第四十六 イザナ・クエスト『魔薬草栽培ショップ』
(お願いだ……許可してくれ)
イザナは腕を組み、目を閉じて考え込むような仕草を見せた。その表情には、ただのギルドリーダーではなく、多くの決断を重ねてきた重厚さが宿っているように思えた。俺は息を詰め、次の言葉を待つ。
やがて、イザナは目を開き、ゆっくりと頷いた。
「分かった。本来、メンバーリストは幹部クラスにしか閲覧許可を出せない。しかし――」
一拍置いて、イザナは俺の目をじっと見据える。その眼差しは、ただのリーダーから放たれるものではなく、人を見極めようとする鋭い意志そのものだった。
「キミのその意志ある眼に免じて、特例として出してあげよう」
「本当ですか!?」
喜びが込み上げ、思わず声を上げてしまった。胸の中に湧き上がる感情を抑えきれず、言葉が自然と口をついて出る。
「ただし、条件がある」
「……条件?」
俺の問いに、イザナは椅子にもたれ、重々しい声で続けた。
「うちのギルドには多種多様な役割の人間がいる。冒険者として戦う者だけでなく、裏方で支える者たちもいる」
彼の語りには、ギルド全体を見守るリーダーの威厳が滲み出ていた。
「ちょうど今、人手が足りずに困っている者がいる。彼の手伝いをしてくれたら、その許可を出そう」
「それはもちろん、構いません!」
即答した自分の声が、意外にもはっきりと響いた。ここまで来たら、どんな条件でも受け入れる覚悟はできている。
「なんかよくわかんないけど……よかったじゃない!」
隣でリナが笑顔を浮かべながら手を叩く。その無邪気な反応に、俺は少しだけ肩の力が抜けた。
(よくわかんないのに一緒に喜んでくれるなんて……リナって本当にいい人だな)
一歩前進したという実感が胸に広がる中、俺はイザナの言葉に従って次の場所へ向かう準備を始めた。
指定された場所に到着した俺たちが見たのは、独特の雰囲気を漂わせる一軒のショップだった。店の看板には「魔薬草専門店」と書かれ、その周囲には風化した石材や苔むした装飾が施されている。異世界の植物園を思わせるような、どこか神秘的な空気が流れていた。
「ここが……魔薬草栽培ショップか」
「うわー、なんかすごい雰囲気! 絶対に配信映えするじゃん!」
リナが目を輝かせながら店の周囲をキョロキョロと見渡している。そのテンションの高さに、俺は軽く溜息をついた。
「いや、まずは店主に挨拶しないとだろ……」
そう言いかけた時、ギィと音を立てて店の扉が開いた。
「おやおや、あんたらが『暁の刃』から派遣されてきたっていう冒険者かい?」
出てきたのは、腰を少し曲げた小柄な老婆だった。白髪をきっちりとまとめ、深い皺の刻まれた顔にはどこか鋭い目つきが光っている。その瞳は、ただの店主のものではなく、長年の経験を物語るような威圧感を放っていた。
「あ、はい。そうです」
俺が答えると、老婆はじっとこちらを見据えた。その視線には、こちらの本質を見抜こうとするような鋭さがあった。
「本当にできるんだろうねぇ。見たところ、あんまり頼りなさそうだが……」
その言葉に、俺もリナも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「えっと、何をすればいいんでしたっけ?」
俺が恐る恐る尋ねると、老婆は鼻を鳴らして答えた。
「ふん、こんなこったろうと思ったよ。あのギルドのストレンジャーども、アタシの魔薬草を調達するときだけいい顔して、用がないときゃあこんな感じさね」
「……」
俺とリナは顔を見合わせた。リナの目には少しだけ戸惑いの色が浮かんでいる。その様子を見た老婆は、小さく溜息をついて続けた。
「まあいい。こっちきな。見りゃわかる」
老婆に連れられて店の裏庭に出ると、そこには広大な畑が広がっていた。しかし、その光景を目にした瞬間、俺たちは言葉を失った。
「えっ……」
「枯れちゃってる……」
畑一面に植えられているはずの魔薬草が、全て茶色く枯れ果てていたのだ。かつては青々とした薬草が茂っていたであろうその畑は、今や完全に生命力を失い、まるで荒れ果てた荒野のようだった。
「これ……全部?」
リナが信じられないといった表情で問いかけると、老婆は重々しく頷いた。
「全部だよ。これじゃあ商売上がったりさね」
老婆の声には、どこか諦めにも似た苦い感情が込められていた。その声が静かに響く中、俺は枯れた畑をただ呆然と見つめ続けた。




