第五十一話 リナの暴走
俺とリナが物陰で話していると、
「ん、ちょっと待て。向こうで何か音がしたような……?」
研究者たちの声が一瞬止まり、こちらの方に視線を向けた。
(ヤバい……!)
俺はとっさにリナの腕を引き、身を屈めた。二人して物陰に隠れ、息を殺す。
「見られた……?」
リナが小声で囁く。その声は、かすかに震えていた。
「まだ分からない。静かに……」
俺も低い声で応じながら、物音を立てないよう細心の注意を払った。
しかし、慌てて身を屈めたせいで、俺たちはぴったりと密着する形になってしまった。しかも、リナの柔らかい何かが俺の顔に当たっている。
(……これ、やばいだろ)
少女の柔らかい肌の感触が直接的すぎて、頭が真っ白になる。加えて、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐり、冷静さを保つのが難しい。
(何とかしないと……)
そっと体を捩って距離を取ろうとした瞬間、リナが耳元で囁いた。
「ダメ、動かないで!」
小声ではあるものの、その真剣な響きに、俺は動きを止めざるを得なかった。
(いや、無理だろ、これ……!)
柔らかい感触、甘い香り、そして密着する温もりに耐え中、頭がいよいよクラクラしてきたその時、
はるか先、遠くから低い声が響いてきた。
「どうだ、出来栄えは?」
どこか威圧感のある声に、研究者たちが顔を上げる。
「おお、来てくれたんですね!」
「見てください、この試作品。あと少しで完成です」
声の主が研究者たちに歩み寄る。
物陰からこっそり覗くと、そこに現れたのは腕に覚えのありそうな屈強なストレンジャーだった。彼はギルドメンバーを思わせるような高品質な装備を身にまとい、険しい表情をしている。
「期待しているぞ。この成果が成功すれば……大金が手に入る」
「ええ、それはもちろん。これがあれば、使役獣の市場は完全に独占できますよ」
研究者たちはストレンジャーに向かって成果をアピールしながら、試験管やビーカーを手に取り、細かく説明をしている。
ようやく声の主を確認できた俺は、思わず息を呑んだ。
「あいつは……!」
密着していたリナから身を離し、そっと指をさして呟く。
「どうしたの?」
リナが不安げな顔で尋ねてくる。
「こいつだ。俺が《過去視》で見た男だ」
「本当に!?」
リナも驚きで目を見開く。その視線の先にいるのは、過去視で畑を荒らしていた犯人――黒いフードを被っていたあの男だった。
「やっぱり、ここにいる奴らが魔薬草を枯らした犯人だったんだ……」
確信が胸に広がる。ゴミスキルだと思っていた《過去視》が、確かに役に立ったという手応えを感じた。
(でも……それでどうする?)
犯人が誰なのか分かった。証拠も掴んだ。しかし、次の一手をどうすればいいのか分からない。
(このままイザナさんに報告に戻るべきか? それとも……)
俺は視線をストレンジャーと研究者たちに向けたまま考える。今、この場で全てを解決することもできるかもしれない。しかし、そのリスクは大きい。
(どうする……)
迷いが頭を支配する中、隣からリナの声が飛び込んできた。
「ちょおおおっと! アンタたち!! 魔薬草泥棒の犯人よね!!」
「えっ!?」
俺は声を上げてリナを振り返る。彼女は物陰からずんずんと出て行き、堂々と研究者たちの前に立っていた。
「せっかく隠れてたのに……!」
俺が頭を抱える中、リナは研究者たちを鋭い目つきで睨みつけている。
「魔薬草を枯らして盗んだの、アンタたちでしょ!? 全部お見通しだから!」
その声に、研究者たちとストレンジャーが一斉にこちらを振り返った。
「やばい、リナ……!」
俺は慌てて立ち上がり、彼女を引き戻そうとするが、彼女の勢いは止まらない。研究者たちは驚きの表情を浮かべ、ストレンジャーの目が鋭く光る。




