第四十八話 魔薬草を枯らした犯人
準備を整えた俺は、畑に戻り、枯れた魔薬草の根元の一つに膝をついた。指先でそっと土を撫で、目を閉じて集中する。
「……《過去視》」
スキルを発動すると、視界が微かに歪む。そして、枯れた魔薬草が生き生きとしていた1秒前の姿が浮かび上がった。その姿を見て、どこかホッとしつつも、当然それだけでは何も分からない。
(まだだ……これだけじゃ何も見えない)
俺は続けてスキルを重ねがけする。
「もう一回……!」
スキルを発動し続けるたび、視界が少しずつ過去へと遡っていく。最初は変化の乏しい映像ばかりで、見えるのは薬草がわずかに青々としていた時期の様子だけだった。
(もっと奥だ……!)
スキルの発動回数を重ねるごとに、映像が徐々に深くなり、その速度が指数関数的に加速していく感覚が広がる。
(限界まで使ってやる……!)
息を切らしながらも、手を止めることなくスキルを発動し続けた。その時、映像の奥深くに触れるような感覚が広がる。そして、畑の魔薬草が枯れた原因にまでたどり着いた――。
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時間は夜中。星明りの下、静まり返った畑には薄い霧が漂っていた。周囲には虫の羽音すら聞こえず、静寂に包まれている。
その中に、闇を裂くようにして一人の男が現れる。
男は黒いフードを深く被り、その顔は影に隠れて見えない。手には杖を握りしめ、慎重な足取りで畑の中央へと進んでいく。その動きには迷いがなく、目的を持ってここに来ていることが明らかだった。
「ここだ……」
男が立ち止まり、杖を地面に突き立てる。その背後には、一匹の魔物が従っていた。黒い体毛と鋭い目を持つ魔物は、男の指示を待つように静かにその場に立ち止まる。
「《生命力吸収》」
男が小さく呟くと、杖の先端が淡い紫色の光を放ち始めた。その光は薬草の根元に広がり、徐々に畑全体を包み込む。
薬草たちは次々と萎れていき、紫色の光がその生命力を吸い上げていく。その吸収された生命力は、魔物へと流れ込むようにして移動していった。
魔物は喉を鳴らし、吸収された生命力を体全体に取り込む。その体は徐々に膨れ上がり、一回り大きく成長した。その姿には明らかに異質な力が宿っている。
「よし……あともう一息で、完成だ」
男が満足そうに呟きながら杖を下ろすと、魔物はその場を離れ、素早く暗闇の中へと消えていった。男もそれを追うようにして姿を消す。
残されたのは、生命力を奪われて枯れた畑だけだった。そこには、かつての青々とした薬草の姿はなく、荒廃した土地だけが広がっていた。
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視界が現実に戻り、俺は静かに目を開けた。枯れた薬草の根元を見つめながら、先ほどの映像を頭の中で反芻する。
(なるほど……そういうことか)
あの男と魔物がこの畑を枯らした原因だった。そして、その目的が魔物の成長であることも見えてきた。
「……なるほど。そういうことか」
小さく呟いた俺に、隣のリナが首を傾げた。
「天城くん、何かわかったの?」
「ああ。この魔薬草を枯らした犯人が分かった」
「えっ!?」
リナの目が驚きで見開かれる。隣にいた老婆も、杖をつきながらこちらに近づいてきた。
「お前さん、本当に何か分かったのかい?」
老婆の問いに、俺はしっかりと頷いた。
「今から、その犯人の元まで行ってみます」
そう告げると、リナと老婆は一斉に声を上げた。
「ええっ!? 急すぎない!?」
「そんな無茶なことをして、大丈夫なのかい!?」
俺は二人を安心させるように手を挙げて答えた。
「大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
俺は老婆に向き直り、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「だから、おばあさん。もっと食糧をください。スキルをもっと使う必要がありそうなんです」
老婆は一瞬驚いたように眉を上げたが、すぐに溜息をついて肩をすくめた。
「また食べるのかい……アンタ、どこにそんなに入るんだい?」
その言葉に、リナが笑いながら小声で茶化してきた。
「天城くん、食べ過ぎたら動けなくなるよ?」
「そんな心配いらないから!」




