第三十八話 入団試験
「なぜこんなにエドガーのことが気になるんだろう……」
ジャンク商会からの帰り道、俺は足を止め、空を見上げた。夕焼けの赤い空が街を包み、行き交う人々の影を長く伸ばしている。その中で、自分の胸に湧き上がる感情の正体を探ろうとする。
(あの無念の死を見たから?)
エドガーが仲間に裏切られ、命を落とす瞬間。過去視を通じて見たその光景は、今でも頭に焼き付いている。
(それとも……騙して殺した奴が許せないから?)
裏切り者たちの顔、ギルドのマーク――全てが俺の心に深く刻まれている。
(それだけじゃない……)
あの隠された空間で見つけた宝石。ダンジョンゲートの謎を解く手がかりになるかもしれないその未知の力が、闇に葬られようとしている。それを見過ごしていいのか――そんな思いが胸を締め付ける。
(でも……)
ふと、別の考えが頭をよぎった。
(これってただの偽善じゃないのか?)
自分の中にある感情が何なのか、結論は出ない。それでも、俺の足は自然と家へと向かっていた。
家に帰り着くと、いつものように机に向かい、ジャンク商会から仕入れたアイテムを並べる。手元にはひび割れた剣、砕けた宝石、そして古びた指輪――どれもゴミと呼ばれる代物だ。
「よし、やるか」
俺は静かにスキル《過去視》を発動する。一つ一つのアイテムに集中し、その過去を掘り起こしていく。
【スキル:過去視】
説明:対象の過去1秒間の視覚情報を取得する。スキルの重ね掛けにより、さらに過去の情報を視ることが可能。
過去視を繰り返し、重ね掛けを続ける。しかし、最近は【封印の解放】が発動することは稀だった。
(さすがにそんなにうまくはいかないか……)
ゴミアイテムが進化するのはまれで、大半は単に「綺麗なゴミアイテム」になるだけだ。それでも俺は手を止めなかった。
(愚直な反復行動が、このゴミスキルを開花させたんだ)
これまでの経験が俺を支えている。手が疲れ、目がかすむ中でも、俺は黙々と作業を続けた。
「今日も徹夜で頑張るぞ」
小さく呟きながら、再びアイテムに集中する。
翌朝、睡眠不足の体を引きずりながら、俺は『暁の刃』の入団試験会場へ向かった。チラシに記されていた場所は、街の郊外にある広い訓練場だった。
「……ここか」
巨大な門が目の前にそびえ立ち、奥には多くの志望者たちが集まっている。彼らは皆、武具を身にまとい、明らかに実力者ばかりだ。
(Dランクの俺がどうにかできるのか……?)
深呼吸をして気を落ち着けようとしたその時だった。
「ねえ、キミも……もしかして、入団志望者?」
突然、明るい声が背後からかけられた。振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
彼女の第一印象は、「眩しい」だった。肩まで伸びた明るい茶色の髪が太陽の光を受けて輝き、ぱっちりとした大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。白い肌に整った顔立ち、そして、彼女の全体から漂う元気で活発な雰囲気――全てが目を引く存在感を持っていた。
「えっと……はい、そうです」
思わず返事をすると、彼女は弾けるような笑顔を浮かべた。
「私もなんだ! 一緒に頑張ろうね!」
その笑顔に、俺は少しだけ気圧された。
彼女は軽やかな足取りで俺に近づき、その手を差し出した。
「私は橘リナ。よろしくね!」
「天城蓮……よろしく」
手を握り返すと、彼女の手は驚くほど温かかった。その温もりに、なぜか緊張が少しだけ和らぐ。
「キミ、ちょっと眠そうだけど大丈夫? 徹夜とかしてたの?」
「いや、まあ……そんなところ」
「そっか。二人とも合格できるといいね!!」
彼女の明るい声が、これから始まる試験への不安を少しだけ和らげてくれた。




