? あと、アカツキブレイドのシンボルマークをつけたリナフィギュアを作るとしたら、ロイヤリティってどれくらい払えばいいの?」
「え、えっと……それは多分、リーダーに相談しないと……」
ウォルターが困惑したように視線を泳がせる中、リナは笑顔を浮かべながら質問を続ける。
「でも、ギルドの宣伝にもなるし、きっとOKだよね?」
「まあ、そうかも……」
そのやり取りを横目で見ながら、俺は呆れとともに感心していた。
(ちゃっかりしてるな……リナらしいけど)
俺は再び目の前の名簿に目を戻し、慎重に一つずつ顔写真と名前をチェックしていった。
(どこだ……あの男はどこにいる?)
スクロールを続ける指が、徐々に汗ばんでくる。画面には、ギルドメンバーたちの詳細なステータスと所属部署が記されているが、まだ目的の人物にはたどり着けない。
「見つけた……!」
心の中で小さく叫びながら、画面に表示された一人の顔写真に目が留まった。
(こいつだ……!)
過去視で見た顔と同じだった。冷たい目つき、整えられた髭、そして口元に浮かぶ薄い笑み――間違いない。
「エドガーを殺した犯人だ……!」
名簿に記されていたその男の情報は驚くべきものだった。
【メンバー情報】
名前:シンジ・ハザマ
ランク:A+
役職:アカツキブレイド新宿区支部 支部長
「本当かよ……」
俺は画面を見つめたまま呆然とした。
(あんなヤツがこのギルドの幹部……?)
彼が新宿区の支部長であるという事実は、俺に強い違和感を覚えさせた。
(当然、あのプレイヤーキル行為は表に出していないんだろう。狡猾に成り上がっていったに違いない)
名簿を閉じ、俺はイザナに向き直った。
「リーダー、ちょっとお願いがあります」
「なんだ?」
イザナが興味深そうに眉を上げる。
「新宿区支部で管理しているダンジョンゲートに興味があって、調査権限をいただけないでしょうか?」
「新宿区支部……?」
イザナは少し考え込むようにしてから頷いた。
「今回の魔薬草事件の功績を考えれば、そのくらいの許可は当然だな。分かった。調査の許可を出そう」
「ありがとうございます!」
イザナの言葉に頭を下げた俺に、彼は続けた。
「ただ、話は通しておくから、詳しいことは新宿区支部の支部長に聞いてくれ」
「支部長に……?」
「ああ、シンジ・ハザマだ。信頼できる幹部の一人だよ」
イザナの言葉に、俺は冷や汗が滲むのを感じた。
(狙い通りだ……!)
心の中で小さく拳を握りながら、俺は静かに頷いた。




