第四十七話 はい、あーん♡
「それで……この畑をどうしろっていうんですか?」
つい口から出た言葉は、自分でもバカだと思うほど頼りないものだった。
「なにをおマヌケなことを言ってるんだい!」
老婆が腰に手を当てて鋭い声を放つ。その声には経験と苛立ちが混ざっていて、俺は一瞬で背筋を伸ばした。
「それをアンタらが考えてくれるってんだから、派遣を受け入れたんだろうが!」
その剣幕に、俺もリナも思わず身を引いた。リナは「うわっ」と小声で呟きながら俺の影に隠れるような仕草を見せる。
「アタシャ30年以上ここで魔薬草を作ってるんだけど、こんなことになるなんて初めてでねぇ。理由もさっぱりさ」
老婆は畑を見渡しながら、呆れ混じりの声で続けた。
「こんな状態じゃ、もう何も作れないよ。一度、専門の植物鑑定士に来てもらったけど、原因はわからなかったよ」
「専門家でも分からなかったんですか……?」
俺が応えると、老婆は軽く溜息をついた。その溜息には、30年この土地で培った経験が通用しなかった無力感が滲んでいる。
「もうほんと、途方に暮れちゃってさぁ。土を入れ替えるか、魔薬草の種を取り替えるか、水を変えるか、肥料を変えるか……どこから手をつけていいのかお手上げさね」
老婆の言葉には、諦めとも怒りともつかない感情が込められていた。
「なるほど……」
老婆の説明を聞きながら、俺は改めて枯れた畑を見つめた。広大な畑と、そこに横たわる枯れ果てた魔薬草。その広さと状況に、どこから手をつけていいのか分からないのは当然だと思えた。
「天城くん、どうするの?」
隣のリナが少し不安そうに尋ねてくる。その声には明るさはなく、どこか心配そうな色が滲んでいた。
「これ、解決できそう?」
「……正直、分からない」
俺が苦笑しながら答えると、リナは小さく唇を尖らせた。
「じゃあさ、私のリスナーたちに聞いてみようか? 配信でみんなに聞けば、絶対何かしらのアイデアが出てくると思う!」
「いや、それは……」
リナの提案に困惑する俺を見て、彼女は目を輝かせて続けた。
「ほらほら、ダンジョンエンジェル・リナのネットワークは最強だから! きっと答えが見つかるって!」
「いや、それは……さすがにここじゃ無理だろ」
リナの勢いに押されかけたその時、ふと頭の中にある考えが閃いた。
(そうだ……!)
「この畑で枯れてしまっている魔薬草の《過去》を見れば、何かわかるかも知れない!」
俺は思わず声を上げた。その言葉に、リナも老婆も目を丸くする。
「過去……? 天城くん、それってまさか、イザナさんが言っていたスキルのこと?」
リナが首を傾げながら尋ねてくる。
「とにかくやってみるよ。そのためには……」
俺は老婆に向き直り、力強く言った。
「すみません、おばあさん! 今、お店にある精と元気がつく食べ物と飲み物を、売ってください!」
「はぁ?」
老婆が呆れたように眉を上げる。
「まあええけどさ。アンタ、さっきもよく食べてたけど、そんなに食べられるのかい?」
「食べます。必要なんです」
俺の真剣な様子に、老婆は肩をすくめながら店内へと戻っていった。俺は小さく息を吐き、リナが笑顔で「頑張ってね!」と応援してくれるのを横目に、次の準備を整える気持ちを固めた。
そして俺はショップ店内のテーブルに座ってガツガツと食べ物を平らげていた。
老婆が用意してくれた精と元気がつく食べ物と飲み物。それらを口に運びながら、体力と精神力がじわじわと戻ってくるのを感じる。
(よし、これでHPもMPも回復するから、《過去視》連続使用の体力が持つはずだ!)
自分に言い聞かせるように呟いたその時、横からスプーンが差し出された。
「はい、あーん♡」
「え?」
スプーンの先に乗ったスープを差し出してきたのは、隣に座るリナだった。
「ほら、あーんして♡」
「ひっ、一人で食べられるよ!!」
慌てて拒否すると、リナは少し拗ねたような表情を浮かべた。
「えー、つまんない」
「つまんないって……何なんだよ」
「じゃあさ、もしかして……口移しとかの方が良かった?」
そう言って、リナは自分のピンク色の唇をペロリと舐めて見せた。その仕草に、思わずゴクリと生唾を飲んでしまう。
「ほ、ほんと、いい加減にしてくれ!」
俺は顔を赤くして顔を背けた。その反応を見て、リナはさらに楽しそうに笑った。
「天城くんって、いじり甲斐があるよね!」
「いじらなくていいから!」
そんなリナの様子に振り回されながらも、俺の胸には一つの決意が芽生えていた。
(この畑に何が起きたのか……必ず見つけ出してみせる)




